【猫に統治された部屋で】 2025年 創作大賞 エッセイ部門応募作品
わが家の家族構成は、妻と猫がふたりと、ぼく。
数で言えば四人家族だが、発言権の序列でいけば、ぼくは最下位。あるいは、すでに議席を失っている可能性もある。
家の中でのぼくの領土は、パソコンデスクの周辺だけだ。
クローゼットにもかろうじて自分専用のスペースはあるが、そこも妻の服たちにじわじわと侵食されつつある。
猫も最近になって妻と同盟を結び、このあたりに進軍してきて、あっさり土地を奪われた。
唯一の聖域ともいえるデスク周辺。そこにも猫が悠然と鎮座する。
つまり、ぼくの国土はすでに彼らの領土と化している。
仕事柄、PCモニターを三枚、扇形に並べている。
するとどうだ、猫はそのど真ん中に座り込む。
いったい何が目的かと思えば、マウスポインタだ。右から左へ、左から右へ。ジャンプしながら画面にとびかかる。
マルチウィンドウの上を滑る小さな矢印に、彼は野性的なハンターの目を輝かせる。
もはや、猫用インターフェースである。
「やっぱり猫はネズミが好きなのか!」などと感心しつつも、こっちは作業のつもりで動かしたマウスで、知らぬ間に接待している有様だ。
遊んでやってるのか、遊ばされているのか分からん。
さて、そんな日々が続くと、次第に「この子が座りやすいように」とか言って、デスクの上に物を置くのがはばかられてくる。
ぼくの中の母性なのか、下僕根性なのか分からないが、なるべく小物を置かず、平らに保つようになった。
その結果、どうなるか。すべての小物、すなわちガラクタは引き出しへと押し込まれる。
ぼくは整理整頓が苦手で、しかも捨てられない性分だ。「とりあえず放り込む」は簡単でも、「整理する」は勇気が要る。
なぜかって? そんな引き出しを妻に見つかったら、家庭内裁判である。
裁判官は妻、検察は猫。ぼくの引き出しは証拠品。即日結審。弁解の余地なし。
ある日、意を決して引き出しを開けてみた。
開けた瞬間、まず音がした。カラン、コロンと転がる乾電池の音。音だけで懺悔したくなるような響きだ。
中を覗くと、出てくるわ出てくるわ、現代の不用品万葉集。
・ばんそうこう(買った記憶はない)
・ボールペン(もちろんインクが出るか不明)
・単三電池(使えるのか?使い終わったのか?)
・USBケーブル(極端に短い)
・食べかけのフリスク(2個)
・謎のUSBメモリ(思い出は闇の中)
・イヤホン(絡まって丸まっている)
10センチほど開いただけでこの風情である。
引き出しの奥には、もはやギリシャ神話級の混沌が眠っている。
過去のぼくの“なんらかの残骸”が、地層のように積もっている。
「このカオスを片付けようと思ってるんだな。えらいぞ!」
そう自分に拍手を送りかけた、その瞬間、去年の年末に「来年はちゃんと片付けるぞ」とか言ってた自分の声が、脳の奥からひょっこり顔を出した。
ああ、あの時の自分もここにしまってたんだな。
たぶん乾電池より放電してる。
苦笑いしながら、とっさに引き出しを閉じていた。
無意識とは便利なものである。
その頃、デスクの上では、猫がスヤスヤと寝始めていた。
これ幸いと、「起こしたくないから片付けは中止」という、極めて理にかなった、国連も納得の平和的決断を下す。
我が家の領土問題は、拮抗しながら今日も平和を保っている。
平らなデスクの上に広がる、猫の国。
引き出しの中に潜む、ぼくの自治区。
片付けはまた、猫が起きてるときにでも。
いや、それもそれでどうかと思うが。
そんなもんで、今日も平和だ。
