【128日目】夢野久作「ドグラ・マグラ」を1日1ページずつ読んでいく
手近い例を挙ると、人間の犯罪心理というものは、実に詰らない……又は全然、何の関係もないと思われる暗示のお蔭で、意想外に大きな刺戟を与えられている場合が、非常に多いものである。……たとえば赤インキを附けたペン先をジッと見詰めているうちに何故ともなく横に在る女優の写真の眼玉に、突き刺してみたくなったり……青い空や、白い壁を見つめているうちに、フイッと残忍な気持になったり……窓の外の霧を見ると、ピストルの手入をしてみたくなったり……大風の音を聞ているうちに、短刀を懐にして歩いてみたくなったり……よく切れる剃刀を見ると、鏡の中の自分の顔と見比べてニヤニヤと笑ってみたり……寝床の中で女が冗談に「殺してもいいわよ」と云った笑顔を見てホントウに殺す気になったり……応接間に聞えて来る小鳥の啼き声が、今の今まで真面目であった男女の間に、不倫な情緒を起させるキッカケになったり……なぞする。そんな気持の変化を見ると、別段に、何故という理屈の附けようのないところが、心理遺伝のあらわれに相違ないので、しかもそのいずれもが、スバラシク大きな犯罪心理の最初の芽生えである事は云う迄もない。
又は、古い講談、随筆、伝説、記録なぞいうものを読んでいると先祖が見てはいけないと云い残した幽霊の掛軸を見てから、妙な事を口走るようになったの、抜いてはならぬと禁しめられている伝家の宝刀を抜いて見ているうちに、血相が変って来たの……というような話が、いくらでも出て来るのは、そうした恐しい心理遺伝の暗示の力を、誰にでもよくわかる品物であらわしてあるので、吾輩が調査記録した書類の中にも、そんな例が山を積む程ある。
ところで、こんな暗示の怖るべき作用を、学理的に研究して、ドシドシ実際に応用する事が出来るとなったら、ドンナ事になるだろう。犬山道節、石川五右衛門、天竺徳兵衛、自来也以上の幻魔術が現代に行われ得る事になりはしまいか。
それ程でなくとも、この種類の暗示を巧みに利用すると、出会い頭に他人を発狂させる事が出来る。無調法な現代の科学応用の兇器みたように、音を立てたり血を流したりしないから、白昼の往来で傍を通っている者でも怪しまない。当代の如何なる名探偵が駈け付けて来ても全然目星の付けようのない犯罪が行える……否、現在そこいらでドシドシ行われているとしたらどうだね。
フフフフ……そんなに固くなって座り直さなくともいい。イクラ吾輩が精神科学の大家でも、このスクリーンの中から暗示を与えて、満場の諸君を一斉に発狂させる術は、まだ発見していないからね。尤も、そんな事が出来たら面白いだろう……とは思っているんだが……ハッハッハッ……。
イヤ、これは冗談だが、こうした犯罪手段は既に、空想や、推測の範囲を通り越して、眼の前の問題となって来ている。事実は常に研究に先立って存在するものである……と云ったらチョット眉に唾液を付けてみたくなるであろう。
ところが驚く勿れだ。現に吾輩の畏友、九州帝国大学医学部長、若林鏡太郎君の名著『精神科学応用の犯罪とその証跡』と題する草稿の中に、緒論として、コンナ愚痴が並べてある。ちょうどその緒論だけが、吾輩の処へ校閲を頼んで来ているから、ちょいと失敬して抜き読みをしてみると、コンナあんばいだ。……曰く……
カミュの異邦人が太陽が眩しかったから殺人を犯したみたいな話だったような…
それも心理遺伝の結果だったか…
自来也ってナルトのキャラしか知らなかったがモデルとなった忍者がいたのか
天竺徳兵衛もこんな人がいたのか…
以下wikiより
いわゆる「鎖国」下の海外への関心・興味の中で、その海外渡航譚は写本が重ねられ、虚実の入り混じった形で流布した。高砂の徳兵衛は「近世社会で最も知られた、海外渡航を経験した人物の一人」[5]となり、やがて「天竺徳兵衛」の異名で語られる、娯楽性を強めた物語の主人公となった。さらに浄瑠璃や歌舞伎などの作品では、先行キャラクターの要素を取り込んだことで「日本転覆を目指す蝦蟇の妖術使い」として登場することとなり、「天竺徳兵衛もの(天徳もの)」と呼ばれる一ジャンルを生み出した
