追い詰める
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ちょっと、体調が悪い感じがずっと続いていて、考えがまとまっていないのに、文章を書くのは、どうかと思うのですが、ちょっとほかにできることが見当たらないので、書いてみます。
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普段は、病気のリハビリとボイスドラマや朗読をやっています。でも、病気の痛みを紛らわすような形で頑張ってきました。
病気の痛みと不眠と、生活の不自由さで、どうしても「死」を思ってしまう。だから、それを思わないように、リハビリもほかの創作活動も、何か追い詰められたような感じで、そういうものがエネルギ―になっていました。
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リハビリが進み、ある程度病状が落ち着いてきました。
酷かった時は、傘やペットボトルも持てず、電車の乗り換えも必死にならないとできないほど、認知力が落ち、横になるだけで、体の重さで布団との圧迫面が痛いという、とんでもない状態でした。
今は、買い物もある程度はできるし、頭が回らなくて会話ができないというような、そういう場面は減りました。
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前みたいに自分を追い詰めて、パワーを出す生き方はやめようと思ったら、何もできなくなった。
自分の努力は、直接体を傷つけたり、オーバードーズをすることとは違うけれど、どこか自傷行為に似ていて、心身に大きな負担を与えるものでした。
でも、常軌を逸した必死さのお陰で、朗読やボイスドラマ、台本を作ってきて、仲間ができた。
それは、事実だし、それによって、廃人にならずに済んだ。
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でも、今、違う形を模索しても、時間ばかりが過ぎて、何も手につかない。
相変わらず、ちょっとした気温の変化や湿度で、お腹をくだしてしまったり、安定しない。
何かを作る努力もできない。
体もちょっとしたことで崩れる不安定なままでは……
やはり、自傷行為のような、常に背水の陣で戦っているような、そんな努力をするよう自分に圧力をかけないと、自分は生活のリズムを保てないのだろうか。居場所は作れないのだろうか。
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自分を追い込む以外の生き方が見つからない。
でも、何かを見つけないと仕方がない。
たぶん、自分のどうしようもない状態を分析することから、始めるしか仕方がない。
たぶん、それが作品のもとになっていたんだと思う。
