宵闇の魔法使いと薄明の王女15 1章:4話;夕刻の追走劇(1)
4話:夕刻の追走劇(1)
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__……ぃ、……。……ぉい……、……!
遠くのほうから切羽詰まった声が聞こえているような気がする。
意識を戻そうと試みたが、なかなか思い通りにはいかなかった。
(いてー……)
身体が揺り動かされているのか、その振動でズキズキとした痛みが後頭部から広がり、目を開けるのも苦労した。
「おい!ジル、起きや!!」
その時耳元で最大の声量で呼ばれ、鼓膜に伝わるびりびりとした衝撃に目を開いた。
「さ、サツキ……?」
自分を揺り起こしていたのは、先ほど店を出て行ったサツキだった。
珍しく不安げな表情でこちらを見下ろしている。
「え、……ここ、どこだ?」
飛び起きた反動で痛んだ頭を振ると、ジルファリアは辺りに目を走らせる。
「学生街のはずれにある、農園通りや」
確かに。のどかな田園風景がそこに広がっており、先ほどまでの緊迫した空気などは露ほども残っていなかった。
「そうだ。マリスディアは?男たちは?!」
思い出したようにサツキに食ってかかるが、彼も困惑した顔で首を傾げるだけだ。
「ここにはお前一人だけやったで」
そんな返答に落胆し、ジルファリアはそっかと呟いた。
「サツキは何でここに?」
「おれは、あれからカラス団のあとを追ってたんや。そうしたらお前が農道のど真ん中でぶっ倒れてて、手は縛られてるし……ほんま、ビックリしたわ」
サツキはため息を吐き、ジルファリアが身を起こすのを手伝う。
まだ痛む頭を手で抑えたジルファリアは縛られていた縄が無くなっているのに気がついた。
おそらく彼が解いてくれたのだろう。
呆れた表情でサツキがこちらを覗き込んだ。
「お前、今度は何しでかしたん?」
「何もしてねぇよ!……ただ」
咄嗟に言い返すが、まずはどこから話せばよいかと言葉を切った。
「マリスディアが……、変な男たちに誘拐されて」
「マリスディアって、王女のマリスディアさまか」
「……んん?」
サツキの返事に耳を疑う。
「……王女?」
思わず聞き返すと、サツキが黙ったまま頷いた。
「あいつが?」
「そーや。……呆れたわ、ほんまに気づかんかったんやな」
「サツキは知ってたのか?」
「お前が貴族街で会ったっちゅう女の子の話を聞いた時にな」
「なんで?」
オレなんて何も気づかなかったぞ、とジルファリアは不服そうな顔をした。
「ジル、言ってたやろ?金色の髪をした子って。金色の髪を持つのは、この国では王族だけや」
「そうなのか?知らなかった。……でも確かに、マリスディアもこの髪はめずらしいからからかわれるって言ってたな」
「そんで、確かウルファス様の一人娘の名前がマリスディアやったなーと思て」
「そこは教えろよ。オレちっとも気づかなくて、バカみてぇじゃねーか……」
不貞腐れるジルファリアに、サツキは悪い、と短く返す。
「まぁ、あえて自分から言わんかったんやったら、お姫さんも知られたくなかったんちゃうかなって思ってな」
同じ年齢くらいの友人が今までいなかったと打ち明けた彼女の顔を思い出す。
ジルファリアはきゅっと胸が縮むような痛みを感じた。
「早く、助けねーと」
「え?」
「あの男たち、さっき言ってたんだ。俺たちの役目ももう終わるって」
「誰か別の人間に引き渡すっちゅうことか?」
首を傾げたサツキに頷き返すと、ジルファリアは腕を組んだ。
「これ、オレの勘だけどさ、サツキはここまでカラスを追って来てたんだろ?」
「あ、あぁ。まぁ、ジルを見てる間にどっか行ってしもうたけど……あ」
サツキがぴんと来た表情でこちらを見る。
「キリングのおっちゃんが前に言ってたんだ。職人街にはいろんな人間が住んでて、外からもいろんな人間がやって来るって。ってことは、誰かよそのやつが紛れてても気づかれにくいよな」
「カラス団がそれを手引きしてるっていうんか?」
「うん。だってあいつらのアジト、裏通りだろ?」
ジルファリアがしたり顔で頷く。
「まぁ確かに、あいつら最近おとなしかったしな。なんか企んでんのちゃうかとは思ったけど」
「な?じゃあ決まり、行ってみようぜ」
「え、ちょお待てや。ほんまに行くんか?」
慌てて引き止めるサツキに、ジルファリアは鼻息を荒くし大きく頷いた。
「当たり前だろ。マリスディアが捕まってんだよ」
「誰か大人に伝えた方がええんちゃうか?」
「そんなことしてたら時間がかかるだろ。それに、オレたちみたいな子どもの言うこと誰が信じてくれるんだよ」
ジルファリアは俯いて地面に目を落とす。
そして最後に見た彼女の様子を思い出していた。
「あいつ、ほんとは自分も怖かったんだ。なのに、オレを助けるために自分から残るってさ、オレのこと庇ってくれたんだ」
「ジル……」
「だから、あいつのことほっとけねぇよ。今すぐ助けてやりたいんだ」
その必死な様子にサツキは諦めたようにため息を吐いた。
「分かった。ただし、無理はせんこと。何かあったらすぐ大人に相談や」
「大丈夫だ、職人街はオレたちの庭だぞ。それにさ……」
そう言いながら、ジルファリアは首から下がっているペンダントを彼に掲げて見せた。
「この何とかの雫っていうのを吹くと、助けを呼べるみたいなんだ。マリスディアを無事に助けたらすぐに使うからさ」
「じゃあ今使えや」
「いやだ。あいつの居場所が分からないうちに城から助けなんか来たら、目立ってカラスのやつらが居場所を変えるかもしんねーだろ?」
「うう……ん、一理あるけど無理もある」
納得し難い様子のサツキを後に、ジルファリアは駆け出した。
「ほら、早く行くぞ!サツキー!」
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ジルファリアははやる気持ちで走り続けた。
郊外から学生街に入ると、石造りの静かな小道に出る。
この辺りは森の中にアカデミーがあるせいか木々が多く、道の両脇にも高木から低木と様々な樹木が生い茂っていた。
時折、落ち葉の油で滑ってしまい、足を取られながらも前へ前へと駆けていた。
一刻も早く彼女の安否を確認しなければ気持ちが落ち着かない。
自分の予想が外れていたらという不安も無くはなかったが、それよりもカラス団が本当に彼女の誘拐に絡んでいたら__どうとっちめてやろうかと、怒りの方が勝っていた。
眉間に皺を寄せながらしばらく走っていると、前方が騒がしくなってきた。
どうやらアカデミーの下校時刻に重なったらしく、学生街の通りが大勢の学生たちでごった返していた。
黒いローブを纏った学生の間をすり抜けながら、ジルファリアはちらりとそちらを見る。
学生たちが出て来た方向には大きな鉄門が見え、その奥に見えた煉瓦造りの大きな建物が目を引いた。
「あれが王立アカデミーか……」
憧れに近い感情が込もっていたのだろう。
気がつけば口から飛び出してしまっていた。
「思ってたよりデカいよな」
すぐ後ろを走っていたサツキが合いの手を入れる。振り返るとこちらに笑みを向けた。
「行ってみたいんやろ?」
そんな問いにまぁなと返し、ジルファリアは前を向き走り続けた。
「けど、母ちゃんが許してくんねーよ」
「そうか?もっと話せば分かってくれんちゃう?」
「いや、それはねぇよ。だってあの母ちゃんだぞ?」
もう一度振り返ると、ジルファリアは目を吊り上げ鼻をひん剥いてみせた。
ぷはっと吹き出したサツキは「それおばちゃんのつもりか?」と問うた。
返事をしないでいると、サツキはもう一度言葉を探す。
「まぁ、本気で考えてるんなら、もういっぺんぶつかってみぃ。なんでもそうやけど、話さな分からんことなんてたくさんあるんやで」
どこか諦めたような、そんな声の調子に首を傾げる。
「サツキ、お前ほんとに大人のおっちゃんみたいな時があるな」
「うっさいわ。ほら、早よ行くで。お姫さん助けな」
「そうだった」
気を取り直しジルファリア達は先を急いだ。
学生たちの間を縫いながら石畳の通りを走り抜けると、しばらくして中央通りに出た。
王城と城下町の正門を繋ぐその大きな通りは今日も賑わっている。
馬車や行商人が行き交い、子供たちが水路で遊んでいた。
まさかいまこの瞬間に王女の誘拐が起こっているとは誰も思わないだろう。
「この国って平和だよな」
あまりにいつもと変わらない風景にジルファリアがぽつりと呟く。
「まぁ、平和ボケしてるとも言えるけどな」
「サツキ?」
その皮肉めいた口調に棘を感じ、ジルファリアは振り返った。
それに気づくと、取り繕うような表情でサツキが笑う。
「この国は、よく言えば優しい人が多いんやろうけど、悪い言い方したらうっかり騙されたりしそうやなって」
何となく、その言葉とマリスディアの姿が重なり思わずむっとする。
「そりゃそうかもしれねぇけどさ。オレは好きだぞ、この国」
「そらおれもずっと住んでる国や、愛着もあるし、好きは好きやで」
けどな、とサツキが続ける。
「お人好しなだけやと、肝心な時に何も大事なもん守れへんのとちゃうかなって。今は平和やからええけど、戦争なんか起きたらいくら魔法の国と言えど危ないやん」
「戦争?」
「今のセレインストラには無縁かも知らんけど、外の国では戦争して国同士で殺し合いしたり、子どもが売り買いされたり……ひどいことがたくさん起こってんねんで」
難しいことを述べるサツキを見ながら、ジルファリアは彼がラバードの購読している世界情勢新聞をよく読んでいるのを思い出していた。
だからなのか、ジルファリアは目の前の少年がいつも以上に大人びて見えて気後れした。
「……お前はすごいな」
素直にそんな言葉が唇からこぼれてしまう。
「オレなんかよりずっといろんなこと知ってるし、頭だって良い」
「ジル?」
「なんでもねーよ、さっさと行こうぜ」
きょとんとした彼を何となく直視できず、くるりと背を向けたジルファリアは職人街へと向きを変える。
いつも思いつきで行動している自分とは違う、そんな賢い相棒に引け目を感じてしまったのだ。
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