妄想行進曲
幼い頃から妄想のスキルは高かった。
妄想とは独りこっそりと楽しむ性質のものなので他人と比べるのは難しいが、妄想するためにわざわざ遠回りして帰るくらいには妄想に執着していた。
空想ではなくあくまでも妄想だ。
いや、正しい日本語を使うならたぶん空想が正解なのだが、ここは妄想と呼ばせてもらいたい。
架空の人物や街などは登場しない。
あくまで家族・友人・憧れのあの人たち・同僚など、実在の人物と実在する場所で物語は進んでいく。
アップデート型と呼ばれるタイプの妄想を得意とし、同じ物語を何度も繰り返しては改善点を見つけてやり直す。
完璧な物語が完成するまで内容は膨張し続け、飽きずに何日でも繰り返すのが特徴だ。
このタイプの弱点は、「目的地に到着した」「前から来た人とぶつかりそうになった」など、現実のちょっとしたアクシデントで中断を余儀なくされることである。
せっかく完璧に近いものが出来つつあったのに、「信号が赤に変わりそう」というだけでやり直しになったり、そこから別のお話が始まってしまったりするのである。
満足するものを作り出せないままブームが終了してしまうこともある。
因みにこれは忠告なのだが、アップデート型の他にどんな型があるのかは知らないし、そもそもアップデート型という名称はたった今考えたものであるので、知ったかぶって他人に教えるのは控えた方が良い。
もう一つの特徴は、その時に聴いている音楽に合わせた物語になっていることだ。
曲にストーリーを合わせるのだが、そこで生まれたストーリーのために曲順を考え編集し、翌日以降の妄想に使用する事さえある。
さらにもう一つの特徴は、恐らくこれは皆同じでは?と思うのだが、ほとんどが自分の願望から生まれ育っている点である。
願望なので実現不可能なものが多い。
当然、実現した事は一度もない。
ただ一度だけ、妄想のとても大切な部分を捻じ曲げながらも、無理やり実現させようと試みたことがある。
なんの権力もない一般庶民のため、普段は無理に何かを推し進めることは難しい。
しかし、この日だけは違う。
私自身の結婚披露宴である。
前提として、元夫という人は表向きは些事にこだわらず、こだわりなんて面倒だぜ(こんな俺カッコイイ)というタイプで、実際ある部分においては驚くほどこだわりや執着を見せないのであるが、本質はだいぶ拗らせた面倒な男である。
そもそも二人とも「披露宴はやりたくない」で一致していたのだが、勤め先がホテルの宴会場という、やらない訳にいかない状況であったため、できる限り主役になりたくない一心で、ケーキ入刀なし・キャンドルサービスなし・新婦から両親への手紙なし・お互いの義両親への花束贈呈なし・友人のスピーチや余興は1件のみという、無い無い尽くしの大掛かりな夏の飲み会を催したのだ。
などと言いながらも、もしかしたら一度きりになるかも知れない披露宴である。
音楽だけは譲れなかった。
元夫は、こだわりなし男モードだったため、私は音楽については一切口出しするなと宣言し、徹夜でBGM作成を始めた。
私が極度のX JAPANファンであり、hideファンであることは、私を知る全ての人の知るところであったので、逆にベタベタにX JAPANを使うことはしたくなかった。
特に、X JAPANをよく知らない人でも知っているような曲は、何があっても避けたかった。
「ベタ」それは恐怖ですらあった。
白状すると、妄想ではX JAPANのメンバーと披露宴を挙げていたのに、似ても似つかぬこの人との披露宴でX JAPANの曲を使いまくることは、X JAPANへの、そして何よりファンである私への冒涜のような気がした、というのも理由の一つだ。
そんなに嫌ならなぜ結婚したんだ。と言いたい気持ちは分かるが、そこは離婚したので許してもらいたい。
とにもかくにも20年程前の私は、妄想の実現のため悩み始めた。
入場曲はどうするか。
最近の流行りは知らないが、当時は美女と野獣のあのテーマソングが大流行であった。
良い曲だがベタである。
そちらは一生に一度かも知れないが、働いているこちらは土日の昼夜の各2回、週に4回聞かされているのだ。
お腹いっぱいである。
しかも、ROCKじゃない。
X JAPAN縛りではないが、ROCK縛りは譲れない決定事項である。
何曲か候補ができた頃、同僚たちとの飲みの席で元夫が口を開いた。
「入場曲は、レッド・ツェッペリンのRock'n Rollで決まりだ。あれじゃなきゃイヤだ。」
人前だとイキって表現が大きくなる、いや、はっきり言おう「人前だとイキって自分を大きく見せるために息を吐くように嘘をつくモード」である。
こうなると非常に面倒だ。
本人にとって嘘をつくことは自然な行為であるため、嘘をついているという自覚がない。
しかし防衛本能が働くのか、嘘つきと言われることを異常に嫌うため、音楽は任せると言ったじゃないか!嘘つき!などと言えば、それはもう面倒なことになるのである。
私は嫌々仕方なく渋々断腸の思いで受け入れたのだ。
曲に罪はない。名曲であるし嫌いでもない。
ただ、一回り年上の元夫と違い、世代じゃないのである。
そして何より、ROCK縛りだからRock'n Rollとは一番避けたかった「ベタ」なのである。
ご存知ない方のために
結論から言うと、入場は非常に盛り上がった。
流石レッド・ツェッペリンである。
決して元夫の手柄ではない。
そして色々文句はつけたが、歓談時のBGMの中に同じくレッド・ツェッペリンの名曲、天国への階段をチョイスしたのは私である。
一応貼っておくが、結婚披露宴のBGMにこれを選んだ自分は控えめに言って最高だな、とは思っている。
だいぶ脱線したが、これは妄想を実現してみた話である。
妄想の夫は憧れのあの人であり、当然招待客もあの人やら果てはあの人まで、それはもう豪華メンバーであるが、ここは妥協するしかない。
つまり、私の妄想を構成する最大の要素である音楽の部分を実現するのだ。
入場曲を元夫に奪い取られたため、戦意は喪失しかけていたが、まだお色直しの入場がある。
因みに、お色直しもしない予定だったが、ウエディングドレスを手作りしてくれた亡き父が、ずっとウエディングドレスのままはおかしいので着替えろ、と、嬉々として2着目を作り始めたので強制である。
そのおかげで、もう一度入場することができるのだ。
つまり、入場とその時の音楽の妄想を再現できるのだ。
しかしすぐに壁にぶち当たる。
目隠しをされて何が起きているか分からない私を、彼が会場まで連れてくる。
招待客はもちろん事情を知っているため、物音を立てずに注目している。
そこで音楽が鳴り、目かくしが外される。
ジワジワと事情を察し、感動する。
と言う、文字にするのも憚られる恥ずかしい妄想なのだ。
今、この瞬間も羞恥心でいっぱいだ。
何故、こんなにも身を切らねばならないのだ。
自分の披露宴で、自分で招待状を出した友人知人・親戚の前でそんな演出をしても失笑すら生まれないだろう。
しかも入場ではなく、お色直し後の再入場なのである。
全てに辻褄が合わない。
想像するだけで社会的な死を感じる。
こうなると登場シーンも妥協である。
残されるのは音楽だけなのだが、あまりにも妄想と演出が違いすぎる。
もう何が正解か分からなくなってきた。
本能。すなわち妄想に従い、hideのHi-Hoを選曲したのだが、盛り上がりはイマイチであった。
ライブでは盛り上がりまくる最高に楽しい曲なのだが、オーディエンスが違うのである。
親戚のおじさんや職場の上司には全く響かなかった。
結局みんな、ベタが好きなのである。
誰よりも大好きなhideに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だから今ここで、再度Hi-Hoの良さを知っていただきたい。
これが想いが強すぎて失敗した、甘酸っぱい思い出である。
妄想は現実には起こらないし起こせないと学んだ、2001年7月1日。
21年後の今日、振り返ると変わらずX JAPANとhideは最高なままであり、レッド・ツェッペリンは偉大なままであった。
そして今はまた独身だ。
次の披露宴ではどの曲をかけようか。
当然、妄想である。
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