ヌープ 幕間(13)夢
◆(13)夢
アントニオは、ちゃかした会話をするが、必要以上余計な詮索をしなかった。適当な陽気さで話してくれていたので、アイリスにとっては、とてもありがたかった。
窓の外の礫砂漠(れきさばく)を見ながら思った。
自分は、どこまで行けるのだろう。サボテンを見るだけで心がざわざわする。以前は、植物を見るのは、癒しだった。それが……あの酷い出来事を思い出しそうになる。植物を見ているだけで危険なことなんてあるはずがない。しかし、あるはずのない事ばかりが起きて、もう耐えられない。
アイリスは目を見開いた。サボテンに紫の花が咲いて、それが歩きはじめて、だんだん走りだし、こちらへ向かってきた。
アントニオが悲鳴を上げて、トラックのスピードを上げた。
胸が苦しくなった。自分の胸を突き破って、白い植物の芽が出てきて、アイリスも叫び声を上げた。
「おい、大丈夫かい?」
アントニオが、心配そうな声で言った。
アイリスが、夢から、目覚めた時、まだ、トラックは走っていた。
「ごめんなさい。悪い夢を見たの……」
「悪夢って嫌だよなー 寝た気がしねーし。悪夢とは違うんだが、俺も妙な夢を見る事ってあるんだよなー」
「どんな夢?」
「妙なリアルな夢だ。
夢って、普通はぼやーっとしてるだろう?
それがさ、くっきりはっきりしてるんだ。
こんな夢を見たことあったなあ。
カミさんが、娘を遊ばせてたんだ。夢の中で、娘が、青い風船を持ってて、きゃっきゃして、凄い嬉しそうにしてた。それが、突然、ブロック塀が倒れて、ドン!って カミさんも、娘も下敷きになって土煙が上がる。そして、ゆっくり風船も空へ上がっていった。もうびっくりして、汗びっしょりで目が覚めたね。
数日後、仕事が休みの時に、外でぼんやりしてたら、近所でカミさんが、娘を遊ばせてたんだ。娘は、青い風船を持ってた。大きなブロック塀の前だった。
あ、っと思った。
俺は、走っていって、カミさんと、娘の手を引っ張って、その場を離れた。ブロック塀が突然倒れて物凄い音がした……いやー、あんときは、びっくりしたね」
アイリスは、アントニオの顔を見た。
アントニオは続けた。
「昨日も、そういう妙なリアルな夢を見たんだ。あんたそっくりの顔を……いやーあんた、そのものだな。夢に出てきてさ。赤ん坊を抱いて、凄く必死な顔しててさ。道路で手を挙げてたんだ。一瞬、俺は、偽装かなと思った」
「偽装?」
「いいとこのねえちゃんだったら、経験ないだろうな。嫌な時代でさ。人の善意を利用して隙を作るために、赤ん坊抱えてるように見せかけたり、障害者を装って近づいたり、そういう腐りきった強盗がいるのさ。そういう奴は地獄へ落ちろって思うね!
でも、勘が鋭いのか、俺、そういうの見ただけでわかるのよ。そのねえちゃんは、ただただ、本当に困ってるだけだってわかった。だから、そのねえちゃんを乗せて夢でお礼を言われたのよ。
そしたらさあ、赤ん坊はいないけど、夢でそっくりのねえちゃんが、道路で手を挙げてるのに出会っちゃったじゃない。
乗せてやるかなあって思ったのさ!」
アイリスは、本当に、本当に、久しぶりに微笑んだ。
「私、妊娠してるの……」
「おや、まあ! それは、おめでとう。元気に生まれてくるといいねえ!」
「ありがとう」
アイリスは言った。
トラックは、走り続けた。目的地に着いた時、トラックを降りようとしたアイリスに、アントニオが手を貸してくれた。アイリスは、うっかり手を握ってしまった。
「あ!」
何も起らなかった。
アイリスは、ほっと、ため息をついた
「どうしかしたのかい?」
「いえ……アントニオ、本当にありがとう」
「どういたしまて~! 神のご加護を~!」
「アントニオ、あなたも……」
アイリスはアントニオのトラックが見えなくなるまで、見送っていた。
■第2部 子守歌
(14)手紙/(15)発端/(16)侵入/(17)謎の男の襲撃/(18)警察の取り調べ/(19)異変と警察官の死/(20)悲しそうな顔
