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〔ショートストーリー〕6年目の友だち

あくびをかみ殺す。もうこれで何度目だろう。年に一度の総会だが、社長の話は何年経っても進歩しない。いつも、中身が無いのにやたら長い。絵に描いたような時間泥棒だ。
「……我々の業界に向けられる目は、年々、いや日ごとに厳しくなっており……」
またこの話。同じフレーズを6年前から聞いている。社長の言う通りなら、こんな50人程度の警備会社はとっくに潰れているんじゃないか?
「……何よりも大切なのは、誠実さと勤勉さではありますが、それに加えて、社員の皆さんのやる気と創意工夫が必要不可欠で……」
はいはい。結局はそう言って、俺らに責任を押し付けるんだよな。会社は何も変わらないし、何の責任も取ってくれない。給料は上がらないのに、仕事だけが増えていく。特にここ二、三年は、この会社に見切りをつけて辞めていく者が多いため、ますます仕事量が増えてしまった。正直に言うと、俺も辞めるタイミングを考えているところなのだが。
「……簡単ではありますが、これを私の挨拶とさせていただきます」
全然簡単ではない、長々とした挨拶がやっと終わった。熱のない拍手が広がり、周りからもホッとした空気が漂ってくる。どの顔もウンザリしているのに、なぜ社長は気が付かないのか不思議だ。

満足そうに席に戻った社長の後ろをチラッと見る。背筋をピンと伸ばし、紺色のスーツを着た女性が拍手していた。ああ、今日も秘書の丸山さんは美しい。あんな社長に勿体ないほど優秀で、しかも俺たち平社員にも優しい。
何でも、体をこわした先代社長が彼女の能力を見いだして、自分の代わりに息子の補佐を頼んだそうだ。人望も厚かった先代社長はその後、病気が進行して亡くなり、その時から今の社長にハッキリと意見できる者がいなくなってしまった。丸山さんは社長にいろいろと助言しているらしいが、聞く耳をもたないからどうしようも無い。
それでも彼女は、二年後輩の俺にも会えば労いの言葉をかけてくれるし、繁忙期で疲れが溜まっている時には差し入れもしてくれる。
「いえ、社長からです。私は手配しただけなので」
と言うが、あの社長がそんなに気が付くはずがない。丸山さんからの差し入れだと、誰もが知っていた。
その他、社長の失言やいい加減な対応のせいで取引先を怒らせてしまったり、契約が反古にされそうになった時も、彼女が陰で動いて何とかことを収めたとも聞いている。あんな無能な三代目社長でも会社が潰れずに続いてきたのは、彼女のおかげだろうというのは、我々社員の共通認識だ。
ただ、問題がひとつ。俺がこの会社を辞める踏ん切りがつかないのは、彼女のせいなのだ。入社して以来、もう6年も絶賛片想い中。学生時代はそれなりに恋人もいたのに、今はまるで初恋を拗らせたガキのようだ。告白する勇気もないのに、諦め方が分からない。
「今日も丸山さん、綺麗だな」
隣で柴田がボソッと呟く。俺と同期のこいつも、丸山さんに片想い中の一人だ。拗らせ仲間、といったところか。
「ああ、本当に。あの社長には勿体ない」
俺もボソボソと返す。丸山さんがいるから会社を辞められないのは、きっと俺たちだけじゃない。だが。
「でも今日、なんか違くね?」
やはり柴田も気が付いていたか。そう、今日はいつもの丸山さんとどこか違う。少し緊張しているのか、笑顔が強張っているようにも見える。そして、それは彼女だけではないと気が付いた。この会社は圧倒的に男性が多いが、数少ない女性陣は一様に表情が硬い。
「女性陣、みんないつもと違わねえか」
俺の言葉に、柴田も頷く。
「何かあったのかな」


そこで進行役の課長がマイクを持った。
「えー、それではここで、ご報告があります。今月末をもって社長秘書の丸山さんは退職となり、後任には内海さんがつくこととなりました」
一気に会場がざわついた。俺の眠気もどこかへ吹っ飛び、頭にカッと血が上るのを感じる。隣の柴田も、怒りでワナワナと震えているようだ。
「おい、内海って」
「ああ、社長が3か月前に連れてきた、若い愛人だろ」
「あり得ねえ……」
俺たちの周りでも、同じような会話が飛び交っていた。
「内海って、ケバいだけの、今どき珍しいくらい香水臭い奴だよな」
「うわ、しれっと出てきたぜ。この空気でよく笑ってられるな」
「あいつに仕事なんか出来るのかよ」
「いや、そもそも仕事なんてしてないだろ」
「書類もまともに読めないって聞いたぞ」
「社長はバカだとは思ってたけど、ここまでとは……」
課長が慌てて、言葉をつなぐ。
「こ、この人事につきまして、社長より説明が」
ここで社長が前に出てマイクを奪い取り、ムッとした顔で捲したてた。
「私の秘書は、私の意向をくみ、私の仕事がスムーズに運ぶようにするのが仕事だ。丸山さんはよく頑張ってくれたが、意思疎通が上手く行かないこともあった」
ああ、何度もあの手この手で社長に迫られたけれど、断り切ったらしいからな。意思疎通が聞いて呆れる。
「その点、内海さんはこちらの気持ちを察して動いてくれる」
そりゃそうだろう、ただの愛人なんだから。
「彼女を秘書にするのは、私が決定したことだ!文句があるなら、ここで聞こうじゃないか。手をあげてみろ!」
驚いたことに、ほぼ全員の手があがった。丸山さんを見ると、目をまん丸にして口元に手を当てていた。心底、驚いているようだが、少しだけ嬉しそうにも見える。
その中で、一番手をあげるのが早かったのは女性陣だった。その光景にさすがの社長も一瞬怯んだが、自分で言い出した手前、無視も出来ないのだろう。一人の女性社員を指さした。
「なんだ、言ってみなさい」


社長が指名したのは、まだ入社して2年目の、大人しそうな社員だった。彼女は俯き加減で、おずおずとマイクを受け取る。
「だ、大丈夫か……?」
俺たちが同じ心配を口にしていたその時、彼女は突如顔をあげて、社長と内海さんをキッと見据えた。さっきまでオドオドしていたのは、芝居だったのか。そしてハッキリと、大きな声でこう言った。
「全く納得できません。この方、内海さんでしたっけ?秘書としての仕事、理解されていますか?同じオフィスにいても、まともに働いているところ、見たことが無いのですが。新入社員でもできるコピーですら、部数が足りなかったり、裏表が上下逆さまだったりして、慌てて私たちがフォローしたこと、社長はご存知でしょうか」
社長の顔が赤くなる。
「だ、誰だってそのぐらいの失敗はあるだろう!それをネチネチと……」
女性社員は全く怯まなかった。
「ええ、私も失敗はいろいろとしております」
「だったら」
「ですが、決定的に違うのは、自分のミスを何とか取り返そうと努力する点です。ええと、内海さんでしたよね、私たちがあなたのミスを必死でカバーしている時、どこにいました?まさか、全部ほったらかして、呼ばれてもいないのに社長室に行ったりしていませんよね?」
さすがの内海さんの顔も、少し引きつったように見えた。が、ここでも社長が庇う。
「いや、私が彼女を呼んだんだ!急ぎの用があって……」
「どんな用ですか。彼女じゃないと出来ないなんて」
「そんなこと、いち社員に説明する必要は無い!偉そうに意見するな!」
あーあ。とうとう本音がでたか。まあ、出来る説明なんてないだろうから、逆ギレするのは目に見えていたが。あの子、大人しそうに見えていたけど、なかなかやるな。


「そうですか。社長のお考えはよーく分かりました」
冷たい彼女の声に、社長がハッとした。もう思い切り手遅れだが。
「ちなみに、その時、丸山さんは率先して動いてくださいました。その時に限らず、いつものことですが。そちらの、ええと……ああもう、名前はいいや。そちらの方が何かやらかす度に、張本人は社長がいらっしゃれば社長室へ、不在ならどこかへ消えていましたよね。代わりに、秘書の仕事も忙しいのに、丸山さんがカバーに入ってくださって。だから」
彼女はポケットから白い封筒を取り出した。あれは、退職届か。と、彼女と呼応するように、女性社員たちが次々に白い封筒を取り出した。
「この方が秘書になるのなら、私たちはここでは働けません。くだらないミスの後始末ばかり押し付けられては、まともな業務が出来ませんから」
そう言い残すと、椅子の上にマイクと封筒を置いて席を立つ。ほかの女性社員も、それにあわせて一斉に立ち上がった。女性社員の結束、恐るべし。
「ま、待て!待ちなさい!そんな勝手なこと、通ると思うのか!」
さっきの女性社員が、溜息をつきながらマイクを手に取る。
「勝手なこと?それ、社長がおっしゃいますか?公私混同だけではなくて、自分が仕事も出来ないのにその自覚もなく、挙げ句に仕事できる丸山さんを辞めさせて役に立たないその人を後釜になんて。女の人を囲いたいなら、会社以外でなされば良いのに。無能で臭くて派手なだけの鳥は、ご自分の籠から出されては迷惑です」
女性社員から一斉に拍手が起きる。思わず、俺と柴田も拍手してしまった。大人しそうだった彼女はそれだけ言い残し、今度こそ全女性社員と共に出て行ってしまった。


「あの、いいですか」
まだざわついた会場で、俺は手をあげた。
「な、何だ。君はあんなヒステリックな意見では無く、落ち着いて話せるんだろうな」
社長が精一杯平静を保った振りで、俺に言った。俺はニッコリと微笑むと、マイクを握る。
「はい。私の言いたいことはまだありますが、先ほどの彼女への対応を見て、もう何を言っても無駄だと悟りました。ですので、私も辞めさせていただきます。泥船にいつまでも残っても仕方ないですしね。そして、丸山さん」
俺の突然の呼びかけに、丸山さんが驚いてこちらを見た。うん、やっぱり好きだ。でも今言うべきことは、それじゃ無い。
「社員一同、あなたに感謝していますし、あなたのおかげでここまで頑張れました。この会社も、あなたがいなくなれば持たないでしょう」
「何を失礼な……!」
社長が何か喚きかけたが、プツッとマイクが切れた。見ると、進行役の課長が社長のマイクだけを切ったようだ。俺は少し笑って続ける。
「あなたの努力も能力も、ここにいる社員だけでなく、辞めていった者たちもよく分かっています。ほかの会社でも噂になっているぐらいです。だから、あなたなら、もっといい職場は必ずあります。これまで、どうもありがとうございました。そして出来れば、ええと、これからもお付き合い願えれば……」
「おい!ズルいぞ!」
柴田がマイクを奪い取る。
「お、俺もよろしくお願いします!」
俺たちの言葉に、一同爆笑。丸山さんも思わず吹き出した。苦虫をかみつぶしたような社長と、怒りと屈辱で般若のようになった内海さんを除いて、全員が笑っていた。


その後、俺たちは宣言通り会社を辞め、大半の社員がいなくなった会社は予言通りすぐに潰れた。そして丸山さんと俺たちは、再就職先はバラバラになったものの、時々一緒にご飯に行くような付き合いが出来ている。まずは友だちから。今はこれで充分だ。そう、今は。
(完)


こんにちは。こちらに参加させていただきます。

うーん、全然キュンキュンしない。どちらというと、ムカムカからスカッと、的な。キュンとするストーリーも、コミックも読んだのになあ。確かに私はキュンとしたのに、そんな話が書けない……💦
ナルさん、またこんなのですが、よろしくお願いいたします。
読んでくださった方、ありがとうございました。

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