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霧の向こうの灯り②

 姉はとにかく、母を崇拝していた。

 母のようになりたいが口癖で、よく芸能事務所に履歴書を送って、自らを売り込んでいた。

 だが、諄いようだが、私達は父のおかげで母のセール品。 

 とてもじゃないが、目の肥えた業界人が相手にするようなご面相ではない。

 父も母もそれを理解した上で、姉のプライドを傷つけないようやんわりと諭していたが、姉の意思は固く、高校を卒業したら上京するとまで言い出した。

 業を煮やした両親は、姉を業界入りさせる条件として、広島の看護大学への進学と正看護師になる事を提示した。

 あくまで業界でやっていけなくなった時の滑り止めだと両親は言っていたが、恐らくは大学で学ぶことで考えを改めさせ、業界入りを諦めさせようと言う魂胆だったのだろう。

 最初は渋っていた姉だが、広島と言う比較的開けた都会的な土地に行けるならと、その条件を飲んだ。

『絶対お母さんみたいになるから。』

 大学の寮に入る前日、姉は私にそう言って、僅かな荷物と共に広島へと旅立って行った。

 そして四年後の…まだ春雨の冷たい3月。

 姉は正看護師の免状と『お世話になりました。』と言う短い手紙を残し、誰に行先を告げる事なく、私達家族の前から、姿を消した。

 両親は方々を訪ね手がかりを探したが、姉の消息は一向に掴めず、警察に失踪人届も出したらしいのだが、応対に出た警察官に『自分の意思で居なくなったんならねぇ』と、刑事ドラマのお決まりの文句を言われたらしい。

 そうして一年、また一年と時は経っていき、私が28歳で見合い結婚し披露宴を終えた一週間後の…雪深い冬のある日だった。

 姉の消息を掴むために車で広島に向かっていた両親が、冬道でスリップ事故を起こし、亡くなったのは…
 

 

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