「ぽっと出の軍人」と陸軍士官学校──『ソウルの春』に見る軍の学閥
今年観た映画で断トツに面白かったのは『ソウルの春』だ。
今年どころか、生涯観た中で一番面白いというところまである。(ちなみに本作品を観るまでは『バトル・ロワイアル』が自分の中でのベストだった)
北朝鮮モノの韓国映画は多く観てきた(『鋼鉄の雨』、『工作 黒金星と呼ばれた男』、『コンフィデンシャル/共助』など)し、北朝鮮の歴史についてはそれなりに知識を持っている自負はある。
しかし、韓国を舞台とした純然たる韓国映画を観ることはあまり無く、韓国現代史についても恥ずかしながら疎かった。
そんな中で、たまたま上映中映画一覧を眺めていて目についた本作品。
「北は出てこなさそうだけど、暇だし観に行ってみるか…」と重い腰を上げて映画館に行ったのが運命的な出会いを生み出した。あの時の自分を褒めたいぐらいに、それはそれは素敵な出会いだった。
それからというもの、映画館・Amazon Prime合わせて計3回観賞し、来月は再度映画館へ観に行こうとしている。(公式HPを見る限り、来月は都内で上映される最後のタイミングのようである)
高校時代に世界史の教科書で習ったきりの韓国現代史についても改めて基礎を学び直し、関連する映画作品(『タクシー運転手 約束は海を超えて』、『オン・ザ・ロード 不屈の男、金大中』など)を観漁った。
それにより、1970-80年代韓国の軍事政権がいかに彼の国に暗い影を落としていたか、やっと理解することができたのである。
今回はこの映画の感想をただただ書いてもよいのだが、ヒット作というだけあってレビューサイトを見れば同様の感想は書き尽くされていそうだし、平凡な記事になりそうだ。
なので、作中で私が気になった一つの部分にフォーカスを当て、あえてニッチな視点で記事を書いてみたいと思う。
※記事中に登場する人名について、イ・テシン、チョン・ドゥファン、ノ・テゴンの主要人物3名のみ実名で表記している。(それぞれ張泰玩、全斗煥、盧泰愚)
※以下は私がこの1か月ちょっとで集めた知識をもとに、Wikipedia等を参照しつつ書いたものである。正しい史実はこうだ、と指摘していただける方がいればぜひコメントをいただきたい。
「ぽっと出の軍人」だったイ・テシン
さすが、ぽっと出の軍人だけあって口汚いな
クーデター勃発後、全斗煥率いるハナ会は張泰玩と電話で話す機会を得た。
そこにいた先輩軍人達(見た目からして張の10-20歳ほど年上?)は、鼻息荒くしてクーデターの責任を追及する張に対し、先輩としての立場を利用してなだめすかし、全と直接話すよう勧める。
それを一蹴した張が「お前たち、そこを動くな。戦車でお前らの首を吹っ飛ばしてやる」と(ドラマ『第5共和国』でも有名な)セリフを吐いて電話をガチャ切りした後、全が不気味な笑い声とともに述べたのが上記のセリフである。
ここでいう「ぽっと出の軍人」とはどういう意味なのだろうか?
Wikipediaによれば、張が軍人に任官したのは1950年のことで、当時18-19歳である。
映画のモデルとなった粛軍クーデターは1979年であるから、軍人となってから約30年が過ぎていることになる。
これを見れば、張は18で任官した後、50手前まで勤め上げている純粋培養の軍人だ。
高校を出て数年フラフラしてから軍に入り、電撃的な出世を遂げたとか、(こういう事例が韓国であるのか分からないが)民間企業や省庁で一定の地位を築いてから軍に入って好待遇を得たとか、イレギュラーなプロセスを経て今に至るわけではない。
なのになぜ、全(をはじめとするハナ会)には「ぽっと出の軍人」などと呼ばれているのだろうか。
そのヒントは、クーデターの計画を全がハナ会メンバーに説明する宴席で、大佐以下を鼓舞するために語った以下のセリフにある。
ソウル大に匹敵するエリート養成機関だった陸軍士官学校
皆 ソウル大学に入れるほど優秀だったろ?
だがカネもコネもなくて陸軍士官学校に入った
なのに横から割り込んだ連中がいるから
君たちは将官になれずにいる 悔しくないか?
目を見開いて私を見ろ
軍を立て直そう 大掃除をしようってわけだ
ハナ会メンバーは、陸軍士官学校と呼ばれる軍幹部養成機関の出身者で占められていた。これは韓国において現存する教育機関で、高卒者に対して被服・寝食・学費と給与を支給しながら4年間の教育を施し、学士号を授与する大学同等の期間だ。現代日本における防衛大学校をイメージしてもらうと分かりやすいのではないか。
陸軍士官学校といえば、戦前日本に同名の教育機関があったことを想起する方も多いはずだ。私も、てっきり日本が朝鮮を植民地支配していた時期に本国同様の機関を朝鮮に作った(大学でいう、京城帝国大学のような)ことがルーツなのではないかと考えていたが、韓国における設立は1946年であり、アメリカ軍を顧問とした軍事組織創設のために作られた学校が起源であるということだ。もちろんその過程で日本の士官学校をモデルにした部分もあるかと思うが、作られたのは第二次世界大戦後、朝鮮戦争前ということだ。
さて話を戻すと、陸軍士官学校は軍のエリート養成機関として若者に人気を誇っていた。全のセリフにあるソウル大といえば、韓国の東大ともいえるトップ大学。
ただ卓越した学力を持っている学生でも、ソウル大に通うにはお金がいる。それを準備できない学生は、生活費はおろか給与まで(当時は分からないが)支給される士官学校を自身の進路として選んだということだ。軍人政権下においては士官学校卒業生が軍だけでなく政界の要職を歴任したことから、「学士より博士、博士より陸士」とまで言われたとのことだ。
現代日本に当てはめると、防衛大学校に入学する人の多くが東大入学者に匹敵する学力を持っているということになり、(もちろん防大も優秀な方の行く学校だが)ややギャップを受ける。ただ日本でも、実は戦前は同様の事象が発生していたのだ。
戦前の日本においても、陸軍士官学校・海軍兵学校という軍幹部養成機関は強い人気を誇っていた。当時の高等教育機関の入学難易度について深掘った研究に大変興味深いものがある。
明治・大正・昭和期における陸軍士官学校の入学難易度を、一高(第一高等学校=東大教養学部の前身)や海軍兵学校と比較する形で明らかにしたものだ。ここでは、時期によって変化はあるものの、おおむね「一高>兵学校>士官学校」という難易度で推移してきた、と明らかにされている。
一高や海軍兵学校に比べると陸軍士官学校の難易度は一ランク落ちるものだったとのことだが、特に地方においては各種のナンバースクールと並んで人気のある進路とされていた、と記述されている。(論文内で引用されている、明治33年の東京府立第一中学校卒業席次においては、1位から30位までの学生のほとんどが一高に進学する中で、海兵・陸士に進学する学生が一人ずついることが明示されている)
韓国のエリート養成機関の一つであった陸軍士官学校を卒業したメンバーが中心を占める軍・ハナ会。
では少将であり、参謀総長に目をかけられて首都警備司令官に就任した張も当然士官学校出身なのかと思えば、実はそうではなかった。
即席将校養成機関の陸軍総合学校
張は士官学校ではなく、「陸軍総合学校」の出身である。
背景知識のない者には何がどう違うのか分からないだろう。
陸軍総合学校は、朝鮮戦争勃発後、将校を短期で育成するために作られた即席の学校だった。
士官学校のように、4年間エリート教育をみっちり受けさせ大切に育て上げるのではなく、6週から9週の期間を経て任官に至らせたという。
(本当かどうかは分からないが)「(卒業生は)ほぼ弾丸扱いだった」と韓国の某サイトには記載されている。
https://ja.namu.wiki/w/%EC%9C%A1%EA%B5%B0%EC%A2%85%ED%95%A9%ED%95%99%EA%B5%90
https://ja.namu.wiki/w/%EC%9C%A1%EA%B5%B0%EC%A2%85%ED%95%A9%ED%95%99%EA%B5%90?utm_source=chatgpt.com
そのような即席の学校を出て急に少将まで昇進した張は、激しい競争を勝ち抜いて王道ルートで軍人としてのキャリアを積み重ねてきた全らハナ会メンバーにとって「ぽっと出の軍人」以外の何者でもなく、疎ましくてたまらない存在だった。
彼らは士官学校出身でない張を差別することで、思い描いていたような出世スピードを実現できていない自分たちの溜飲を下げ、平静を保とうとしていたのだろう。
総合学校出身者に対する差別感情は、作品冒頭で全が参謀総長に対し、張の首都警備司令官任官に関して異議を申し立てるセリフの中にも表れている。
士官学校卒でないのが理由ではなく
幹部候補生出身の堅物なので 洗練された人を…
「士官学校卒でないのが理由ではなく」と断っているものの、その直後に「幹部候補生(=陸軍総合学校卒業生)出身」なので、と思い切り差別発言をかましている。
musclineな組織における学閥
さて、これで作中にたびたび出てくる張への蔑みの背景を理解することが出来た。
軍隊のようなマッチョな組織において、学閥が存在するというのは意外に思われる方もいるのではないだろうか。
だが思うに、軍隊のような共同体的な意識の強い組織にこそ学閥は強く存在するのではないだろうか。
同一の目標に向かい、同質であることを良しとする集団において、バックグラウンドが同じであることはこの上ない安心感(=裏切らないという気持ち)をもたらすものだと思う。
士官学校のように、18のまだ多感な時期に寝食を共にし、4年間辛さを一緒に乗り越える経験をする場所は、強い共同体を生み出す装置なのだろう。
日本におけるマッチョ組織で学閥が強いところ、というと警察官僚の組織を想起する方もいるだろう。
彼らの東大法学部好きは官庁就活生の間でも有名で、筆者が就活をしていた数年前も健在であった記憶がある。(意外と財務省や外務省の方が多様な人材を採用しようとしていたように映った)
ここも上記同様の理由で学閥を大事にしているのではないかと思うが、一方で軍における士官学校のそれと比べると劣るのではないかと勝手に推察している。
それは、士官学校が軍の幹部を養成するという非常に絞られた明確な目的で教育を施す場所であるのに対し、東大法学部は官吏全般を養成するという、相対的には広い目的での教育機関だからである。(しかも、官吏にならない者も非常に多い)
実質的に軍へ就職すること以外の選択肢を持たず、18の頃から軍のみにその身を捧げてきた人たちにとって、士官学校出身であることはこの上なく誇らしいステータスなのではないか。
その意味では、自衛隊の制服組(事務系官僚と対比される、防大出身の自衛隊幹部の通称)における防衛大学校の学閥は非常に強いのではないかと思う。これについては詳しくないのでまた調べてみたい。
ちなみに韓国軍といえば、直近の尹大統領の戒厳令は日本でも波紋を呼んでいる。
それによって陸軍士官学校の人気は急下降したとのことだ。
上記の日本における研究も示しているように、士官学校は軍がその時代に世間からどう見られているかによって難易度が非常に大きく変動する、特徴的な学校であるといえるのも面白い。
