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【W杯 2026】Group E/F - 敗者達の控え室 #13|蜂の巣と、2つ目の11人|スペイン vs ベルギー

第13章 蜂の巣と、2つ目の11人


この物語について

『Group EF - 敗者達の控え室』は、FIFAワールドカップ2026のベスト32で大会を去った、Group E, Group F の国々を擬人化し、敗者たちが控え室から大会の続きを見届ける非公式サッカー擬人化群像劇です。

試合結果、対戦カード、サッカー史、報道などをモチーフにしていますが、登場人物はすべて創作上の擬人化キャラクターです。公式大会・各国協会・実在選手・実在団体とは関係ありません。

初めて読む方へ

この章の時系列

この章は、ワールドカップ2026準々決勝第一試合、フランス対モロッコが終了し、第二試合のスペイン対ベルギーが始まる直前をモチーフにしています。

フランスはモロッコを2-0で下し、三大会連続のベスト4進出を決めました。

ベスト8の部屋にあった八つの椅子は、七つになりました。

次に空く椅子を決めるのは、無敗と無失点を続けるスペインと、姿を変えながら勝ち残ってきたベルギーです。

そして日本は、そのどちらにも、消えない古傷を持っていました。


1. 七つの椅子

モロッコの椅子は、空いていた。

ベスト8の部屋にあった八つの椅子は、七つになった。

フランスの名前だけが、ひと足先に準決勝へ移っている。

だが、Group E/Fの控え室から見えるのは、モニターに映ったトーナメント表だけだった。

準決勝の枠。

フランス。

その隣は、まだ空白になっている。

スペインか。

ベルギーか。

キュラソー

「フランス、もう待ってるの?」

ドイツ

「待っているかどうかはわからない」

チュニジア

「でも、次に戦う相手は待つしかないでしょ」

ドイツ

「対戦相手が決まることと、本人が待っていることは同じではない」

チュニジア

「そういうところだけ、すごく細かいよね」

ドイツは答えなかった。

日本はホワイトボードの前に立っている。

フランスから伸びた線の先は、まだ書かれていない。

その下には、次の準々決勝があった。

スペイン対ベルギー。

日本

「次に空く椅子が、これから決まる」

エクアドル

「一つの椅子が空いたあとも、試合は止まらない」

コートジボワール

「止まれば、大会ではなくなる」

チュニジアはモニターを見る。

画面には、試合前会見の映像が流れ始めていた。

最初に映ったのは、スペインの監督だった。


2. 蜂の巣

スペインの監督は、ベルギーを今大会で最も難しい相手だと話していた。

優勝候補が、挑戦者を警戒する。

だが、その言葉に怯えはなかった。

警戒も、スペインにとっては支配の準備だった。

そして監督は、古い皇帝の言葉を引用した。

巣全体に悪いものは、一匹の蜂にとっても悪い。

控え室に、短い沈黙が落ちた。

チュニジア

「急に蜂の話?」

ドイツ

「個人よりも、集団を優先するという意味だ」

チュニジア

「最初から、そう言ってよ」

エクアドル

「でも、蜂と言った方がスペインらしい」

キュラソー

「どうして?」

エクアドル

「一匹ずつを見ていたら、いつの間にか囲まれているから」

キュラソーが、少し考える。

キュラソー

「みんなで刺すの?」

日本が首を横に振った。

日本

「刺す前に、囲む」

モニターには、スペインの試合映像が映る。

前線の選手が走る。

ボールを持っていない選手も走る。

相手が横へ逃げれば、その先に別の選手がいる。

後ろへ戻せば、最初に追っていた選手がもう一度近づいてくる。

守備なのか。

攻撃なのか。

画面を見ているだけでは、境目がわからなかった。

日本

「スペインは、ゴール前だけで守ってない」

ドイツ

「前線から始まっている」

日本

「相手がシュートを打つ前に、選択肢を減らす」

キュラソー

「全部なくすの?」

日本

「できる限り」

チュニジア

「それで無失点?」

日本はうなずいた。

スペインは、今大会でまだ失点していない。

無失点の時間は、609分に達していた。

ゴールを守る一人だけの記録ではない。

前にいる選手も。

中央にいる選手も。

後ろにいる選手も。

全員が、一つの巣を守っている。

エクアドル

「一匹を抜いても、巣は残る」

コートジボワール

「一人を倒しても、スペインは倒れない」

オランダが、少し嫌そうな顔をした。

オランダ

「相手にすると、一番面倒なやつ」

チュニジア

「強い選手が一人いる方が、まだわかりやすい?」

オランダ

「その一人を止めればいいから」

ドイツ

「スペインには、その一人がいない」

日本

「違う」

全員が、日本を見る。

日本

「全員が、その一人になれる」

誰もすぐには返さなかった。

モニターの中で、スペインの選手たちは同じ方向へ走っていた。

一匹ずつではない。

巣そのものが、動いているように見えた。


3. 最後に触れた国

日本は、ホワイトボードに数字を書いた。

609。

その横に、小さく一本の線を引く。

線の始まりには、日本と書かれていた。

キュラソー

「日本から、スペイン?」

日本

「スペインが最後に失点した試合」

チュニジアが目を細める。

チュニジア

「それって、あの一ミリ?」

日本

「うん」

キュラソーが、思い出したようにうなずいた。

四年前。

ラインの上に残った、ほんのわずかなボール。

日本は、その一ミリからボールを戻した。

そして、スペインのゴールへ入れた。

あれから、世界大会でスペインのゴールを破った国はいない。

キュラソー

「じゃあ、日本は蜂の巣に入れたってこと?」

日本

「入ったというより、出口を一ミリだけ残してもらった」

ドイツ

「残してもらったのではない」

日本

「わかってる」

日本は、609の数字を見る。

日本

「でも、あの日から誰も取ってない」

声は淡々としていた。

けれど、少しだけ誇らしそうだった。

オランダは、それに気づいた。

オランダ

「嬉しいの?」

日本

「少し」

オランダ

「スペインが無失点を続けるほど?」

日本は考えた。

日本

「私たちの一点が、遠くなるから」

エクアドル

「遠くなるほど、消えにくくなる」

日本

「うん」

だが、その一ミリだけが、日本と次の試合をつなぐものではなかった。

日本は、ホワイトボードの反対側に、もう一本の線を引いた。

日本から、ベルギーへ。

今度は、その横に数字を二つ書く。

2-0。

そして、その下に。

2-3。

控え室の空気が少し変わった。


4. 二点の先

チュニジア

「一ミリの次は、二点」

日本

「うん」

チュニジア

「日本の傷、単位が安定しないね」

日本

「私も、そう思う」

キュラソー

「2-0で勝ってたのに、2-3で負けた2018年の試合のこと?」

日本

「うん。2-3で負けた」

キュラソー

「でも、なんでベルギーは2点差を巻き返せるの?」

日本はすぐには答えなかった。

その問いには、何年経っても短い答えがない。

日本

「ベルギーが、終わらなかったから」

モニターに、ベルギーの映像が流れる。

今大会のラウンド32。

セネガルに追い詰められた試合。

終わりかけていた赤が、残り時間の中で戻ってくる。

同点。

延長。

逆転。

そしてラウンド16。

開催国アメリカを相手に、4-1。

日本

「ベルギーは、終わったように見えてから戻る」

オランダ

「それ、前にも言ってた」

日本

「何度見ても、そうだから」

コートジボワール

「終わらないことは、強さだ」

ドイツ

「同時に、終わりかけることが多いという意味でもある」

チュニジア

「ベルギーには聞かせられないね」

オランダ

「たぶん、笑って認める」

次に映ったのは、アメリカ戦の先発メンバーだった。

デ・ブライネ。

ドク。

ルカク。

誰もが先発を予想する選手たちが、ベンチにいる。

それでもベルギーは、四点を取った。

キュラソー

「強い人を出さなかったの?」

ドイツ

「最初からは」

ベルギーの監督は、チームには試合を始める十一人だけでなく、試合を終わらせる十一人がいると考えていた。

最初に並ぶ選手だけが、ベルギーではない。

必要なら、途中で姿を変える。

速さが必要なら、速さを出す。

高さが必要なら、高さを出す。

経験が必要なら、長く戦ってきた名前を呼ぶ。

キュラソー

「二十二人で戦うの?」

ドイツ

「同時には戦わない」

キュラソー

「ごめん。半分くらい、わかってて聞いた」

オランダ

「でも、ベルギーなら本当に二回始まりそう」

日本は、その言葉に八年前の光景を重ねた。

2018年、舞台はロシア。

決勝トーナメント1回戦、日本対ベルギー戦の悪夢。

後半、立て続けに2点を先に取ったのは日本だった。

65分。ベルギーのロベルト・マルティネス監督は、
メルテンスとカラスコをベンチに下げ、フェライニとシャドリを投入した。

この二枚の交代は、ベルギーの二つ目の顔を呼び覚ますことになる。

ヴェルトンゲンのヘディング。
2-1。

フェライニのヘッド。
2-2。

そして後半アディショナルタイム、鮮やかなカウンターからのシャドリ。
2-3。

後半69分までは初めての八強に手をかけていた。

しかしそこから試合終了までの時間は、

8年たった今でも、日本が忘れてしまいたくなるような悪夢であった。

日本

「一つ目の十一人を止めても、二つ目が出てくる」

エクアドル

「一度目の夜が終わっても、もう一度赤くなる」

コートジボワール

「悪魔らしい」

チュニジアが、日本の書いたスコアを見る。

2-0。

2-3。

チュニジア

「日本は、二つ目の十一人に負けたの?」

日本

「違う」

日本は、ほんの少しだけ苦い顔をした。

日本

「あの時は、最初の二枚で試合の顔を変えた」

チュニジア

「もっと嫌だね」

日本

「うん」


5. 二つの古傷

ホワイトボードに、二本の線が並んだ。

日本からスペインへ。

日本からベルギーへ。

一方は、一ミリ。

一方は、二点。

一方は、勝った記憶。

一方は、負けた記憶。

だが、どちらも終わっていない。

日本

「スペインは、一ミリの先から誰にも失点していない」

日本は、もう一方の線を見る。

日本

「ベルギーは、二点の先から私たちを終わらせた」

キュラソー

「じゃあ、どっちを応援するの?」

日本は困った顔をした。

日本

「決めてない」

オランダ

「決められない、でしょ」

日本

「……うん」

スペインが勝てば、日本の一点はさらに遠くなる。

誰にも破られていない記録の始まりとして、もっと強く残る。

ベルギーが勝てば、日本を二点差から倒した赤が、まだ終わっていなかったことになる。

どちらが進んでも、日本の過去は遠くへ行く。

どちらが負けても、日本の古傷の一つが、勝者の部屋から落ちる。

チュニジア

「どっちが負けても痛い?」

日本

「少し」

チュニジア

「どっちが勝っても?」

日本

「少し嬉しい」

チュニジア

「面倒だね」

日本

「うん」

ドイツは、二本の線を見た。

ドイツ

「傷は、勝敗だけでは決まらない」

エクアドル

「痛かった場所が、遠くまで続くこともある」

コートジボワール

「だが、進むのは一つだけだ」

七つになった椅子のうち、次に空く一つ。

それを決める試合だった。

スペインは、誰か一人を止めても止まらない。

ベルギーは、一つ目の姿を止めても終わらない。

キュラソー

「蜂の巣と、二つのベルギー?」

チュニジア

「二つのベルギーって言うと、国が割れたみたいだからやめよう」

ドイツ

「二つ目の十一人だ」

オランダ

「一つ目も、まだ見てないけどね」


6. 空間と空気

試合が行われるのは、ロサンゼルスの大きなスタジアムだった。

八万人近い観客をのみ込む場所。

ピッチの上だけでなく、その周囲にも、まだどちらのものでもない空気が広がっている。

エクアドル

「スペインは、空間を自分のものにする」

チュニジア

「ボールを持つから?」

エクアドル

「相手が動ける場所を減らすから」

キュラソー

「ベルギーは?」

エクアドル

「空気を自分のものにする」

キュラソー

「どうやって?」

モニターには、ベルギーの赤いサポーターが映っている。

アメリカ戦を終えたあと、ベルギーの監督は、新しく何百万人もの味方を得たようだと話していた。

本当に何百万人いるのかは、誰にもわからない。

だが、赤は増えていた。

開催国を倒した悪魔を、次も見たいと思う人たちがいた。

チュニジア

「言ったもの勝ちだね、何百万人」

オランダ

「悪魔は契約の人数を多めに言うものだから」

ドイツ

「そのような一般則はない」

チュニジア

「ないんだ」

日本

「でも、ベルギーは観客まで二つ目の十一人にするかもしれない」

キュラソーが客席を見る。

キュラソー

「十一人より多いよ?」

日本

「そういう意味じゃない」

チュニジア

「今のは、日本が悪い」

日本は反論しなかった。

スペインは、ピッチを支配する。

ベルギーは、試合の流れを変える。

スペインが蜂の巣なら。

ベルギーは、巣の外から入り込む赤い火だった。

刺されるのか。

燃やすのか。

まだ、わからない。


7. 支配者と悪魔

試合開始の時間が近づく。

スペインの無敗。

スペインの無失点。

ベルギーの復活。

ベルギーの二つ目の十一人。

数字も、名前も、過去も、すべて並んでいた。

だが、試合が始まれば、それらは何も保証しない。

ドイツ

「スペインは、今大会で最も完成されている」

オランダ

「だからベルギーは負ける?」

ドイツ

「そうは言っていない」

チュニジア

「じゃあ、ベルギーが勝つ?」

ドイツ

「それも言っていない」

チュニジア

「会話が進まない」

コートジボワールが、短く言った。

コートジボワール

「完成したものにも、壊れる場所はある」

日本

「ベルギーは、そこを見つけないといけない」

キュラソー

「見つからなかったら?」

日本は、スペインへ伸びる線を見た。

日本

「囲まれる」

キュラソー

「見つけたら?」

日本は、ベルギーへ伸びる線を見る。

日本

「二回目が始まる」

チュニジアは笑った。

チュニジア

「どっちも怖いね」

スウェーデン

「ベスト8だから」

久しぶりに口を開いたスウェーデンを、全員が見る。

スウェーデンは少しだけ居心地が悪そうに目をそらした。

スウェーデン

「何?」

チュニジア

「いや。正しいこと言うんだなと思って」

スウェーデン

「いつも言ってる」

オランダ

「それは違う」

控え室に、少しだけ笑いが戻った。

だが、日本はホワイトボードから離れなかった。

二本の古い線がある。

どちらか一方が、今夜、途切れる。

もう一方は、フランスの待つ準決勝まで伸びていく。


8. 次に空く椅子

七つの椅子がある。

一つは、もう空いている。

フランスの名前は、その先に進んでいる。

残った六つのうち、今日、もう一つが空く。

モニターの中で、選手たちが通路に並び始める。

スペイン。

ベルギー。

無敗の支配者。

二度始まる赤い悪魔。

日本は、二本の線の間に立っていた。

キュラソー

「まだ、どっちも応援しないの?」

日本

「応援はしてる」

キュラソー

「どっちを?」

日本は少し考えた。

そして、モニターを見た。

日本

「どっちも、軽く負けないでほしい」

チュニジア

「欲張り」

日本

「知ってる」

蜂の巣に、赤い悪魔が入る。

悪魔が刺されるのか。

巣の中に、二つ目の火がつくのか。

どちらが切れても、痛い。

どちらが残っても、その続きを見なければならない。

モニターの中で、笛が鳴る直前。

日本は、ホワイトボードの空白を見た。

フランスの隣。

そこに書かれる名前は、まだない。

そして、七つある椅子のうち、次に空く椅子も。

まだ、決まっていなかった。


第13章 蜂の巣と、2つ目の11人 了

ここまで読んでいただきありがとうございます。
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次回も、敗者たちの控え室から大会の続きを見届けます。


続き・前回はこちら

前回:#12 |最初に空く椅子

次回:#14|649分目の傷|スペイン vs ベルギー


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