宵闇の魔法使いと薄明の王女28 1章:6話;黄昏の王(2)
6話:黄昏の王(2)
「初めまして」
その穏やかな声が耳に届いた。
柔らかく温かい、じんわりと心に響き安心させてくれるような声だった。
彼がこちらへと歩み、ようやくその表情が見えるところまで来た。
「ウルファスさま……?」
そう訊ねる声が思わず上擦ってしまう。
何度か肖像画や遠目で見たことはあったが、こんなにはっきりと顔の輪郭までが見える場所で対面したのは初めてだった。
「そうだよ、ジルファリア」
そう笑いかける彼を見て、ジルファリアは「マリアに似てる」とすぐに感じた。
柔らかく微笑む表情はとても優しく、また、金の睫毛に縁取られた菫色の瞳がとても美しく理知的に見えた。
マリスディアと同じ王族の象徴である金糸の髪は肩で切り揃えられており、微笑んだ際にさらりと揺れた。
「目の色は違うけど、マリアは父ちゃん似なんだな」
などと心の声が思わず口から飛び出してしまった。目を細めたウルファスが首を微かに傾けた。
「そう感じるかい?」
「うん。だって、すげー綺麗だ」
「えっ?」
隣にいたマリスディアが仰天した声を上げ、顔を真っ赤に染める。
「え?……あ!違うぞ?金色の髪が綺麗だっていう話で……」
「……なんだ」
途端に目を細めたマリスディアがこちらをじろりと睨みつける。
後ろのサツキは呆れたようにため息をついているし、壁側に立っているタチアナに至っては心なしか肩を震わせている様に見えた。
「え、なんでそんなに怒んだよマリア」
「知らない」
そっぽを向いてしまった彼女にジルファリアは狼狽えるが、すかさず後ろに立っていたラバードがその後頭部を小突いた。
「アホか、お前」
「えー?おっちゃんまで、なんでだよ」
「お前はほんまに無神経やからなー」
サツキも慰めるようにぽんぽんとジルファリアの肩を叩いた。
その真意が分からず、ジルファリアは髪を掻く。
そんな様子を静かに見つめていたウルファスがくすくすと笑いだした。
「ふふ、想像以上に君たちは娘と仲良くしてくれているんだね。ありがとう、ジルファリア、サツキ」
「ウルファスさま」
「私はマリスディアがこんなに怒るのを見たことがないよ。マリア、案外怖いんだね、君は」
「お父さまったら」
慌てた様子でマリスディアがこちらを振り返った。
からかうような表情で、ウルファスが肩をすくめる。
「怒った姿はリアーナそっくりだよ」
「お母さまに?」
こくりと頷くとウルファスは彼女に歩み寄り、その髪を撫でた。
「リアーナも亡くなって、その上、私も公務でなかなかマリアと一緒に居られずでね。とても寂しい思いをさせてしまっている」
その表情は悲しそうで、また、申し訳なさそうにも見えた。
「だから、こんな風に娘に気兼ねなく接してくれる友だちができた事が、私も嬉しいんだ」
彼はこちらに笑顔を向けると、もう一度ありがとうと言った。
「それに……」
そこで言葉を一旦切ると、ウルファスはラバードに向かって微笑みかける。
「幾度となく、本当にありがとう」
「ウルファス様」
ラバードは背筋を伸ばした後、恭しく膝をついた。
「職人街でマリスディアを保護し、匿ってくれたことも」
「勿体無いお言葉でございます」
その姿を見ながら、ジルファリアは「また役人もどきのおっちゃんになってるな」と感じていた。
それほどまでにきびきびとした動きで、いつものだらしない姿など微塵もなくなっていた。
「それで、私が取り逃してしまった者はその後……?」
「うん、その話もしたかったんだ。調査は続いているけど、難航していてね。よかったらタチアナと一緒に今から執務室へ来てくれないかな?」
「私にも手伝わせていただけるのですか?」
「勿論だよ、とても助かる」
ウルファスがラバードに向かい、深く腰を折った。
その姿を見たラバードは恐縮したように立ち上がる。
「さぁ、それではマリア。ジルファリア達を東屋に案内しなさい。お茶の準備もできているから」
ウルファスはマリスディアにそう伝えると、彼女も「はい」と頷いた。
「あずまや……?」
「わたしがよく居る中庭なの。東屋には椅子やテーブルを置いているから、そこでお茶しましょう」
「ふぅん」
聞き馴染みのない名前に、その場所の想像もつかなかったジルファリアは適当に相槌を打った。
「あ、あの、ウルファスさま」
その時、今まで静かに黙っていたサツキがウルファスに声を掛ける。
「何だい?サツキ」
「王城の敷地内に、王立図書館があるって聞いたんですが」
流石のサツキも聖王相手だと緊張するらしく、訛りを隠すように不自然な発音の上、手元をもじもじとさせている。
「うん、正門を入ってすぐの所にあるよ。サツキは図書館へ行きたいのかい?」
「あー、……はい。国民にも開放されてるって聞いたんですが、閲覧の許可がもらえるのは学生になる歳からだって聞いたんで……」
「そうだね。分かった、それじゃあこれを持っていくといいよ」
そう言うと、ウルファスが手元にあった紙に何かを書くとサツキに渡した。
それを読み上げたサツキが思わず彼を見上げる。
「特別きょか……、ほんまにいいんですか、ウルファスさま?」
「勿論だよ、それにその歳で本に興味があるのはとてもいいことだ。役に立てれば幸いだよ」
「あ、ありがとうございます!」
頬を紅潮させているサツキを見、さすが勉強家なヤツだとジルファリアは感心した。
自分は本などよりもお茶や茶菓子の方に興味があった。
「じゃあ、タチアナ。私の執務室へ行く前に、サツキを図書館まで案内してくれるかな?」
「かしこまりました。では、サツキ君、行きましょう」
快く頷くと、タチアナがサツキを促した。
こちらを振り返ったサツキは、心底嬉しそうにこちらに向けて手を振った。
「それじゃあジル、わたし達は中庭へ行きましょう」
サツキに応えて手を振り返していると、同じく手を振っていたマリスディアがジルファリアの袖を軽く引っ張った。
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