正しいと思ったことが、評価されるとは限らない——それでも自分はどうするか
ある日、ひとつの研究テーマに違和感を持った。
この内容は、組織の利益に直結しない。
それどころか、
このまま進めれば、何億というお金と時間が無駄になる可能性がある。
会社にとってもよくない。
チームにとっても、モチベーションが上がるはずがない。
そう思ったから、上司にも正直に伝えた。
でも、プロジェクトは止まらなかった。
なんとかしろと言わんばかりに。
組織としては、進める判断だった。
理由もあったのだと思う。
立場や事情、外からは見えない背景もあったのかもしれない。
それでも、自分の中では納得できなかった。
だから、その役割から外れることを選んだ。
関わり続けることが、自分の中でどうしてもできなかった。
結果として、そのプロジェクトは進んだ。
そして、最終的に大きな成果には結びつかなかった。
最後には、上層部に納得してもらうために、
意味がない、効果がないことを証明するという、
本当に無駄な作業をしていた。
それは、最初からわかりきっていたのに
この一連の出来事の中で、
自分は組織に歯向かったのだと思う。
その結果として、降格という評価になった。
もちろん、それだけが理由ではない。
でも、無関係ではないとも感じている。
一方で、
「進める」という判断をした人は昇格していた。
この事実をどう受け止めるか。
正直、簡単ではない。
正しいと思ったことが、
そのまま評価されるわけではない。
組織の中では、
正しさ以外の要素が大きく影響する。
それが現実だと思う。
年度末。
人事異動や昇進、降格がはっきりと見える時期。
自分がどこにいるのか、
どう評価されているのかを突きつけられる。
そんなときに、少しだけ立ち止まって考える。
自分は、どうなりたいのか。
昇進したいのか。
評価されたいのか。
それとも、
自分の納得感を守りたいのか。
どれが正解かはわからない。
どれも間違いではないと思う。
ただひとつ言えるのは、
どんな選択にも、
それぞれの結果がついてくるということだ。
自分は今回、
自分の納得感を優先した。
その結果として、今の評価がある。
後悔がないと言えば嘘になる。
でも同時に、
あのときの判断を完全に否定することもできない。
だからこそ、これからどうするかが大事だと思う。
この経験をどう受け止めて、
次にどう活かしていくのか。
もし今、同じように悩んでいる人がいたら、
少しだけ考えるきっかけになれば嬉しい。
正しさを取るのか。
評価を取るのか。
それとも、別の道を探すのか。
その選択は、
きっと自分で決めていいとぼくは思う。
改めて
自分にとって正しいと思ったことは、
組織にとっては正解とは限らない
というお話でした。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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