見出し画像

うつ病が移ってしまった話

30代半ばから40代半ばまで、うつで色々と失った大熊猫です。

色々と。と言ったが、特に失ったのは、キャリア(というほど大したもんではないが)とお金。そして時間。
幸いなことに、家族と友人は失わなかった。

あの頃は、ほんとうに辛かった。
でも、辛かった自慢をする気はない。
うつじゃなくたって、もっと辛い思いをした人はいるだろうし、私の辛かった話なんて、きっと面白くもないだろう。
だからまあ、済んだことは良い。

ただ。
うつ病は特別なことじゃないよ。
風邪にみたいに誰でもかかる可能性があるよ。
怠けているわけじゃないよ。
ということを伝えるために誰かが言い出したんだということは分かるんだが、それでも「うつは心の風邪」という言葉にはいまだに大反対である。

風邪なら仕事を辞めるまでに発展することもないし、職が長続きしないなんてことにもならない。
電車に乗れなくなることもないし、電卓で足し算ができなくなることもない。
ましてや10年も引きずらない。

もっと長く患っている人もいるかも知れないし、もっと短期間で寛解した人もいるかも知れないが、風邪のように数日で治ったならそれはうつではないだろう。

普通に、うつは身体の不調。で良いではないか。と思うのだ。

それじゃあダメなのだろうか。
ダメな場合、その理由って何?全く仮説が立てられないんですけど。

ただ、風邪のように人から移る場合があるという点では、ある意味正解だとも思う。
私も、環境の激変やら震災やら何やらが重なって発病したのだが、一番のカギは、その時期に重度のうつ病の人と知り合い、その人から発せられる負のオーラに引きずられてしまったことだ。

その人とは、当時流行っていたmixiで知り合った。
同じバンドが好きだったことで話が合ったのだ。
その流れで遠距離恋愛が始まったのだが、以来毎晩、明け方まで続く電話で「死にたい。死んでやる。今、家にある薬を全部飲んだ(本当は飲んでない)」と喚き散らし、そして寂しいと泣かれた。

当時、私は仕事をしていたが、当然睡眠不足は深刻で、さらに震災の影響で実質業務が何もなくなってしまい、ただ座っているだけという環境だったこともあり、日中はとにかく睡魔との闘いだった。

夜、やっと寝られると思っていると電話が鳴る。
出なければ罵倒され、その後「明日も仕事なのにごめん」と泣かれる。

この時点で関係を断っていればよかったのだが、見捨ててしまうという罪悪感と少しの情で、電話を断ることができなかった。

ずるずると関係を続けていたある日、パニック発作を起こした。
唐突に、「ここにはいられない。」という強迫観念と呼吸困難に陥ったのだ。
数分で治まったが、これが何なのかはすぐに分かった。

うつとパニック障害だった。

それを聞いて、彼は自分を責めたが、同時に仲間になった私を手放そうとはしなかった。

そんな状態が2年間続いたころ、私は子宮筋腫を摘出するための手術を受けることになった。
開腹手術だったため10日くらいの入院だったと思うが、この間は病院にいるため電話に出ることができない。
彼もそれを分かっていたため、携帯が鳴ることはなかった。

快適だった。

電話が鳴らないことが。
自由に睡眠を取れることが。
彼の声を聞かなくて済むことが。

このまま家に帰りたくないと思った。

ああ、私はとっくに彼と別れたかったんだな。
きっと別れても彼は死んだりしないだろう。
彼は、死にたいと叫ぶことで寂しさを紛らわしていただけなのだ。

そうして、私たちはお別れをした。

さようならをしても、うつはなかなか寛解しなかった。
新しい職場に移っても、電車に乗ることができず辞めてしまう。
そんな風にして職を転々とした。

今の私は寛解状態で、全く症状はないのだが、それがいつからなのかはよく分からない。
父が亡くなってしばらく経ったころからだろうか。

父を安心させることができなかったな。
今は、一応社会に適合してなんとか生きているよ。

遠い地で暮らす彼も、できれば心健やかに過ごしていますように。

いいなと思ったら応援しよう!

大熊猫 応援いただけたら嬉しいです!いただいたチップで美味しいものを食べてnoteでご報告します!