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宵闇の魔法使いと薄明の王女32 1章:7話;鈍色空と忘れ草(1)


 7話:鈍色空と忘れ草(1)


 冷たい風が頬を撫で、ジルファリアはぶるりと身を震わせた。

 「前より明らか寒い日が増えてきたな」
 そう言いつつも、けろりとした表情のサツキが片手を掲げる。
 木枯らしに吹かれて舞い上がった落ち葉を掴もうとしているようだ。

 「サツキはいつも寒いのなんか平気だよな」
 すっかり所定の位置と化した自宅の屋根の上で、寒さ凌ぎにぴょんぴょんと跳ねながらジルファリアが恨めしそうに見遣る。

 「ふふん、なんでやと思う?」
 何故か勝ち誇ったような表情でサツキが笑った。
「知らねぇよ」
 跳ねた拍子にジルファリアの方が先に落ち葉を掴んだ。

 「雪の日生まれやからとちゃう?」

 同じく落ち葉を掴みぼそりと呟く彼の言葉に、ジルファリアは首を傾げた。
「サツキは雪の日に生まれたのか?」
「おれは覚えてへんけどな、そうらしいわ」
「へー、珍しいな。セレインストラは春の国なのに」

 しかしながら、ここまで寒いと常春神話もそろそろ終わりなのだろうかとジルファリアは空を眺めた。
 鈍色の空から変わりゆく夕焼けの色がいやに赤い。

 まるで血の色のようだと身をすくめた。

 「あー、けどおっちゃんが言ってたな。セレインストラにも雪が降った日があるって」
「そうなんか?」
「なんかお祭り騒ぎだったって言ってたぞ」
「なんやそれ、普段とあんま変わらんやんか」
「うん、オレもそれ言った」

 二人は顔を見合わせてくすくすと笑うと、今度は足を投げ出して座り込んだ。

 「今日、おっちゃんは?」
「おらん」
「えー、またかよ……、おっちゃん最近ずっといなくねぇ?」
 今日は母ちゃん特製の鍋料理を振る舞う日だって言ってたのに、とジルファリアは一人ごちた。

 サツキも浮かない顔でため息を吐く。

 「あれからずっとやねん」
「あれから?」
 こくりと頷くと、サツキは西の方角を指差した。
「王宮行った日」

 そう言われてジルファリアも合点がいく。
 そもそもあの日ウルファスの執務室へ行ってからというもの、ラバードは時折難しい顔で何かを考え込んでいるようだった。
 最初は、マリスディアを攫った黒頭巾のことを探す手伝いをしているのだと思っていたのだが、どうやらサツキはそう思っていないらしい。

 「おやじ、ほんまは何者なんやろな」
 目を伏せるとふっと息を吐き、持っていた落ち葉を手放した。

 「何者……?おっちゃんは洗濯屋だろ?」
 ジルファリアが首を傾げてそう尋ねると、サツキは苦笑いで「そうやな」と返した。

 「一緒におると時々な、おやじが違う人間に見えることがあんねん」
「前にも言ってたな」

 まるで役人みたいだ。

 確かサツキはそう言っていた。

 「でも、あの時おっちゃんに聞いてみるって言ってなかったっけ?」
「聞いたわ。……けど、はぐらかされてもうた。んなわけないやろーって笑い飛ばされたわ」
「ふぅん、ならやっぱり違うんじゃねぇの?」
「お前は素直なやっちゃなー」
 すぐ信じるとことかな、と呆れたように笑うサツキに、ジルファリアはますます首を捻ったのだった。

 「そろそろ鍋の時間なんちゃう?おばちゃんのこと手伝わんと」
 ぽんぽんと尻の埃を叩きながらサツキが立ち上がる。
「そうだな、皿くらい運ばねぇと」
 同じくジルファリアも立ち上がると、サツキは目を丸くした。
「珍しいな、ジルが自分から手伝おうとするなんて」
「へへ、最近は店番と掃除も頑張ってるんだぞ」
 得意げに胸を張るとジルファリアは鼻高々に言い放った。
「どういう風の吹き回しや」
「まぁまぁ、あとで分かるって」

 にしし、と歯を見せて笑うと、サツキは「嫌な予感しかせんわ」と言い捨てた。


 +++

 「お、おやじ……」

 階下へ降りていった二人の目の前には、よう、と手を挙げるラバードの姿があった。
 もうすっかり出来上がっているのか、赤ら顔で酒瓶片手にパドと語らっていたようだ。

 「キリングのやつ、最近忙しいからよ。今日は無理やり連れてきたぜ」
 ほかほかと湯気の立つ皿に匙を入れながら、パドが得意げに笑う。

 「いつ飲みに誘っても、最近は断られちまうからな」
「悪いなぁ、パド」

 アドレ特製の鍋料理を美味そうにすすりながらラバードがからりと笑った。

 「最近、古着屋の姉ちゃんが別嬪でな。よく話し相手に行ってんねや」
「お前は相変わらずだなぁ」
 同じようにパドはカラカラと笑うが、アドレは呆れたように腰に手を当てていた。

 「おやじ……」
 そんな彼らの表情とは裏腹に、サツキは顔を曇らせる。

 「何やねん、心配しててんで」
 サツキが思わず非難めいた口調で詰め寄ると、ラバードは柔らかい表情でその髪を撫でた。
「最近あんまり帰れてなくて堪忍な、サツキ」
 ラバードにしては珍しく優しい声色だったもので、サツキは戸惑いながら俯く。
「時々は晩飯、おやじも作ってや」
「任しとけ、約束するわ!明日は俺様特製地獄スープを……」
「あれはええわ……」

 そんなやり取りを横目で眺めながら、ジルファリアは他のことを考えていた。
 楽しそうな彼らには申し訳ないが、ジルファリアはジルファリアで大切な話を切り出す機会を窺っていたのだ。

 「まぁ、とりあえず冷めないうちに食べな食べな」
 明るい声で促すアドレの様子に、今だとジルファリアは唾を飲み込んだ。

 「なぁ、母ちゃん、父ちゃん」

 ずっとこの日のことを頭の中で予行演習していたが、いざとなると声が上擦ってしまい何とも締まらない。
 だが省みる余裕もなく、ジルファリアは真っ直ぐに両親の顔を見つめた。

 「どうした?ジル。そんなおっかねぇ顔して」
 頬を赤く染めながらパドが酒瓶から口を離した。

 「母ちゃんと父ちゃんに頼みがあるんだ」
 膝の上で握りしめた拳にじっとりと汗が滲む。

 「何だい、頼みっていうのは?」
 皿に具材をよそうのを止めると、アドレはこちらを真っ直ぐに見つめ返す。

 一瞬たじろぎ目線を左右に振ったが、ジルファリアは意を決したように唇を引き締めた。

 「オレをアカデミーへ行かせてほしいんだ!」




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