#9 美味しいものは、だいたい怖い。アキレス腱に「閃光」が走った夏の日。
対象: 痛風の症状がある人
概要: 痛風はとんでもなく痛い
仕事に影響するからねという話
決して、不健康自慢ではありません。
「痛風」と聞くと、多くの人は「贅沢の報い」だとか「足の親指が痛くなるやつでしょ?」と笑います。かつての私もそうでした。
しかし、ヤツはそんな生易しい笑い話にしていい存在ではありません。これは、私が体験した「絶望」と、そこからの「生還」の記録です。
1. 忍び寄る「痛みのサブスク化」
最初は数年に1回、忘れた頃にやってくる程度でした。
それが毎年になり、数ヶ月間隔になり、ついには「月2回」。もはや痛みの定期購読(サブスク)状態です。しかも、回を追うごとに破壊力が増していくという、とんでもないオプション付き。
2. アキレス腱という伏兵
痛風の定番といえば足の親指ですが、私を襲ったのは、まさかの「かかと」。
最初は「最近歩きすぎたかな?」「まあもう若くないしな」なんて呑気なことを思う。痛いとはいえ、筋肉痛レベル。数日すれば消え去る。そんなルーティン。しかし、そんな「慣れ」という名の平穏は、突然の終わりを告げます。
ある夜、違和感を感じていた右のかかとが急にパンパンに腫れ上がり、横になった際に布団に触れるだけで痛風の名に恥じない激痛が走るようになったのです。
ちなみに、よく「結晶のトゲが刺さって痛い」と勘違いされますが、実は違います。本当の犯人は、私の体内の「過保護すぎる免疫システム」です。
血中に突如現れた尿酸の結晶を、白血球たちが「おい!敵だぞ!総員突撃!」と勝手に異物認定。相手はただの無機物(石みたいなもの)なので、攻撃しても壊せるわけがありません。勝てない相手に延々とフルパワーで殴りかかり、勝手に炎症を起こして自爆する。
つまりあの激痛は、私の白血球たちが繰り広げる「無意味で、あまりにも熱すぎる不毛な戦争」の余波なのです。そう思うと、自分の中の免疫がちょっとバカバカしく、愛おしく……いや、やっぱり腹が立ちます。。
結局、寝るときはベッドの端から足首をはみ出させ、かかとを空中に浮かせておくしかない。一晩中、重力と炎症の板挟みにあう苦行。これが1週間続きます。現代の拷問、そんな言葉がしっくり来ます。
3. 土足厳禁文化に散る
そして一番の地獄は、どうしても避けられない、ある夏の客先訪問の日にやってきました。歩くことすらままならず、同僚の営業に頼み込んで家まで車で迎えに来てもらうというVIP(重病人)待遇で現地へ。
しかし、そこで待っていたのは「靴を脱いで上がる」という、日本古来の文化。よりによってなんでこんな日に。
痛風患者にとって、靴を脱ぎ履きするのは半ば命がけの作業です。病人とはいえ、客先にサンダルで現れるわけにはいきません。その日の朝は革靴の紐を限界まで緩め、かかとの急所への刺激を最小限にするよう、そーっと履いてきていたのですが……まさかここで脱ぐことになるとは。
脱ぐ時: 腫れ上がったかかとを靴から引き抜く瞬間、脳内に閃光が走る。
商談中: 一度刺激を受けた脈打つかかとに全神経を集中しつつ、平然とした顔で数字を語る。
履く時: 膨張した足を、再び狭い革靴に押し込む(死の儀式、サイレントヒルf)。
帰りの玄関、私はついに耐えきれず「う、ぎ、あ゛あ゛あ゛!!!」と、およそビジネスマンらしからぬ絶叫を客先に響き渡らせてしまいました。一斉に振り返る客先の関係者。視線が熱い。
……まったく、恥ずかしい。
4. 救世主「ベンズブロマロン」
このままでは人間らしい生活が崩壊する――。
そう悟った私は、内科に相談するとともに、徹底したカロリーコントロールで減量を決行。そして救世主「ベンズブロマロン」を相棒に迎えました。
(なんとかマロンって、モンブランかお前、と最初は思いましたが)
その結果、あんなに私を苦しめた尿酸値は、今や驚異の4mg/dL台。尿酸結晶の溶解度を下回り、かつての月2回の発作が嘘のように、平和な日常が戻ってきました。今では、この薬の開発者の方角にはかかとを向けて寝られません。どこの方角にいるか知らんけど。
結び:あの夏を忘れない
今でも、居酒屋で輝く「いくら」「明太子」や、キンキンに冷えた「ビール」を見ると、あのかかとの疼きと客先での絶叫がフラッシュバックします。
「美味しいものは、だいたい怖い」。
尿酸値4mg/dLという平穏を手に入れた今でも、私は名前だけキュートな「プリン体」に怯えながら、今日もせっせと水を飲み、薬を飲むのです。皆さんも、アキレス腱に違和感を覚えたら、迷わず病院へ。
あの「靴を履く時の絶叫」だけは、体験しないに越したことはありませんから。
