おじいちゃんのはなし
★追記。おじいちゃんから、広くいろんな人によんでもらいなさいとの通達があった気がしたので無料記事に変更します笑
わたしのおじいちゃんはいまから35年前に亡くなった。
病名はわからない、自宅で眠るように亡くなったから。
中学校の授業中に危篤を知らせる電話をもらい、おじいちゃんのうちに駆けつけた。
おじいちゃんは、わたしに、勉強をするようにと言って、それからほどなく亡くなった。アラビアのロレンスを録画予約したまま。
それが、わたしが13のとき。
わたしは最愛にして、信頼できる唯一の大人をその日失った。
おじいちゃんは、母の父で、病弱な母はしょっちゅう実家に帰っていた。
おじいちゃんは映画が好きで、わたしがジャッキーチェンのプロジェクトXが見たいというと、京都の映画館に連れて行ってくれたり、京都であわぜんざいを一緒に食べて帰ったりした。
おじいちゃんは背が高くて、帽子をかぶり、杖をつき、ちょっと日本人離れした感じだった。近所の人は、わたしと二人で歩いていると、今日も小さな恋人と一緒だねと声をかけた。
いま思うとたしかにデートだな。
小さい頃、おじいちゃんから字を習ったり、一緒にモノポリーゲームしたり。小学生のときは、よきお腹が痛くなったり、秋になると調子悪くなって一週間ぐらい学校休んで、おじいちゃんとスーパーに買い物とか行った。おじいちゃんは、健康オタクというか、身体が悪くていろんなことをいつも試してた。キヨーレオピンとか、黒酢、エビオス錠、鯉の洗いとか笑 わたしもなぜか一緒に栄養剤飲んだり。
あ、焼きリンゴ一緒に作ったりもしたな!
おじいちゃんは、新聞記者でいろんなところに行って買ってきたものが、うちの中にあって。三線のミニチュアとか、熊の木彫りとか。革製の民芸品ボトルに洋酒がはいっていて、竹串でプスプス穴をあけたりんごの中心をくりぬいて、その洋酒とレーズンを入れた。けっこうなこだわりだよね。
35年経ってもなお、わたしはおじいちゃんのことを、こうして思い出しては、また会いたいなとか、いろんなことを話したいなと思う。
ひそかに、おじいちゃんを超える人はいないんじゃないかなと思ったりもする。
若い頃、おじいちゃんは東大の文学部でたけど、小説家になりたかったらしい。
見合いをさせられて、おばあちゃんを養うため、仕方なく、新聞記者になった。
新聞社で有名な酒飲みだったらしく、でもいろんな会社の社史とかも執筆したらしい。

仕事ばっかりで、典型的な家庭を顧みないやつで、それが、キリスト教徒になったかと思ったら、180度変わっちゃって、キリスト教を研究する勢いで、聖書の原典である、ヘブライ語やギリシャ語を勉強したり、愛にあふれる人になっちゃって、お葬式のときはたくさんの人に見送られて、亡くなっても、おじいちゃん信者はけっこういまだにいる。
わたしも、きっとそう。
おじいちゃんがいなくなってしまい、わたしは、話したかったことのいろいろを日記に書くようになった。
そこからだな、わたしが鬼のように書き始めた始まりは。
おじいちゃんが亡くなってから、古いワープロに入っていたたくさんの文書や、壁をうめつくす本をいろいろ読んだ。
おじいちゃんが亡くなる一年前、最後に聖地旅行にツアーで行った。
わたしも、その7年後、大学の夏休み、イスラエルに1ヶ月半滞在した。
おじいちゃんが行った死海やエルサレム旧市街やベツレヘム、ガリラヤなど一通り聖地旅行を一人で旅した。
わたしも小さい頃、母に連れられて、教会に行っていたけど、最終なじめなくて、やっぱり離れた。
でもおじいちゃんが信じてたキリスト教は好きだと思う。
聖書のことばや話もおどろくぐらい覚えてる。
肉体を殺せても、魂を殺せないものを恐れるな、とか、いつまでも残るのは信仰と希望と愛です、みたいなことばとか。
でも、やっぱり、わたしは、日本の八百万の神や精霊やそういう土着の神さまやごちゃっとした多神教が好きだな、と思ったんだ。
そんなに好きなおじいちゃんだったけど、ここしばらく忘れて日々忙しく暮らしてた。
この前、「おじいちゃんとか年寄に飼われていた犬はおとなしい」っていう話を聞いて、なぜか、その話でおじいちゃんを思い出した。
おじいちゃんのうちの庭の薔薇、レンギョウ、ユキヤナギ、ボケ、春になるとたくさん咲く庭木、鯉の池、鯉の水替えしたこと、おじいちゃんのうちの本棚にあったたくさんの本、エレファントマンとか、たぶんわたしの小さい頃の、記憶とむすびついていて、2年くらい行った調香のときも、やっぱりおじいちゃんちの香りがした。
おじいちゃんはもうこの世にいない、でも
いまでもわたしはおじいちゃんをずっとどこかで探しているんだな、と、はたと気がついた。
うん、この世にはいないけど、わたしの中ではいまも生きていて、わたしが死んでも誰かの記憶に残るように、おじいちゃんのことを書いておこう、そう思って、書いてみた。
なんだったら、おじいちゃんの夢だった、小説をわたしが書いてみようかな、なんて思ったりする。
おじいちゃんのことをぬきにしても、あまりにも小説みたいなことが自分の身に起こったので、小説書こうかな、と思ってしまったのだ。
この前、失敗図鑑という本で、偉人と呼ばれる人は、実は致命的なくらいの欠陥があったという偉人の失敗オンパレードを読んだ。
わたしは、単刀直入にいうと、それに近いヘマをたくさんやらかしてきた、いや、いまも継続中で、だ。
たぶん、これから先もヘマをし続けると思う。
ヘマをする上に、メンタルが豆腐なみの繊細さなため、いつもクタクタになることが多々ある。
でも。
鋼のようなメンタルで、何も感じなくなってしまうならば、あえて豆腐でも、全然いい。
いや、毎日アップダウンを繰り返し、みちばたの草花を見てうれしくなり、ネットニュースで90歳の男性トランスジェンダーをカミングアウト、つらい日々を告白というネットニュースを読んだだけで号泣し、、そんなちょっとなんでもを愛しすぎるクタクタに疲れる人生だけど、わたしはその豆腐みたいなメンタルが好きなんだ。。。
もしかしたら、おじいちゃんも繊細で、つらくてお酒を飲んだり映画や本の世界に逃げたりしたのかな、、と勝手に想像している。
繊細だけど、刺激を求める。相反する性質を持っている生きづらさ。
もし死んでおじいちゃんに会ったら、幾晩も幾晩も酒を酌み交わしながら尽きない話を語り明かしたい。
夢だな。。。
追記
その後、コローレなどでいろいろご一緒させてもらっている霊媒師のますみちゃんに、セッションでおじいちゃんのことを聞いてみたら、おじいちゃんぽい人がきて、アドバイスをくれました(笑)おじいちゃんは今もわたしのそばにいて、見守ってくれているらしい。
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