#10 公共調達における「価格の妥当性」をいかに証明するか :性能発注の進展と便益からの逆算
1. 公共調達における「金額の妥当性」という難題
公共調達において、公正性、透明性、競争性、そして品質の確保は不可欠な要素だが、より大きな論点となりがちなのは「金額の妥当性」だ。
平易に言えば、「その価格は適正なのか」「過度な利益が含まれていないか」という外部からの疑念に対し、いかに客観的な根拠を持って応えるかという課題だ。市況価格が明確で、どのメーカーでも対応可能であることから入札により公正な競争が可能な汎用品とは異なり、積算基準や相場が存在しない「一品生産のインフラ設備」において、この説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことは、発注者・受注者双方にとって困難なミッションとなる。
私たち民間企業もまた、いかにして価格の正当性を論理的に構築し、ステークホルダーの理解を得るかという点に日々腐心している。
2. 「安ければ良い」時代の終焉:性能発注の拡大
近年、インフラの老朽化や高度化に伴い、従来の「仕様発注(発注者が細かく作り方を指定する方式)」から、「性能発注(発注者が求める成果・性能を指定し、その実現手法は民間に委ねる方式)」への移行が加速している。
この変化は、これまでの公共調達の前提を根底から覆しした。 従来の「価格競争入札(一番安いところが落札する)」は、各社が同じ仕様の製品を出すことを前提だった。しかし、性能発注においては、各社が提案する技術も、維持管理の効率も、将来的なリスクも異なる。
つまり、「単純に入札で一番安いところに出せば解決する」という旧来のモデルが通用しなくなっている。価格の安さだけでなく、その価格に見合う「価値」が本当にあるのかを検証する、より高度なロジックが求められる。
3. 透明化への試行:オープンブック方式の導入と限界
こうした複雑な調達プロセスにおいて、公民の信頼関係を構築するための具体的な手法のひとつとして近年注目を集めているのが「オープンブック方式」だ。
これは、受注側が原価構造(材料費、労務費、直接経費等)および適正な利益(フィー)をすべて開示し、発注側と共有する手法である。いわば、見積もりの「ブラックボックス」を排除し、手の内をすべてさらけ出すことで、相互の納得感を得ようとする覚悟の証とも言えよう。
3.1 「透明性の象徴」に潜む2つの懸念
オープンブックは透明性の象徴として認識されつつあるが、実務者の間では根強い懸念も存在する。
「民間の意欲を削ぐコストプラスの罠」:コストを下げる努力がそのまま報酬の減額に直結するため、効率化へのインセンティブが働きにくい。
「検証基準なき形骸化」:原価を開示したところで、その妥当性を測る物差しがなければ、形式的な資料提出に終わってしまう。
3.2 「土木」と「設備」の決定的な違い
さらに、そもそもの目的である説明責任の面においても、オープンブック方式は万能ではない。重要になるのが、「土木工事」と「設備工事」の構造的な違いだ。
土木工事: 標準的な単価と「歩掛(ぶがかり)」が整備されており、第三者が客観的に原価を検証するための「共通の物差し」が存在する。
設備工事: 現場ごとに設計が異なる「一品生産」の性質が強く、公的な積算基準が存在しない領域が多い。
客観的な判定基準が存在しない領域において、単に原価を開示しても、それが「適正であるか」を判定することは極めて困難だ。これこそが、設備系調達におけるオープンブック方式の構造的な難しさである。
4. 内部の「納得」と、外部への「説明」の乖離
実際、公民の担当者間であれば、こうした特殊事情を共有し、詳細な議論を経て「妥当である」との合意に至ることは可能ではある。しかし、真の課題はその先にある。
一歩外へ出て、議会や市民というステークホルダーに対し説明を試みる際、当事者間の「納得」は、外部からは「内輪の合意」あるいは「癒着」のリスクとして映りかねない。性能発注という高度な枠組みの中で生まれた「担当者間の信頼関係」は、客観的なエビデンス(証拠)としては機能しない。
5. パラダイムシフト:原価積み上げから「便益からの逆算」へ
ここで、調達のロジックを抜本的に転換することを提案したい。 「いくら費用がかかったか(原価)」を精査するコストベースの議論から、「提供される価値(便益)に対していくら支払うべきか」というバリューベースの議論へのシフトだ。
例えば、提供するシステムが地域のインフラを24時間365日維持し、年間で10億円相当の損失回避(安心・安全の確保)という便益を創出していると仮定する。その価値を毀損することなく持続させるために、技術料として1億円を投じることは、極めて合理的な「投資」と言えるはずだ。
「積み上げの理屈」から、「生み出される価値から逆算する理屈」へ。性能発注が求める「成果」にフォーカスしたこのロジックこそが、専門知識を持たないステークホルダーに対しても、最も強力な客観性を持ち得るのではないか。
6. 避けて通れない「不都合な真実」
ただし、このロジックを採用する際には、民間側としても一定の覚悟が必要になる。 現在の公共インフラの多くは、「公共性」の名のもとに、提供されている膨大な便益に対して、対価があまりにも低く抑えられているケースが散見されるからだ。
「便益から逆算して適正価格を決定する」というアプローチは、必然的に「現在の価格体系では事業の持続性が担保できない。したがって、適切な対価(値上げ)が必要である」という、社会的に痛みを伴う結論を導き出す可能性が高い。 しかし、公共の一翼を担う民間企業として真に地域の持続性に責任を持つならば、この「価値の正当な評価」という議論から逃げるべきではない。
結び:説明責任を「設計」する
公共調達における価格の妥当性とは、単なる計算結果ではなく、「いかにして外部への客観的な説明プロセスを構築したか」という設計の質に集約される。
性能発注という、より高度で複雑な時代において、自治体の担当者との信頼関係は事業推進のエンジンではあるが、金額の妥当性を社会的に正当化する防波堤にはなり得ない。
原価という内向的なロジックを超え、便益から逆算した「価値の証明」を公民共同で描き切ること。このプロセスを完遂することこそが、事業を継続させ、最終的には自治体、民間企業、そして地域住民というすべてのステークホルダーを守る唯一の道であると確信している。
