桜満開の駅 〜ジオラマの世界で妄想にふける〜
のと鉄道「能登鹿島駅」をモデルに作成した、桜満開のジオラマです。

桜に包まれた小さな駅。一両のディーゼルカーが静かに到着しました。
ようやく花が咲き揃い、寂しかったホームは嬉しさがいっぱいあふれています。そして同時に出会いと別れが静かに交錯する、少し切ない季節。駅の桜は、そんな光景をずっと見つめて来たのでしょうか……
今回、ジオラマを作りながら、こんなお話しが頭に浮かんできました。卒業シーズンの、ちょっと切なくて甘い妄想です。
ショートストーリー
【春の忘れもの】
やわらかな陽ざしが微笑んでいた。風が通りすがりに私の髪を揺らす。駅近くの草むらでは、しきりに小鳥が啼いていた。
のどかだ。気が遠のくほどの穏やかさ。ガタン、ゴトン…… 遠のいて行く列車の音。そんな騒音さえも耳に優しい春の午後だった。

誰もいない無人駅のベンチ。そこに私は座りこんでいた。ときおり頭を仰向けに反らし、降りかかるような枝ぶりの桜を見上げてみる。すでに咲きそろってきた花びらは、いつまで見ていても飽きることはなかった。
「あと数日で、中学生では無くなってしまうんだ。ずっとこのまま、ここでこうしていたいな……」
私は何か忘れ物をした感覚に襲われていた。卒業式は先週、終えたばかりだ。それなのに私は、毎日通っていたこの駅に、また戻ってきた。
気持ちはまだまだ在校生。なんだろう、このふわふわした感じ。幻とリアルが、いつまでも交差し続けていた。

すでに遠く過ぎ去った昔を懐かしむかのように、今さらながら私は中学生活を振り返ってみた。チャイムが鳴る。教室の窓際のいつもの席。そこに座っても、ずっと外ばかり見ていた。そんな生徒だった、私。
ポツンと残された、落書きだらけの教科書。もう着ることもない制服……今は何者にも縛られない、憧れの自由の身となった。ただしそれは、仕組まれた自由……そんな束の間の自由に、私は浸っていた。
ふたたび天を仰ぎ見る。顔のすぐ上の花びらから、お陽様の匂いが伝わってきた。心が空に、吸いこまれて行く……

「見つかったかい? 心の忘れ物…… 」
その声は、聞き覚えのある…… そう、大好きだった、彼の声。
なぜ、すぐ横にいるの? いつから……
思い出した。探し求めていた忘れ物とは、まさしく今の、この情景なのであった。
私の右腕が、彼の左肘に軽く触れる。それは、ほんの一瞬の出来事。
胸が小さく鳴った。顔が熱い。その火照りに耐えられず、思わず視線を下に向けた。だが私の視野の右端、肌色をした何かが近づいてくることを見逃さなかった。
気がつくと私の小さな肩は、暖かな腕に抱きしめられていた。
それは自然の成り行きだったのだろう、唇に温かなものが触れてきた。ぽってりとした、桜餅のようでもある。少し湿り気を伴った、温かいもの。それが、私の唇に重なる。
薄く桃色に濡れながら、私の唇は静かに塞がれて行った。
桜の木の下。誰もいない駅のベンチ……私は彼にもたれるようにして、抱かれていた。
花びらが舞い降りてくる。一枚、そしてまた一枚……

そこで目が覚めた。ついつい、まどろんでしまったようだ。
なかなか展開しなかった、私の恋心。その先が待ち遠しくて、待ちくたびれて……
とうとう、それを夢に見てしまった。このとき頭の中に、かつて授業で習った石川啄木の歌のパロディーが、ふと浮かんできた。
『来ぬ方の
後ろ姿を待ちわびて
口を吸われし 十五の春に』

「あっ、桜の花びら…… 」
ひとひら ふたひらが、どこからともなく……
花びらは、真上で枝を広げている桜の木から忽然と生まれ、そしてひらひらと目の前に舞い落ちてきた。
何時間もここに寝ていたら、このまま花びらに埋もれて、見えなくなってしまう……そんなふうに思われた。
今日の陽気で、満開の桜も一気に散り始めたようだ。そんな十五歳の春だった。
(終)

