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​#90 100時間の猶予とレガシーマイグレーション

先日、Noteを書き始めて1ヶ月の節目に自己紹介をアップデート(r1版)しました。その中で私は自分のことを「理屈っぽいおじさん」と定義しましたが、これは自称ではなく、親からのお墨付きをいただいた、私の基本仕様だと思っています。

​そんな理屈っぽい息子である私が今、真面目に動かし始めていることがあります。それは「親の終末管理」です。​幸い、私の両親はまだ入院もしておらず、自宅で自立した生活を送っています。しかし、かれこれ30年間離れて暮らす私は、ここ最近の帰省で無視できないギャップを感じるようになりました。

感じる変化

​私は年に2〜3回しか帰省しません。毎日顔を合わせている家族は、老化という「緩やかなグラデーション」に慣れてしまい、日々の僅かな変化には気づきにくいものです。​しかし、半年に一度のスナップショットを撮る私にとっては、前回との比較は不連続なステップ状の変化として観測されます。

車を降り、玄関先で待つ親の姿を見た瞬間に走る、わずか0.5秒の違和感。

​「少し小さくなったな」
「髪が真っ白になったな」
「輪郭が淡くなったな」

​その直感は、両親がこれまでに受けてきた「スリップダメージ(継続的な性能低下)」の確かな証拠です。

​ゴルフに行かない父

​両親の客観的な状況としては、白内障による視力低下、足腰の衰えで長時間の移動や運転が困難、歩行速度もやや低下、帯状疱疹の後遺症の神経痛等々。まだ認知能力にスリップダメージが入ってないのは幸いです。なお、父は髪を染めるのを止めたら逆に毛量が増えたと。類似の遺伝子を持つ息子としては、大変参考になります。母も、父との口喧嘩では相変わらず連勝を積み重ねているよう。

​しかし、最も衝撃的だったのは、父が「ゴルフに行かなくなった」という事実です。​ゴルフは、凹凸のある地面の移動、距離の確認、再現性のあるスイング、社交的な会話、多角的な判断といった、脳の演算リソースと体力を消費するスポーツです。母にどんなに嫌味を言われても我関せずで続けていたゴルフ。それを休止しているという事実は、老化に抗い、日常生活を維持するために、一番好きだった趣味を抑制していることを意味しています。

​レガシーマイグレーション

ここでひとつの前提を置きます。​親の余命を統計的な期待値からあと15年と仮定しましょう。年に2回会うなら、チャンスはあと30回。基本的にこれまで同様の、日帰りでの訪問を想定すれば、実は合計接触時間は100時間もないのかもしれません。18歳まで365日一緒にいた期間と比較すると、その比率は0.01%にも達しません。

​私はこの0.01%にも満たない期間を、単なる介護や看取りの準備期間とは捉えていません。これは、両親というレガシーな情報記憶装置から私という新サーバーへ、重要なデータを移す「マイグレーション(環境移行)」の期間だと捉えています。

このプロジェクトを意識し始めたきっかけは、先日亡くなった祖母の遺品整理でした。母が大切そうに取り出したのは、祖父の海軍時代の写真と、商売をしていた頃の写真。私は初めて目にするものばかりです。

幸い、母がまだ健在だったため、一枚一枚の背景を聞くことができました。しかし同時に、ひとつの事実を痛感したのです。もし母も亡くなっていたら、この写真は「見たことのない古い写真」でしかなかった。祖父の人生の物語は失われていたはずです。

​私が「同期」しておきたいのは、このような我が家の「祖先」の情報、家系のルーツや物語です。

「辿れる最古の祖先は誰か?どんな人だったか?」
「曽祖父は、一体何をしていた人だったのか?」
「祖父は何をしに日本に来たのか?」

このプロジェクトを意識し始めて以来、両親との会話の中で、「その話は聞いたことが無かった!」という情報が頻出します。先日も、写真でしか見たことの無かった父方の曽祖父の本業が、銅壺職人だったということを知りました。銅壺(どうこ)という概念、単語すら知りませんでした。こういった情報は、両親が亡くなれば失われてしまう、要バックアップな情報です。

私がなぜインフラに惹かれ、なぜこれほどまでに理屈っぽく製造されたのか。その設計経緯は、もはや両親の記憶領域の中にしか残っていません。システムが健全なうちに、このような情報を可能な限りダウンロード&コピーしておくことは、私にとって不可欠な作業です。

​感情のバックドア

​なぜ、こんな冷徹な言葉で語るのか?と問われるかもしれません。

​前述の通り、残りは100時間程度しかありません。終末へのロードマップを具体化することで、「高解像度な記録」を生成するために貴重な時間を使うことができます。また、15年かけてゆっくりと「いなくなること」をシミュレーションし、喪失感を減衰させていくことも重要です。​これは、自分が連鎖してクラッシュしないための、感情のバックドアや圧力リリースバルブを設けるようなものかもしれません。

これから

私は理屈っぽい息子です。だから、ただ終わりを嘆くために時間を使いたくはありません。15年後の自分に「あの時、完璧にバックアップを取っておいたぞ」と胸を張れるように。そしてこの先、我が子達にもその情報を伝えて行くために。

何より、親という偉大なシステムが、最後まで健全に稼働し続けられるように。​私は今日も、できる限りではあるものの、淡々とこのレガシーマイグレーションプロジェクトを推進し続けます。

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