〔短編小説〕嗅覚(エピローグ)
日曜日の午前11時ちょうどに、咲夜は昼食を持ってやって来た。ノックをするや否や、ガチャガチャと開けようとする。
「だーかーら!鍵を開けるまで待てって!」
鍵を開けながら注意するが、ふくれっ面の咲夜は全く怯まない。
「だーかーら!私が来るんだから、鍵を開けておけば良いんでしょ!」
この間と同じ不毛なやり取りをした後、咲夜は弁当とお茶を袋から出した。
「おっ。今日はすき焼き弁当か!」
俺は、暑がる咲夜を横目に冷蔵庫の前に陣取り、弁当を味わう。
「それにしても酷かったわね、あんたの芝居」
不意に半笑いで咲夜が言う。飯が不味くなるようなコメントは止めてほしい。俺だって、あの芝居は思い出したくない。
「あのオドオドした感じ、滅茶苦茶わざとらしくて笑いそうだったわ」
ここまで言われると、さすがにカチンときた。
「お前だってそうだろ。何、内気な少女ぶってんだよ。俺の方こそ吹き出すのを堪えたんだぞ。それに何だよ、『私にも聞こえた』って。どうせ何にも聞こえてないんだろ?」
咲夜に霊感はない。彼女曰く、『私にあるのは美貌と頭脳とお金だけ』。それでも全く堪えた様子はない。
「あら、私は名演技だったわよ。あそこまで美少女オーラを消すの、大変だったんだから。それに、アドリブで聞こえたふりまで出来るなんて、才能って怖いわね」
自分で言うか、と思ったが、反論すると面倒臭いので黙って弁当を食べ続ける。
二人とも食べ終わったタイミングで、俺は口を開いた。
「で、今日は報告に来たんだろ?あの二人、どうなった?」
「うん。アキトは三日ぐらい目を覚まさなかったそうだけど、今は普通に戻ったそうよ。取りあえず、大学には二人とも通ってるみたい。もちろん、あんな配信も心霊スポット巡りも、もう一切やってないって」
祓った後の様子を確認するのは、咲夜の…いや、咲夜の父親が雇っている人たちの仕事だ。一度祓っても、また甘い囁きにフラフラと流されてしまう者もいるから、そうならないようにしばらくは監視しているのだ。
「それにしても、よくあんな家、見つけたな」
「何が?」
「他の民家から離れてて、ネット配信の妨害電波を流しても迷惑にならないとこ、探したんだろ?あと、両親を邪魔するような変なものが集まってこないことも、条件だったはずだ。後は持ち主の許可とか…」
咲夜は軽く笑う。
「そんなの、パパのネットワークがあれば簡単よ。あの家は買い取ったし」
「買い取った?何か他に使い道があるのか?」
俺が驚いて聞くと、咲夜は大袈裟に溜息をついた。
「そんなの無いわよ。あの日のために買い取っただけ。急ぎだったから、相場の2倍は出したらしいけど。でも」
咲夜はフフッと笑って続ける。
「これから、あそこを仕事の拠点に使っても良いかもね」
まあ、それもアリかな、と考える。
「この前の母子の家は?」
ずっと気になっていたことを聞いてみた。すると咲夜は、
「ああ、あの家ならうちが少し高く買い取って」
買い取った?また?
「壊して更地にしたわ。あの母子は損はしなかったから、また新しい家が買えるはずよ。パパが良い不動産屋も紹介したし。お祓いもしたけど、場所的にあそこは集まりやすいから、建物はない方が良いって、確か言ってたよね?だから、ずっと更地のままの予定」
「ああ、そうか…」
俺の歯切れが悪いことに気付き、咲夜が突っ込む。
「何?言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「いや、お前、何で俺のこと疑わないのかって。俺が言ったからってあっさり更地にして、そのままにしておくって…。あの二人のこと、一目見て『胡散臭い』って思ったんだろ?俺は違うのか?」
咲夜は呆れ顔だ。
「は?私、霊感なんか無いけど、本物と偽物の区別ぐらいはつくわよ。あの二人は胡散臭くて、あんたは違うってこと。強いて言えば貧乏くさいけどね」
「悪かったな、貧乏で」
言い返しながら思う。コイツは本当に鼻が利く。霊感はなくても、それとは違う何か、独特の嗅覚のようなものを持っているのだろう。そしてそれは、生きていく上では一番役に立つものかも知れない。俺やマサヤの霊感よりもずっと。
「私も聞いていい?」
珍しく咲夜が躊躇いがちに言う。
「何だよ」
「あのマサヤって子の両親、本当にただの事故だったの?アキトに憑いていた物にとっては、あの両親は邪魔だったんじゃ…」
「それは分かんねえよ」
俺は少し乱暴に遮った。
「それに、もしそうだったとして、どうする?アキトを問い詰めるか?それともマサヤに言うか?」
咲夜は何も言わない。
「もう、あいつらはたった二人きりだ。お互いに支え合って、何とか前を向こうとしてるんだろ。余計なことは言わなくていい。少なくとも、今は」
そう言いながら俺にも分かっていた。アキトは多分、気が付いている。自分に憑いていた何かが、取り返しの付かないことをしたと。そしていつか、マサヤも気が付くであろうことも。それでも、その時が来るまではそっとしておきたい。たとえそれが、かりそめの平穏だったとしても。
「そうだね。じゃ、私も聞かないでおくわ」
咲夜はアッサリと引き下がると、次の仕事の話を始めた。これから下調べをし、準備が整ったらまた頼みに来ると言う。恐らく2~3カ月先になるとのことだが、なかなか難しい依頼のようだ。
「それまでに、ちゃんと回復しておいてよね。悔しいけどあんたが頼りなんだから」
「おう、任せとけ」
「うわ、なんか軽すぎて引く」
「は?お前ってほんと、文句ばっかりだな」
軽口をたたき合いながら、俺たちはひとときの平穏を味わう。どこかから子ども達の声が聞こえる、良く晴れた午後だった。
(完)
