宵闇の魔法使いと薄明の王女12 1章:3話;昼下がりの侵入者(2)
3話:昼下がりの侵入者(2)
「お、おっちゃん……」
ジルファリアの顔が引き攣った。
「ん?ジル、サツキは?」
そんなジルファリアの様子にも気づかず、ラバードは首を傾げながら辺りを見回す。
「い、いや……、その」
「今日はそっちに手伝いに行ってたんとちゃうんか?」
「さ、サツキは何か気になることがあるって、出て行っちゃってさ」
思わず声が上擦ってしまう。じわりと背中に汗が滲んだ。
「気になること?あいつ、店番ほっぽり出したってことか?」
「あー、いや、それはいいんだよ。もう手伝わなくていいって母ちゃんも言ってたしさ」
何とか気取られないようにしなければ。早くこの時間が終われとジルファリアは両手を忙しなく擦り合わせた。
「そうか?アドレにすまんって伝えといてくれ」
「うん、任せろ」
ラバードがよっこいしょと手に提げていた袋を担ぎ直す。
「今日は買い出しでな。今から色々回らんとあかんのよ」
「そうなのか、おっちゃん大変だな」
「おう。ほんならな、ジル」
にかりと笑いながら踵を返すラバードにほっと胸を撫で下ろしたジルファリアは、彼とは反対方向に足を向けた。
「ところでジルは今からどこへ行くんや?」
後ろからラバードの硬い声が聞こえた。
思わずぎくりと足を止め振り返る。
ラバードは首だけこちらに向けて不思議そうな顔をしていた。
硬い声というのは気のせいだったか__自分の後ろめたさからそういう風に聞こえたのかもしれない。
取り繕うようにジルファリアは笑いながら返した。
「他の友だちに会いに行くんだ」
賑う職人通りの坂道を突っ切るように下りながら、もうこれ以上は誰にも会いませんようにとジルファリアは祈るような気持ちで先を急いだ。
この辺りは問題ないが、貴族街に入ったら見回りの衛兵などもいるだろう。
今日は野菜売りのお使いでも何でもない。ただの不審者である。
どうやったら怪しまれずにバスター家の屋敷まで辿り着けるだろうかとジルファリアは考えを巡らせていた。
「ん?あれ……」
ちょうど中央広場に差し掛かった時、視界の隅に見知った姿を見つけた。
まさに先ほどサツキとの会話にでてきたカラス団だった。ダンが広場の隅っこで他の面々と何やら話し込んでいる。
彼らから気づかれないようにと死角を位置取って走ることにした。
「何やってんだ?あいつら」
サツキの話を思い出し一瞬訝しげな顔をしたが、そんな興味もすぐに手放した。
そんなことよりも、自分は今からもっと危険な目に遭うかもしれないのだ。
そちらの方がわくわくするじゃないかとジルファリアは満面の笑みを浮かべた。
広場に出ている露店の間を縫うようにすり抜け、先日の野菜売りがいないかと目を走らせた。
「今日はばあちゃん来てないか……」
仕方がない。
今日はお使いとしてではなく、やはり不審者として貴族街に乗り込むしかないようだ。ジルファリアは更に満足そうに頷いた。
幸い自分は前回バスター家から帰って来た時、人通りの少ない道を逃げてきたのだ。その道筋は覚えている。
「確か、教会の脇の道に出てきたんだよな」
サツキに声を掛けられた場所を思い出しながら、その道を探す。
ジルファリアが目指したのは、中央広場に面して大きく聳え立つ青いとんがり屋根の教会だ。教会は広場の北西__貴族街の入り口あたりに位置している。
聖堂の前を通ると、その扉の前で鳥たちに餌を撒いている少女が立っていた。
自分と同じ歳くらいだろうか、利発そうな深い青の瞳が印象的だった。
何の気なしにそちらを見ていると、彼女もこちらをちらりと見、途端に不機嫌そうな顔に変わった。見知らぬ少女からそんな目線を向けられる覚えはないとジルファリアも彼女と同じような表情になり、先を急ぐことにした。
「何だ、あいつ」
教会の脇を抜けながらジルファリアは首を捻った。しかしながらすぐに興味を失い、またしてもこれから待ち受ける冒険の方に意識が向いた。
次第に見覚えがある小道が見えてくると、顔が輝く。そして先日のことを鮮明に思い出した。
(確かこのへんに……)
記憶を頼りに目線を巡らせると、思った通り__脇道を見つけた。そしてそのまますり抜けるように身を滑り込ませたのだった。
貴族街中を巡る小道はしんと静まり返っており、表通りの活気さとは程遠いものだった。そりゃそうだとジルファリアは思案しながら走り抜ける。
(貴族はふつう馬車で移動するもんな)
このようなところを通り抜けるのは、自分のような町民の中でも職人や御用聞きなんかだろう。
おかげで誰にも会わず進むことが出来ているわけだが、ジルファリアはふとひとつの疑問にぶつかった。
(こんなザルみたいな造りで悪い奴らに入り込まれたりしねーのかな)
現に自分という不審者がこうして走り回れているわけだが。
「おっと……!」
道を間違えたか、小道から表通りに出てしまいそうになり、ジルファリアは足を止めた。
目の前を衛兵たちが通り過ぎていく。
(あ……ぶね)
バスター家の屋敷まではもう少しのはずだと、ジルファリアは額の汗を拭った。
+++
十数日ぶりに辿り着いたバスターの屋敷はやはり大きかった。
(なんでこう無駄にデケェんだろ)
辿り着いた早々うんざりした表情になり、マリスディアと出会った背の高い木のところまで歩こうと足を踏み出した。
確かこの先に勝手口があるって言ってたっけ、とジルファリアは彼女の言葉を思い出す。
「ま、裏門だって入れてくれるわけねーんだけど」
見覚えのある風景が見えてきたので、そのまま塀を見上げた。
あの日、彼女が座っていた木の上には誰もいなかった。
そう都合よく会えるはずもないかと苦笑し髪を掻く。
柔らかい南風が吹き、ジルファリアの髪を撫でた。屋敷の木々も風に吹かれて枝葉を揺らしている。
さて、これからどうしよう。
マリスディアが木登りするまで悠長に待っているわけにもいかない。尤も、彼女が運良く木登りするとも限らない。
(また見回りの兵士に見つかったりしたら事だしな)
仕方がない、今日のところは一旦帰るかと踵を返そうとしたその時、
「ピィ」
と、どこからか短く可愛らしい鳴き声が聞こえた。
見上げると、白い羽の小鳥が屋敷の塀の上に留まっているではないか。
「……あ。お前」
見覚えのあるその姿にジルファリアは笑顔になる。
「お前、ここで罠にかかってたやつだろ?」
ねずみ捕りの籠に入ってしまった姿を思い出した。
ジルファリアの言葉に応えるように小鳥はもう一度鳴き、こちらに向かって羽ばたいた。
ちょこんと彼の肩に乗り、嘴を頬に寄せてくる。
「ははっ、オレのこと覚えてくれてたんだな」
くすぐったさに身を捩り、ジルファリアは首を撫でてやる。鳥は嬉しそうにまた鳴いた。
「なぁ、お前はマリスディアがいまどこにいるか知らねぇか?」
聞いても通じないかもしれないが念のため聞いてみると、小鳥は飛び立った。そして塀の上に留まると、ピィと鳴く。
「ついて来いって言ってるのか?」
ジルファリアが首を傾げると、小鳥は西のほうへと飛び去った。
「あ、待てよ」
ジルファリアは慌ててそのあとを追う。
白い羽を見失わないように目で追いながら塀伝いに駆けた。
風の音と自分の息遣いだけがあたりに響く。見回り衛兵のことなど、頭からすっかり抜け落ちていた。
しばらく走り続けると、目の前に鉄格子の門が見えてきた。
マリスディアの言っていた勝手口だろうか。
裏門にしては大きい造りの門はぴったりと閉じられていたが、その前に停まっている一台の馬車が目を引いた。
貴族街に似つかわしくない、職人街や中央広場なんかでよく見かける簡素な幌馬車だ。
しばらくぼんやりと見つめていると、馬車の中から一人の老婦人が降りてきた。
そしてきょろきょろと辺りを見回す様子に、直感的に見つかってはいけないような気がしたジルファリアは傍の植え込みに身を寄せた。
しゃがみ込み彼女から死角になったのを確認すると、葉と葉の間から様子を覗った。
周りに誰もいないことを確認した老婦人は、そのまま勝手口の側まで歩き出す。
すると鉄格子が開けられ、敷地の中から誰かが出てきたのだ。
「……あ」
ジルファリアは思わず口から声が飛び出し、慌てて手で覆った。
門から出てきたのは、マリスディアだったからである。
彼女は老婦人に駆け寄り、一言二言なにかを話していた。手には何か紙のようなものを握っている。
マリスディアの言葉を受けた老婦人は相槌を打ちながら、背後にある馬車に視線を送った。
その視線を追ったジルファリアが思わず声を上げる。
「ダメだ!」
視線が合図だったのだろう。
突然、荷台から大きな男が飛び降り、素早くマリスディアの身体を担ぎ上げたのだ。
マリスディアは声を上げる間も無く口を布で覆われ、そのまま荷台の中へと放り込まれた。
「出せ!急げ!!」
男が御者台に声をかけ、飛び乗った。
馬のいななきが聞こえたと同時に、ジルファリアは植え込みから飛び出した。
具体的にどうしようと決めていたわけでない。
マリスディアを助けなくてはと反射的に駆け出していたのだ。
ジルファリアはそのまま荷台に飛びかかり、縁に手を掛けた。
同時に馬車が走り出し、身体が引きずられる。ジルファリアは腕に力を込めると荷台に這い上がった。
「なっ……!何だテメェ!」
先ほどマリスディアを担ぎ上げた男がこちらに気づく。
「おいどうした!」
御者台から別の男の声が聞こえる。
「ガキが一人、登ってきやがった」
「何だと!オジョウサマだけ連れて来いって、あの方からの指示だってのに」
御者が強く舌打ちするのが聞こえる。
ジルファリアは素早く荷台の中に目を走らせた。
「あ……あなたは」
後ろ手に縛られたマリスディアがこちらを見ている。怯えと驚きが入り混じったような瞳だった。
「おい、どうする?」
「仕方ねえ。契約とは違うが、ガキが一人増えたところで問題ないだろ。そいつも縛り上げとけっ!」
頭上から聞こえる分かったという男の声に我に返ったが、遅かった。
あっという間にジルファリアも縛り上げられてしまったのだった。
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