一人の人間、一つの駒
最近、ずっと感じていた違和感が、少しだけ言葉になりました。
ぼくは、上司に対してどこか距離を感じていました。
なぜなのか、自分でもよく分かりませんでした。
でも、今なら少し分かる気がします。
もしかしたらぼくは、「一人の人間」としてではなく、
「組織の一つの駒」として見られているように
感じていたのかもしれません。
会社にとって何が合理的か。
どう配置すれば成果が出るか。
どういうキャリアを歩めば組織にとって望ましいか。
もちろん、それは管理職として大切な役割です。
だから、その考え方が間違っているとは思いません。
ただ、「あなたのためにキャリアを考えている」という言葉を聞いても、
ぼくにはどこか会社都合の話に聞こえてしまいました。
一方で、先日、看護職の方からいただいた、ひとかけのチョコレート。
あれは会社の利益とは何の関係もありません。
「今日は大変でしたね。」
そんな気持ちだけで、わざわざぼくのところまで来てくださいました。
そこには、成果も評価もありません。
あったのは、「あなた自身を気にかけています」という思いだけでした。
だからぼくは、とても救われました。
人は、自分が大切な存在だと感じられたとき、安心できます。
会社の一員である前に、一人の人間として見てもらえている。
その感覚があるだけで、人はまた前を向けるのかもしれません。
ぼくは今、その違いの大きさを、
ひとかけのチョコレートから教えてもらったような気がしています。
