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【190日目】夢野久作「ドグラ・マグラ」を1日1ページずつ読んでいく

 ――そこで私はソロソロと起き上りましてナ……窓からさし込む月のあかりと、お燈明とうみょうの光を便たよりに、唯一人で本堂に参りまして、御本尊様を勿体もったいのうは御座いましたが両手をかけて、ゆすぶり動かしてみますと、この前の時にはたしかに聞えておりました物音が、すこしも致しませぬ。……のみならず何とのう中味が空虚からになっているような手応えでは御座いませぬか。
 ――その時にも虫が知らせたとでも申しましょうか、私は何やら空恐ろしい気持ちが致した事で御座いました。なれども思い切って御本尊様を厨子ずしの中から抱え卸して、この方丈に持って参りまして、眼鏡をかけてよくよくあらためて見ますと、一面の塵埃ちりほこりでチョット解りにくうは御座いますが、お像の首が襟の処で切りめになっておりまして、力を入れて揺すぶりますと抜けるようになっております。私はその時に成る程と思いました。そうして轟く胸を押ししずめながら廊下伝いに土間に持ち出して音を立てぬように塵を払うて参りまして、この電燈あかりの下に毛氈もうせんを敷いて、その切嵌きりはめの処から御像の首を抜いて見ますと、ちょうどお経筒きょうづつの形にり抜いてあります底の方に、古い唐紙とうしに包んだ灰があるにはありますが、その灰包みのまん中は、チャント巻物の軸の形にくぼんでおります。それを見ますと虹汀様は絵巻物を焼いたと云うてはおかれましたが、別に何か深いお考えがあった事で御座いましょう。真実は焼かずに、もとの形のままにして納めておかれましたもので、それを又、誰かが盗んで行ったもの……という事は、もはや疑いもない事と相成りました。ハイ……その外には、周囲まわりに詰めてありましたらしい古綿のほか、紙屑かみくず一つ見当りませぬ……こちらへお出で下さい。御本尊をお眼にかけましょうから。=後段備考参照
 ――御覧の通りで御座います……これは私の不念ぶねんと申しましょうか、何と申しましょうか……ああ……何か事が起らねばよいがと、胸を痛めました事は一通りでは御座いませなんだ。しかし又、一方から考えますと、もしお千世殿が持って行かれたものとすれば、何の必要があっての事であろうか。又、直方であのような最後をげられたのち、今日までの間、誰が隠し持っていたものであろうか。お千世殿の亡き跡を片付けられたお八代さんが、見付け出しておらるれば一言なりとも私に話されぬ筈はないが……なぞと、とつおいつ思案に暮れておりましたところへ、このたびの事が起りましたので、最早もはや心も言葉も及ばぬ不思議と申すよりほかに致し方が御座いませぬ。……うけたまわりますればその絵巻物は、一郎殿の御乱心ののち行衛ゆくえが知れませぬとの事で、これもまた、不思議の一つで御座います。村の者の中には、一郎殿の乱心の前と後とに、絵巻物が蛇のように波を打って虚空を渡るのを見た……なぞと申している者があるそうで御座いますが如何なもので御座いましょうか。これと申すも私の不念より起りました事で、亡くなられましたオモヨ殿と、狂気された一郎殿の御痛わしさ。老い先の短かい生命いのちに代られるものならばと思うて、涙にかき暮れまするばかり……云々。

お千代殿とお八代殿をいつのまにかごっちゃにしてしまっていたことに気づいた。

どっちがどっちだったっけか。

wikiに載ってた。

呉八代子くれやよこ
呉一郎の伯母で、モヨ子の母。

呉千世子くれちせこ
呉一郎の母で、八代子の妹。

巻物を盗んだのも母親と思われるので読み違えてなかった。



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