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【244日目】夢野久作「ドグラ・マグラ」を1日1ページずつ読んでいく

「ナニ訳はない。発病の原因と経過とが、今まで述べて来たように、精神病理学的に判然しておれば治療なおす方法もチャントわかって来る。殊にこの呉一郎みたように、原因のハッキリした精神異状が、治癒なおらなければ、吾輩の精神病理学は机上の空論だ」
「……ヘエ。それで……ドンナ方法で治療するんですか」
「ウン。適当な暗示という薬を臨機応変に用いて治療するのだ。それも禁厭まじないとか御祈祷とかいうような非科学的なものじゃない。……つまり今まで話して来たように呉一郎は、黴毒ばいどくとか、結核とかいう肉体的の疾患に影響されて神経を狂わしたのじゃない。純粋な精神的な暗示だけで発狂したんだ。すなわちこの絵巻物を見たのちの呉一郎は、時間も、空間も、呉一郎も、呉青秀も、支那も、日本もわからなくなって、ただ濃厚、深刻を極めた支那一流の変態性慾の刺戟と、これを渦巻きめぐる錯覚、幻覚、倒錯観念ばかりで生きる事になったんだ。そうしてその変態性慾もまた、呉青秀が一千年前に経過して来た通りの順序で変化して来て、ついにはただ『女の屍体が見たい』というような単純な、且つ、率直な慾望だけになっている事が、その解放治療場内に於ける夢中遊行の状態で察せられるようになった。……呉一郎の遺伝性、殺人妄想狂、早発性痴呆、兼、変態性慾……すなわち一千年前の呉青秀の怨霊の眼で見ると、世界中、到る処の土の下には、女の死体がベタ一面にかくされているように思われて来たのだ。だから土さえ見れば鍬が欲しくなったのだ。そうして鍬を貰うと毎日毎日死物狂いに土を掘返す事になったのだ。
 ……こうしてその、時間も空間も超越した変態性慾の幽霊が、先刻も話した通り毎日毎日、当てなしの労働を続けて行くうちに、迫々おいおい屁古垂へこたれて来た。人間の性慾の刺戟を高める燃料ホルモン……俗に精力と称する内分泌の刺戟液は、激しい労働を続行すると、その方の精力に消耗されてしまうのだからね。そんな性慾の刺戟をダンダン感じなくなって、唯、疲れ切った神経の端々に、一種の惰力みたように浮出して来る女の屍体の幻覚に釣られながら、あえぎ喘ぎ鍬を動かすというミジメな状態に陥っている。今まで一切の精神作用を圧倒していた変態性慾の怨霊が、消え消えになって来たお蔭で、その下から……ああ苦しい。遣り切れない。いったい俺は、どうしてコンナに非道ひどい労働を続けなければならないのだろう……といったような、正気に近い意識が次第次第に浮上りはじめた。時々鍬を休めてボンヤリとそこいらを見まわしては又、思い出したように仕事にかかるらしい気振けぶりが見えて来た。その潮合しおあいを見て、吾輩が出て行って、その眼の底に在る疲れ切った意識の力と、吾輩の眼の底に在る理智的の意識力とをピッタリと合わせながら『その女の屍体が、土の底に埋まったのはいつの事だ』と問いかけたものだから、サアわからなくなった。つまり今まで、全く忘れていた『時間』という観念が『いつ』という言葉の暗示力で反射的に復活しかけて来たのだ。それに連れて『ハテ。ここは一体、どこなんだろう』といったような空間的の観念も動き出して来たので、不思議そうにそこいらを見まわし初めた。同時に『ハテ。おかしいぞ。自分は今まで何をしていたのだろう』といったような自己意識も、それにつれて頭をもたげて来たので、何となく不可思議な淋しい気持になった。悲し気に頸低うなだれると、今まで大切に抱えていた鍬を力なく取落して、自分の部屋へ引込んで行った……というのが、この遺言書に出ている呉一郎の治療順序の説明だ。狂人の解放治療というのは、そういう風に患者の自由行動にあらわれた心理状態を観察して、病気の経過を察しながら、適当な暗示を与えつつ治療して行く意味から付けた名前に外ならないのだ。

まさか…心理遺伝を解く方法が運動だったなんて…

なんて完全な…

運動して性欲に囚われた頭をスッキリさせようってことか…

当たり前の結論過ぎるが一理ある…

そして地面を掘り返す理由は死体を探しているからだったのか

あちこちに死体が埋まっているという観念に囚われるとは…

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