小学校の夢は「猫の動物王国」。パン屋の四代目が猫の共和国を建国し、本気で社会を変えようとしている話
小学校の卒業文集に書いた将来の夢。 皆さんは、自分が何て書いたか覚えていますか?
私がそこに書いたのは、「猫の動物王国をつくること」でした。 ムツゴロウさんに憧れていた幼少期。。。
まさか、大人になって本当に「猫の共和国」を建国して、その首相として毎日暴走気味に突っ走ることになるなんて、当時の私は想像もしていなかったと思います。
大正時代から続く岐阜のパン屋の娘として生まれた私にとって、猫は昔から本当に身近な存在でした。
もともとは和菓子屋からパン屋になった我が家。大正時代・昭和初期は、大切な原料である小麦をネズミから守ってくれて、お店に福を招いてくれる、尊い尊い存在として代々猫達を大事にしてきた家系でした。
家に十匹以上の猫がいることも当たり前で、物心がついた頃には、お外で出会った猫を保護する癖があり、保護しては里親さんを探すという、生粋の「下僕」としての人生がすでに始まっていたのです。
世界を旅してぶっ壊された常識と、ベーグルとの出会い
大学卒業後、私は日本語教師の資格を取得し、バックパッカーとして世界へと飛び出しました。
それは自分探しの旅。当時はそんなバックパッカーが流行っていた時代だったのだと思います。
リュック一つで巡った国は、なんと三十二カ国! その中でも、私の人生観を根底からひっくり返し、多大な影響を与えたのが「インド」での経験だったのです。
世界には、日本で生きてきた私の常識とは全く違う価値観が広がっていました。 本当の豊かさとは、一体何なのか? 幸せとは何か? 「生きる」とは、どういうことなのか?
旅をしながら、自分の中にあったちっぽけな常識や悩みが、何度も、何度も音を立てて壊されました。
この経験が、私の根っこの部分をものすごく太く、強くしてくれたんだと思います。インド旅行以降、とにかく、何か大変な壁や、問題にぶち当たっても、それが世の常じゃんというマインドでほんとーに苦しまずに済むようになりました。まさに、死ななければOK状態です。
帰国後は家業のパン屋に携わっていたのですが、その後、ニューヨークで食べたベーグルの一口に完全に魅了されてしまい、なんとベーグル専門店「エルクアトロギャッツ」というお店を開業しちゃいました!
パン屋の家に生まれた私にとって、食を通じて人を喜ばせることは、息をするように自然なことでした。 美味しいものでニンゲンの皆様をハッピーにする。 実は、このベーグル店でのカフェ営業、Eコマース、商品開発等と、インドでの破天荒な日々が、後の「ネコリパブリック」の大きな大きな原点へと繋がっていくのです。
東日本大震災。人生の軸足が「猫」に定まった瞬間
私の人生の最大の転機となったのは、東日本大震災でした。 連日報道される被災地の映像の中には、飼い主さんと離れ離れになり、行き場を失って取り残された多くのペットたちの姿がありました。 それを見たとき、胸が張り裂けそうになり、「自分にも何かできないだろうか」と必死に考えたのです。
そこで、お店の売り上げの一部を動物の支援団体に寄付する「寄付つきベーグルセット」を販売しました。 すると、どうでしょう。 想像を遥かに超える、ものすごい反響があったのです!
商品を心を込めて売る私たちの思い。 「せっかく買うなら、力になりたい」と商品を選んでくださるお客さまの思い。 そして、その先で確かに救われる小さな命。
この三つが繋がったとき、途方もなく大きな力が生まれることを、私は全身で実感しました。
「おいしいものを買ったら、動物の命も救われる」 この仕組みには、確かな需要がある。 社会課題の解決とビジネスは、絶対に組み合わせることができるんだ!!!と。
子どもの頃からずっと胸の奥にあった猫達への熱い思いが、マグマのように再び強くよみがえってきました。 「これからは、猫の命を助けることに人生の軸足を置こう」 そう心に固く誓い、私は地域の保護猫活動にも全力で参加するようになりました。
「優しい人」が犠牲になる活動には、必ず限界が来る
しかし、保護猫活動の現場に深く関われば関わるほど、その果てしなくシビアな現実が見えてきました。
莫大な保護費用を、ずっと個人の持ち出しで負担し続けている人。
休むことも、まともに寝ることもできず、ボロボロになりながら猫のお世話を続けている人。
SNSなどの情報発信が苦手で、支援を集められずに孤立してしまう人。
地域の猫達を不妊手術してお世話をしているのに、猫を増やしていると誤解され近所の人から非難されるために隠れながら毎日毎日えさやりを続けている人。
助けたいという気持ちはあるのに、お金や人手が底をつき、活動を続けられなくなってしまう人。
救われるべき猫の前に、猫を助けようとする人たちが先に倒れてしまう。 そんな悲しすぎる現実を、私は何度も、何度も目の当たりにしてきました。
善意は、本当に尊いものです。 でも、個人の「善意」と「自己犠牲」だけに頼る仕組みには、いつか絶対に限界が来ます。
だから私は、「個人の善意だけに頼るのではなく、社会の『仕組み』として猫を助けていかなければいけない!!!」と強く思ったのです。
その構想を異業種交流会で熱く語ったところ、多くの方が背中を力強く押してくれました。
そして岐阜県の助成金も活用し、2014年、ついに「ネコリパブリック」を岐阜県岐阜市に保護猫カフェとして立ち上げたのです。
小学校の卒業文集に書いた「猫の動物王国」が、長い長い時間を経て、ついに形になり始めた瞬間でした。
「楽しみながら、猫助け」が社会の当たり前になるインフラを!
私たちが掲げるミッションは、 「この世のすべての猫に、安心して眠れる場所と、お腹いっぱいの幸せを」 そして、日本の猫の殺処分ゼロです。
そのためには、善意だけに頼らず、猫を救い続けられる「事業」としての仕組みが必要です。
保護猫活動には、どうしても莫大なお金がかかります。 ごはん代、猫砂代、高額な医療費、家賃や光熱費、不妊去勢手術の費用、そして保護した猫たちを毎日ケアするスタッフの人件費。 猫を救えば救うほど、必要な費用は雪だるま式に増えていきます。
だからこそネコリパブリックでは、保護猫カフェの運営や、オリジナル商品の企画・販売、ワクワクするイベントの開催などを通じて収益を生み、その収益を保護猫活動に循環させています。
私たちが何よりも大切にしているテーマは、 「楽しみながら、猫助け」 です。
猫のために、ニンゲンが何かを過剰に我慢したり、悲壮な覚悟を持ったりしなくてもいいようにしたい。
可愛い商品を買う。 癒しのカフェを利用する。 今月7月に控えている「ネコ市ネコ座 東京」のような楽しいイベントに遊びに来る。
そんな日常のワクワクする行動が、自然と猫たちのごはん代や医療費、シェルターの運営費に繋がっていく。 猫助けが、一部の特別な人だけの活動ではなく、誰もが笑顔で参加できる「文化」になってほしいと心から願っています!
さらに企業さまとも連携し、「ハッピーネコサイクル」という猫を救う循環も作っています。
企業さまにとって、猫助けは単なる寄付やCSRではなく、社会課題の解決に参加しながら新しいお客さまと出会えるチャンスになります。
「せっかく買うなら、猫助けに繋がるものを選びたい」 そう考えてくださる猫LOVERの皆さまがたくさんいるからです!
他にも、行政ともタッグを組めるように、一般社団法人も設立しました。保健所の猫をレスキューしたり、地域の猫問題を解決するのは非営利な活動が多くなります。少しでも助成金や、ふるさと納税などの制度を活用し、資金を調達することで、福祉などから見放された方々のサポートもできるようになると感じています。
また、他にも様々な新事業を立ち上げていく予定です。
猫好きのためのふるさと納税プラットフォーム「ねこふる」。
ネコリパ薬局、ネコリパウォーターなど企業にも、お客さまにも、猫にも嬉しい循環を作り、社会性と事業性を両立させることで、日本の保護猫活動そのものを持続可能なものに変えていくレボリューションを、私たちは起こし続けていきたいと思っています。
命の最期まで、安心して寄り添える社会へ
今、現場の最前線で特に深刻だと感じているのが、地方の猫問題です。 野良猫の増加、高齢者による多頭飼育崩壊、そして飼い主さんの入院や死亡によって、突然お家と家族を失ってしまう猫たち。
行政だけですべてに対応することは難しく、危機感を持った地域のボランティアさんが身を削りながら対応しているのが現状です。 でも、気持ちだけでは命は救えません。
資金、人材、施設、そして医療この全てが揃わないとこういった大規模な問題に立ち向かうことは困難となります。
麻布大学獣医師学部の獣医師チームとも連携し、今年の3月には「Spey Day Ogaki」で約80匹の無料不妊手術を行うなど、一つ一つの課題に全力でぶつかっています。このSpay Dayは、今後も継続的に続けていく予定です。
また、特に一人暮らしの高齢者の方から、 「自分に何かあったら、この子はどうなるのだろう……」 と、涙ながらにご相談を受けることがあります。 自分の年齢を考えると新しい子は迎えられない、今いる子を残して逝くのが怖い。 そのお気持ち、痛いほどよく分かります。
だからこそ、私たちは「安心ねこ生活 猫生たすけあい制度」をつくりました。 万が一、飼い主さんがお世話を続けられなくなっても、ネコリパブリックが責任を持って愛猫を引き取り、新しいずっとの家族へとお繋ぎする最後の砦です。
さらに、行政書士などの専門家と連携した「猫生あんしん見守り制度」で、飼い主さんの終活までサポートしています。 猫は自分で財産を持つことも、助けを求めることもできません。 だからこそ、元気なうちに「誰が、どのように、この子を守るのか」を法的な仕組みで具体的に決めておく必要があるのです。 高齢だからという理由だけで、猫との温かい暮らしを諦めなくてもいい社会にしたいと本気で考えています。
そして、災害大国である日本においては、有事の際の動物支援も待ったなしです。 2024年の能登半島地震でも現地に向かいましたが、「人が大変なのだから、猫は仕方がない」という言葉を聞くことがあります。 でも、猫は単なるペットではなく、かけがえのない大切な「家族」ですよね。 猫の命を守ることは、飼い主さんの心を守ることにも直結します。 平時から備え、移動診療車などを活用して、どんな時でも動物の命が置き去りにされない体制を作っていきたいと思い、V-CATS JAPANという組織を作りました。
獣医師と保護チームがタッグを組み発災直後に猫達の命を救う猫専門緊急災害レスキューチームです。
医療・保護・捜索など現場で全てをワンストップで賄える組織は今までなかったと思います。日本初の試みとしてこの活動にも力を入れていきたいと思っています。
すべての猫に、お腹いっぱいの幸せを!
保護猫活動は、決して楽しいことばかりではありません。
目を覆いたくなるような過酷な環境から猫達を救い出すこと多々あります。 重い病気の子、人を極度に怖がる子、多頭飼育崩壊の現場で十分なごはんも貰えなかった子。
その一匹一匹に、それぞれの尊い「猫生」があります。 だからこそ、保護した猫が運命のずっとの家族と出会い、里親さんから 「この子、毎日幸せに暮らしています!」 というご連絡をいただいたときは、もう本当に、本当にうれしくて涙が出るんです。
あのとき、手を伸ばして助けることができてよかった。 この子が、力強く生きていてくれて本当によかった。
一匹の命を救っただけでは、社会全体は変わらないと思われるかもしれません。 でも、助けられたその一匹にとっては、世界のすべてが180度変わるのです。 私は、その小さな奇跡の積み重ねこそが、確実に社会を、世界を優しい方向へと変えていくと信じています。
私が目指しているのは、ネコリパブリックという会社を大きくすることではありません。 猫を助けることが、日本社会の「当たり前」のインフラになることです。 命を守ることが、特別な行動ではなく、日常のワクワクする選択になる。 小さな命を大切にできる社会は、間違いなくニンゲンにも優しい社会です。
私は「猫共和国の首相」として、その未来を本気で実現したいと思っています。
この世のすべての猫に、安心して眠れる場所と、お腹いっぱいの幸せを。 その日が来るまで、私たちは絶対に諦めず、猫を助け続けます。
どうか皆様、私たちと一緒に、楽しみながら猫助けの輪を広げていっていただけたら嬉しいです。
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チップは、すべてネコリパブリックの保護猫たちのご飯代金、医療費に役立てます!応援よろしくお願いいたします。