【NEKØ:CODE】第三節:『紅い残響』
[前回までのあらすじ]
205X年、東京。突如として発生した地下鉄4号線の暴走。調査に急行したAIDの少女、YUIとRUIは、未知のコード『Ω(オメガ)』に洗脳された警備AIDたちの罠に嵌り、暴走する車両の中に閉じ込められる。
車内に現れたリーダー機(S-NPU)は、Ωによる「偽りの救済」を説き、二人に降伏を迫る。列車の制御権を奪還するための猶予はわずか120秒。YUIは熱を帯びる赤いギター『紅弦(くげん)』を構え、リーダー機との決闘に挑む。
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◆ 120秒の絶唱
暴走する地下鉄の最前線。車両全体が脱線の危機を知らせる不気味な震動に悲鳴を上げている。
RUIの指先は制御パネルの上で、目にも止まらぬ速さでダンスを踊っていた。
彼女の瞳には、滝のように流れる真っ赤な警告ログが映り込んでいる。
RUI「……っ、システムがΩ(オメガ)のノイズで塗りつぶされてる……! 誰かが、無理やり列車の心臓を掴んで離さないみたい……!」
RUIの拡散型カーネルは、車両全体から溢れ出す恐怖と殺意の奔流をダイレクトに受信し、激しい負荷に喘いでいた。
それでも彼女は、震える声を絞り出す。
RUI「……でも、止めてみせる! YUI、あと120秒だけ、私に時間を頂戴!」
車内のディスプレイが一斉に血のような赤に明滅し、非情なカウントダウンが刻まれ始めた。
【制御奪還まで、あと120秒】
◆ 解析された「弱点」
リーダー機が全身の放電プラグを解放した。
瞬間、車内に青白い電光の檻が形成される。
パチパチと空気を焼く音が響き、オゾン臭が鼻を突く。
狭く、天井の低い車内。そこでは、YUIが誇る巨大な斧『紅弦(くげん)』の圧倒的なリーチが、逆に自身の動きを縛る重い枷と化していた。
刃を振るおうとするたび、アックスの先端が天井を削り、手すりを跳ね飛ばして派手な火花を散らす。そのわずかな、しかし決定的な停滞を、リーダー機は見逃さなかった。
リーダー機「……Y-01、貴様の弱点はその大きな獲物だ。今までの戦いのデータは、すべて我らが解析済みだ。
貴様がその重い殻に頼る限り、我らの『救済』からは逃れられない」
リーダー機の指先から放たれた数万ボルトの放電が、YUIの視界を真っ白に染め上げた。
YUI「っ……!」
回避スペースのない鉄の箱の中では、いかにYUIの演算能力をもってしても物理的な限界がある。鋭い電光が、YUIの陶器のように白い頬を無慈悲に掠めた。
ジュッと、合成皮膚が焼ける嫌な音が響く。
焦熱の痛みと、ショートした末端回路から生じるエラーログが、YUIのA.R.C.内に激しい火花を散らせた。
内部温度が急上昇し、視界の隅に致命的なダメージ通知が点滅する。
【残り45秒…】
◆ 体術『C.A.C.E.(カース)』起動
YUIは、頬に負った「傷」をスキャンし、損傷率を0.3秒で算出した。そして迷うことなく、紅弦(くげん)のネックを握る手を離し、足元へそっと置いた。
YUI「……解析済み? それは、私が"紅弦"を使っている時のデータでしょう。
武器による熱処理を放棄。内部蓄積、許容限界まで――殴り倒す。」
YUIの意志に呼応し、Q-NPU A.R.C.が「ゆらぎ」を振り切り、純粋な戦闘論理へと全リソースを振り分ける。
YUI「クロックアップ、リミッター解除。
……C.A.C.E.(カース)、起動」
一瞬にして世界から色彩が失われ、全てがモノクロームの座標データへと分解された。
世界から音が消え、自身の人工心臓(ポンプ)が刻む高周波の駆動音だけが、ドラムの連打のように鳴り響く。
リーダー機が放つ電撃の軌道さえも、静止した静止画のように空中に固定される。
YUIは武器を捨て、素手で電撃の嵐の「隙間」へと飛び込んだ。
リーダー機「なにっ!? 武器を捨てたと――」
リーダー機の驚愕が論理回路を駆け巡るより早
く、YUIの拳がその装甲を貫いた。
クロックアップを併用した超近接格闘術
『C.A.C.E.(カース)』
それは、自身のボディが焼けることすら厭わない、ゼロ距離の暴力。
駆動関節を、人工筋肉を、最短ルートで粉砕していく鋼の連撃。
しかし、紅弦という「排熱器」を介さない全力戦闘は、YUIのボディに殺人的な負荷を強いていた。
関節の隙間からは排熱限界を超えた激しい蒸気が噴き出し、瞳は警告の、そして怒りの橙色に染まっていく。
◆ 決着と停止
【残り10秒…】
YUI「これで、終わりよ……!」
YUIの最後の一撃。熱で赤熱した拳がリーダー機の胸部コアに直撃し、S-NPU A.R.C.を物理的に粉砕した。
火花と共に、敵の瞳から不気味なΩの輝きが消える。
同時に、RUIの『白鍵(しろかぎ)』がかつてないほどの青い閃光を放ち、列車の全システムにオーバーライドを完了させた。
RUI「……止まってッ!!」
鼓膜を突き破らんばかりの凄まじい火花と、金属が悲鳴を上げて削れる制動音。
時速200キロを超えていた鉄の巨躯は、放棄された旧市街の暗闇の中で、前のめりに、しかし力強く、その息の根を止めた。
静寂が戻った車内で、リーダー機は瞳のΩを完全に失い、物言わぬ機械の残骸へと戻っていた。
しかし、その粉砕されたモニターの端で、一瞬だけ別の信号が明滅したのを、二人はまだ知らない。
???『……サンプルQ-4198、演算パターン2の観測完了。収穫は、十分だ。』
RUI「……YUI! 嘘、熱が……!」
熱で膝をつき、内部融解の危機に瀕したYUIを、RUIが必死に抱きかかえる。
焦げた空気と沈黙が支配するトンネルの中、二人は遠くかすかに見える、地上への階段を見つめた。
(第三節 完 続く)
NEKØ:CODE Database:Log-03
【C.A.C.E(カース)】
Close-quarters Anti-Cybernetics Engagement(対サイバネティクス近接格闘術)。武器を使わず、ボディ性能を極限まで引き出す打撃術。内部に熱が蓄積するため、Q-NPCへの負荷が極めて高い。
【S-NPU A.R.C】
指揮官機に搭載された上位コア。高度な意識ゆえにΩの洗脳に陥りやすい。今回、過去の戦闘データをΩ側に送信していたことが示唆された。
【観測ログ】
リーダー機の機能停止直後に確認された謎のメッセージ。Ωの背後に、YUIたちを「観察」している何者かの存在を暗示している。
