【217日目】夢野久作「ドグラ・マグラ」を1日1ページずつ読んでいく
「ワッハッハッハッ。トテモ痛快だ。君は徹底的に正直だから面白いよ。アッハッハッハッハッハッ。ああ可笑し……ああたまらない……憤ってはいけないよ君……今まで云ったのは嘘にも何にも、真赤な真赤な金箔付のヨタなんだよ……アハ……アハ……併し決して悪気で云ったんじゃないんだよ。本当はあの青年……呉一郎と君とが、瓜二つに肖通っているのを利用してチョット君の頭を試験して見たんだよ」
「……ボ……僕の頭を試験……」
「そうだよ。実を云うと吾輩はこれから、あの呉一郎の心理遺伝のドン詰まりの正体を君に話して聞かせようと思っているんだが、それにはもっともっと解らない事がブッ続けに出て来るんだからね。よほど頭をシッカリしていないと飛んでもない感違いに陥る虞があるんだ。現に今でも君の方から先にあの青年を『自分と双生児に違いない』なぞと信じて来られると、吾輩の話の筋道がスッカリこんがらがって滅茶になって終うから一寸予防注射をこころみた訳さ。アハハハハ」
私は本当に夢から醒めたように深呼吸をした。今更に正木博士の弁力に身ぶるいさせられつつ、今一度、頭の痛い処に手を遣った。
「……しかし、僕のここん処が、今急に……疼き出したのは……」
と云いさして私は口を噤んだ。又笑われはしまいかと思って、恐る恐る眼をパチつかせた。
しかし正木博士は笑わなかった。恰もそうした痛い処が私の頭の上に在るのを、ズット以前からチャンと知っていたかのように、事もなげな口調で、
「ウン……その痛みかい」
と云ってのけたので、笑われるよりも一層気味がわるくなった。
「それはね……それは今急に痛み出したのではない。今朝、君が眼を醒ました前から在ったのを、今まで気が付かずにいたんだよ」
「……でも……でも……」
と私はまだふるえている指を一本ずつ正木博士の前で折り屈めた。
「……今朝から理髪師が一ペン……と、看護婦が一度と……その前に自分で何遍も何遍も……すくなくとも十遍以上ここん処を掻きまわしているんですけど……ちっとも痛くはなかったんですが……」
「何遍引っ掻きまわしていたって、おんなじ事だよ。自分が呉一郎と全然無関係な、赤の他人だと思っている間は、その痛みを感じないが、一度、呉一郎の姿と、自分の姿が生き写しだという事がわかると、その痛みを突然に思い出す。……そこに精神科学の不可思議な合理作用が現われて来る……宇宙万有は悉く『精神』を対象とする精神科学的の存在に過ぎないので、所謂唯物科学では、絶対、永久に説明出来ない現象が存在する事を如実に証拠立て得る事になるという、トテモ八釜しい瘤なんだよ、それは……すなわち君の頭の痛みは、あの呉一郎の心理遺伝の終極の発作と密接な関係があるのだ。というのは呉一郎は昨夜、その心理遺伝の終極点まで発揮しつくして、壁に頭を打ち付けて自殺を企てたのだからね。その痛みが現在、君の頭に残っているのだ」
事件というのはこの自殺の企てだったか…
自分が呉一郎かもと思った時だけ痛む傷か…
厨二病的でカッコいいな…
