【イベントレポート】人生の多様なフェーズ・シーンにおけるWell-being@慶應義塾大学YIL(Yagami Innovation Laboratory)
2025年5月16日、慶應義塾大学矢上キャンパスに新たにオープンしたイノベーション拠点・YIL(Yagami Innovation Laboratory)にて、「人生の多様なフェーズ・シーンにおけるWell-being」をテーマとしたセミナー・パネルディスカッションが開催されました。慶應義塾大学とNECによる産学連携の一環として行われた本イベントには、多彩な分野から登壇者が集い、Well-beingの多様なあり方について活発な議論が交わされました。この記事では、当日の内容の一部をお届けします。
Well-beingの多様な概念
会場となった慶應義塾大学矢上キャンパスのYIL(イール)は、2025年4月にオープンしたばかりの施設で、ガラス張りのイベントスペースや実験スペースなどがあります。社会課題の解決やイノベーションの場として学内外から人が集い、会話や議論が生まれ、挑戦できる場所を目指しています。

セッションのテーマとなったWell-beingという言葉には多様な定義があります。今回のイベントでは、Well-beingを健康であることや経済的な豊かさといった意味合いを超えて、人間らしさや生きがいを含む包括的な概念として捉え、「はたらく」「すまう」「おいる」といった人生の様々なフェーズにおけるWell-beingについて対話しました。
はたらくこととWell-being
まず登壇したのは、慶應義塾大学理工学部管理工学科教授の中西美和氏です。「はたらくこと」と「Well-being」の関係について、人間工学の観点から講演を行いました。

仕事は単なる生計手段ではなく、自己実現や人生の充実感にもつながる重要な要素です。中西氏は、特に現代社会では、仕事における自己決定感ややりがいが、Well-beingに直結していると指摘しました。
日本では人口減少が進み、医療・介護分野などで労働力不足が深刻化しています。働く人の健康や幸福感を犠牲にせず、社会経済的価値を生み出す新たな働き方が必要とされています。その具体例として、AIを活用した看護師のワークロード予測システムを紹介。看護師の生体データをもとに負荷を予測し、チームでリアルタイムに共有することで、疲労軽減と業務効率化を実現しているといいます。さらに、高速道路の保守における取り組みとして熟練オペレーターの暗黙知をAIに学習させ、非熟練者を支援する事例を紹介。AIを単なる自動化ツールではなく、「頼れる先輩AI」のような人の能力を引き出すパートナーとして活用する重要性が語られました。
エイジングとWell-being
続いて、慶應義塾大学理工学部・外国語総合教育教室教授の高山緑氏が登壇し、高齢化社会におけるWell-beingのあり方について講演しました。

日本は世界でも類を見ない超高齢社会に突入し、高齢になっても働き続ける人も増えています。一方で、平均寿命の延伸に伴い、認知症や慢性疾患を抱える高齢者も増えています。心身機能をできるだけ維持しながら、人とのつながり・社会関係を保つ環境が高齢期のWell-beingにつながります。
高山氏が取り組む研究では、高齢者と地域の環境の関係を分析しています。居住地域における公共施設の充実度やアクセシビリティといった物理的環境に加えて、プログラムの充実度や地域の社会的包摂性といった社会的環境も、高齢者の生活満足度(Well-being)の向上に関わっています。地域の環境が良好であることで、高齢者にとってやりたいことができ(Doing)、ありたい状態でいられる(Being)可能性が高まります。また、物理的制約を超えて人とつながり、孤立・孤独を防ぐことなどテクノロジーの活用も一層期待されます。
住まいとWell-being
続いて、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科専任講師の小川愛実氏が登壇。住まいが私たちのWell-beingに与える影響について講演しました。

日本人は、1日のうち約17時間もの時間を自宅で過ごしています。そのため、住宅の環境は私たちの健康に大きく影響します。
小川氏は、住環境と身体機能の関連を明らかにするために、住宅内、特に階段での居住者の日常的な歩行動作をセンサーでモニタリングする研究を行っています。膝関節の動きや階段昇降時の速度、バランスなどのデータをもとに、運動機能の低下兆候や膝疾患リスクを分析しています。
また、階段の設計自体が人にもたらす影響についても研究を進めています。階段の高さや傾斜はそれぞれの住宅によって異なります。階段の昇降動作をモニタリングして疾患リスクの検知を目指す場合、そのスクリーニング性能は段差の高さや傾斜といった階段の設計により異なってくるそうです。今後は、普段通りに生活する中で健康リスクを早期に検知できる住まいづくりに向けて、疾患スクリーニングのための階段設計指針を作ることを目指しています。
NEC 2030VISIONとWell-being
最後に登壇したのは、国際社会経済研究所(IISE)の篠崎裕介です。NECグループでは「誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現」というパーパスとNEC 2030VISIONのもと、AIや生体認証といった技術を活用し社会価値創造に取り組み、Well-beingの実現に貢献しています。

Well-being に関係する技術の一つに、AIによる因果分析があります。これは、AIを用いて複数要素間の因果関係を分析できる技術です。この技術はNEC社内でも従業員エンゲージメント向上につながる施策立案に活用されているほか、地域における幸福度指標の分析や、水源地の持続可能性と住民のWell-beingの関係を分析することにも役立っています。
また、NECが行った地域幸福度指標(LWCI)の分析では、「街を感じる」と「自然を感じる」や「歩ける」と感じる外出傾向が上がり、健康状態が向上し幸福度が上がるといった因果構造が可視化されました。

パネルディスカッション:Well-beingの実装に向けて
後半のパネルディスカッションは、Well-beingの本質とは何か、という問いから始まりました。パネリストの皆さんは、働く人、高齢者、住まい、自然環境、とそれぞれ異なる視点でのWell-beingを探求していますが、その中でも共通していたのが「自己決定」というキーワードです。「自分のことを自分で選択できる」という感覚は、個人のWell-beingの核となるもので、それはキャリアの転機や健康状態の変化といったタイミングに限らず、日常生活の様々な場面に関わっています。
そして、Well-being社会の実現に向けて、データやテクノロジーがどのように貢献できるかについても様々な意見が交わされました。個人にとっての「よい」状態はそれぞれの人によって異なります。一方で、環境や社会の「よい」状態との調和を実現することも重要です。様々なデータやAIをはじめとするテクノロジーは、効率化や最適化にとどまらず、それぞれの人の「その人らしさ」を引き出すことや、地域ごとの多様性を支えることに活用されることで、本質的なWell-beingの実現を支援できる可能性があります。
Q&Aセッションでも来場者から多くの質問が寄せられ、技術の実装に向けた橋渡しや、多様なWell-beingのあり方を評価する方法等について深い議論が続きました。
まとめ -多様な視点がつなぐWell-being社会へ
今回のイベントは「はたらく」「すまう」「おいる」そして自然・地球との共生を含めた多様な視点や知見が融合する産学連携の共創の場となりました。Well-beingというテーマが非常に多面的であること、そして多様なステークホルダーがそれぞれの領域の知見を持ち寄り、対話を重ねることがWell-being社会の実現に欠かせないことが実感できました。
環境を考える上でも、Well-beingは重要な観点です。2024年5月に閣議決定された第六次環境基本計画は、「ウェルビーイング/高い生活の質」を最上位の目的に置いています。一人ひとりの個人、地域社会、そして自然・地球のWell-beingのつながりをどう調和させていくか、その多様な価値をどのように可視化し評価し、経済的にも持続可能にしていけるかを改めて考えていきたいと思いました。
IISEでは今後もこのような対話の場を通じて、人々と地球のWell-beingの実現に向けて様々な方々と共創していきます。
取材・文:IISE 崎村奏子
