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宵闇の魔法使いと薄明の王女7 1章:2話;ひだまりの少女と黄昏の星(1)


2話:ひだまりの少女と黄昏の星(1)


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 「えぇと、次の広場を右に曲がって……」
 手元の紙片から目を上げ、ジルファリアはため息を吐いた。
「広……、デケェぞ貴族街……」
 そしてがっくりと項垂れる。

 先刻、野菜売りの老婦からお使いを請け負って貴族街へやって来たものの、なかなか目的地に辿り着けないでいた。
 ただでさえ馬車が通るためにゆとりを持って広く造られた道だ。もう既にかなりの距離を歩いているはずだ。

 「しかもなんか、居心地悪ぃ」
 ちらりと脇道を見ると、見るからに高価なドレスを着ている女性が冷たい目線をこちらに向けているような気がした。
 よく見れば街中を歩く婦人達も綺麗に着飾っており、実際ジルファリアは悪目立ちしていた。
 薄汚れた外套の裾をはたくと、うっすら埃が立った。
「貴族街なんだから、当たり前か」

 幸い野菜売りの袋を持っていたので、御用聞きの小僧か何かだと思われているのだろう。
 警備の衛兵などにも特に咎められることはなかったが、だからと言って歓迎されているようには見えない。

 「サツキに黙って来ちまったけど、今ごろ怒ってるかもなー」
 心細さからか少々弱気な言葉が零れる。
 この場に居れば、だからやめとけって言ったやろと説教されるに違いない。

 「いや!でも来てみたかったから、これでいいんだ」
 かぼちゃの入った袋を持ち上げ、ジルファリアは気を取り直した。そして紙片にまた目を落とす。
「えーと……、次は坂道になってるのか」

 野菜売りから聞いていたバスター家の屋敷は、貴族達の屋敷の中でも最も大きく広いという。

 「ハイネルっていうおっさんはすごく偉いんだって、ばあちゃん言ってたっけ」
 バスター家当主は政にも深く関わっており、貴族の中でも一、二を争う有力者だという。それ故、彼の屋敷は貴族街の一番奥に位置しているということだ。
 仮に彼の生命を狙う者が侵入したとして、なかなか辿り着けないように組まれた居住地区の配置らしい。

 石畳の道が上り坂になっていることを確認すると、ジルファリアは歩を進めた。

 「まだ着かねぇのかよ」
 しかし先程から全く変わらない風景に、ジルファリアは段々と苛々してきた。
「全然着かねぇし、……重いし」
 手元の袋を忌々しげに見下ろしため息を吐く。
 少しずつ街の中心から離れてきたとはいえ、未だ延々と石畳の小道を歩き続けており、次第に足取りも重く感じてくる。

 「それに何なんだ、この長い塀は」

 右手側にずっと続いている煉瓦造りの塀にうんざりとした声を上げる。
 赤褐色の煉瓦が規則的に並び、大人二人分くらいの高さの塀がもうずっと目線の先の先まで続いており、終わりが見えなかった。

 これがどこまで続いているのか、ジルファリアは目を凝らしてみた。

 「んん?」

 その時、ジルファリアの目線の先にちらりと金色の何かが映る。
 首を傾げたジルファリアは少し足を速めて、それが何なのかを捕らえようとした。

 その先に見えたのは、塀の敷地内に立っている大きな木の上に誰かが腰掛けている姿だった。

 「……女の子?」

 木の近くまでやって来ると、その様子がはっきりと見て取れた。
 ジルファリアがいるところから、更に大人の男三人分くらいの高さにある枝のところに、一人の少女が座っているのだ。
 本人は屋敷の方角を向いているのでこちらから顔は見えないが、金色の髪を後ろで結えている赤いリボンから少女だと分かった。

 ちょうど良い。ここが何処なのか聞いてみよう。ジルファリアが声をかけようとしたその時だった。

 突然、金切り声が近くから聞こえてきたのだ。

 「うわ!な、なんだ?」
 驚いてそちらを見ると、屋敷とは反対側の道の隅に、ネズミ取りの罠が仕掛けられていた。
 パタパタとした音と悲しそうな鳴き声が檻の中から聞こえる。

 「え、……鳥?」
 覗き込んでみると、小さな鳥が檻の中で白い羽をばたつかせているではないか。
「お前……どうやって入ったんだよ」
 しゃがみ込んで野菜袋を脇に置くと、ジルファリアは罠の檻に手をかけた。
「これ、ネズミ用だぞ?入ったら危ねぇだろ」
 幸い怪我などをしている様子はないが、混乱しているのか鳴き声を上げ続けていた。
「大丈夫だ。いま出してやるよ、っと、いてて!こら、暴れるなって!」
 檻の中に手を入れると、小鳥がそのくちばしでジルファリアの手をつつき出した。

 「大丈夫だって、落ち着けって。オレはお前の敵じゃねぇぞ」
 その耳元を指で撫でてやると、次第に落ち着きを取り戻したのか小鳥は小さく鳴いて羽ばたきをやめた。
 ジルファリアに撫でられて気持ちよさそうにピィと鳴いた。

 「よし、乗れるか?」
 手の平を差し出すと、その上にちょんと乗る。応えるようにもう一度ピィと鳴いた。
「ははっ、お前人馴れしてんなー」
 そう言うとジルファリアは素早く檻から小鳥を救い出した。
「気をつけろよー、こんなとこで捕まったらお前焼き鳥にされんぞ」

 すっかり心を許したのか、小鳥は羽ばたきジルファリアの肩に飛び乗った。
 くすりと笑い、ジルファリアはカボチャを持ち上げると目線を上にあげた。

 「あっ……!」

 ジルファリアは思わず息を呑んだ。
 彼女と目が合ったからだ。

 木の上から振り返り、先ほどの少女がこちらを見つめていたのだ。
 遠目だから表情は分からないが、明らかにこちらに対して意識を向けていた。


 「おーい!」

 気がつけばジルファリアは声を上げて彼女に手を振っていた。

 「そこで何してんだー?」
 そこまで叫んではたと口を塞ぐ。このような閑静な場所だと、自分の声が思った以上に響き渡っていることに気が付いたのだ。
「これじゃ不審者じゃん」

 だが木の上の彼女は、返事こそしないもののこちらに向かって手を振り返してくれた。
 ジルファリアはぱっと顔を輝かせると、ちょっと待っててくれと呼びかけて塀に寄りかかった。

 丁度頃合いの蔦が煉瓦を這っているのを確認し、よし、と声を上げる。
 左手に野菜袋を抱えたジルファリアは、もう片方の手で蔦を握りしめた。
 そしてぴょんと軽く地を蹴ると、足の裏を塀にしっかりと着けて踏ん張る。

 「お前も着いて来んのか?」
 肩の上の小鳥に声をかけると、ジルファリアは一歩一歩飛び上がるようにその蔦を伝って登っていった。

 するすると高い塀を登っていくことは彼にとって造作もないことだったが、それが貴族の屋敷ともなると話は別だ。
 不審者以外の何者でもないし、見つかってしまえば捕まるどころではなくなるだろう。ラバードの忠告以上の仕打ちが待ち構えているに違いない。

 だが今のジルファリアは、ともかくこの塀を上って、木の上の少女と話がしたいという気持ちだけで行動していた。

 「よし、登れたぞ」
 塀の上までやって来ると、ジルファリアは満足そうに頷いた。
 立ち上がってみると、その高さに思わず足が竦む。
 塀の幅自体はしっかりと取られており足場に困ることはなかったが、それでも地面からの高さと吹いてくる風によろめきそうになり、ジルファリアはおっとっととバランスを取った。

 「大丈夫ですか?」

 自分より少し上に位置する枝から声が降ってくる。
 顔を上げると、先ほどまで遠目に見えていた少女がすぐ目の前に座っていた。

 「ここ、風が気持ちいいけど、ちょっと強いから」
 困ったように微笑みながら少女が髪に手をやる。肩まで伸びた髪が風に吹かれてふわふわとなびいていた。

 「きんいろ……」

 遠目には見えていたが、間近で見るとまったく違って見える。それほどまでの美しさにジルファリアは息を呑んだ。
 黄金色の髪が陽の光を受けて、まるで宝石のようにきらきらと輝いていた。
 ジルファリアはしばらく呆けていた。

 「あ、その、珍しいですよね、この色」
 まじまじと見つめていたジルファリアの様子に、少女が困惑した顔で返す。
 ジルファリアは慌てて手を振った。
「あ、ごめん。いや、確かに金色の髪の毛ってこの国じゃあ珍しいけど、そうじゃなくて」
 一旦言葉を切ると、言葉を探すために宙を見つめた。
「きれいだなって思って」
 ぽろりと零れたその言葉と、それを受けきょとんとした少女の表情にはたと我に返る。

 (いや、オレ女の子に何言ってんだ。恥ずかしー)

 能弁なサツキじゃあるまいし、言い慣れない言葉を我ながら口にしてしまったものだとジルファリアは俯いた。

 「ありがとう」

 「え?」
 不意に聞こえたその言葉に顔を上げる。彼女はこちらに笑顔を向けていた。
「この色でからかわれることも多いから、嬉しいです」

 そんな彼女の声は、まるで鳥みたいだと思った。
 朝起きた時に聞こえる、優しく囁くような小鳥たちのさえずりをジルファリアは思い出した。
 話し方にも気品があり、自分とは全く違う世界で生きているのだなと気づき、同時に少々居心地が悪くなった。

 「……てか、そんな事でからかわれたりすんのかよ」
「どうしても目立ってしまいますから」
「ふぅん、しょうもねぇヤツもいるんだな」

 こんなに綺麗な色をしていて、まるでお日さまからできた糸みたいなのに。

 と、口に出しそうになったが、思い直して口を噤んだ。

 「しょうもねぇ?」
「はは、お前にはあんまり馴染みのない言葉だったよな」
「そうかもしれません」
 歯を見せて笑うと、彼女もつられて笑った。

 「なぁ!お前、名前なんていうんだ?オレはジルファリア。ジルファリア=フォークスっていうんだ」
 ジルファリアの言葉にぱっと顔を輝かせた後、一瞬考え込んでいた彼女は小さく返した。

 「マリス……マリスディア、です」

 「そっか!よろしくな、マリスディア!オレのことはジルでいいぞ」
 ジルファリアは嬉しさからニカっと笑って見せた。
「ジル……はい!よろしくお願いいたします」
 彼の名前を反芻すると、途端に彼女の表情にも笑みが溢れた。
 それに反応するように、いつの間にかジルファリアに頭の上に移動していた鳥がピィ、と鳴いた。
「あ、あなた、さっき助けてもらっていた子ね。よかった」
 そんなマリスディアの言葉に、今度は彼女の肩に停まる。
「わたしの肩にも乗ってくれるの?ありがとう」
 マリスディアは嬉しそうに小鳥の嘴を撫でた。

 しばらくそうして鳥と戯れている彼女を横目に、ジルファリアはなんとも言えない照れ臭い気持ちになった。

 「ネズミ捕りに捕まっちゃなかなか出られねぇからな」
「ふふ、ジルは優しいんですね」
「そうかな」

 鼻の頭を指で掻き、ジルファリアは目線を逸らす。



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