ことほぎイレブン
お正月の病院は意外と混んでいた。病院の中にあるコンビニで必要物資を買い込み、病室へと急ぐ。少し迷いながら到着した408号室の引き戸を開け、一声かけてから一番奥のベッドのカーテンを開けた。ベッドで横になっている馬淵さんの顔色が良くなっていて、安心した。
「とりあえず、すぐに必要そうなものを適当に買ってきました。明日と明後日もお見舞いにくるので、もし足りないものがあったら何でも言ってくださいね。寝巻は馬淵さんの部屋から取ってきますね。洗濯も任せてください」
「ああ、馬場さん、せっかくのお正月休みなのに悪いね。本当にありがとう。どうお礼したらいいのか……」
「どうせ家でゴロゴロしてるだけでしたから。気にしないでください。いつもお隣さんで『馬』仲間だからって、私のほうが馬淵さんに助けられてるんです。こんな時くらいは私に助けさせてください。といっても、大したことはできないですが。ははは」
「馬場さんがいてくれて、本当に心強いよ。私はずっと天涯孤独だったから、こういう時も1人で耐えなくちゃと覚悟していた。でも、やっぱり寄り添ってくれる人がいるって、いいな。それだけで、もう大丈夫だって思えるよ。ありがとう」
こちらに伸ばされた馬淵さんの手を取る。玄関で倒れていた馬淵さんの手を握った時は、石のように冷えていた。今は温かい。その温かさに、泣きそうになった。
アパートに帰り、さっそく隣の馬淵さんの部屋に入った。まず郵便物を机に置いて、換気のために窓を開ける。そして寝間着を探そうと寝室に入ると、壁に大きな掛け軸が掛けられていた。妙に気になり、近づいてよく見てみる。
見たことのない動物が1匹、豪快に描かれている。顔はネズミ、耳はウサギで、首元は龍っぽい。そして胴体には牛や寅、羊が混ざっていて、足は犬と猿で、尻尾は……蛇だろうか?子どもが描いた空想の動物のようだ。しかし、その動物の上には達筆な筆文字で「寿」と書かれている。
馬淵さんが描いたのだろうか。しかし、かなり古い掛け軸だ。親から受け継いだ家宝、とか?そういえば、馬淵さんの故郷って聞いたことないな。
とりとめのない思考は、玄関チャイムの音で途切れた。慌てて玄関に向かい、ドアを開けるとたくさんの人が並んでいて驚いた。しばらく沈黙が続いて、やっと手前にいたスーツ姿の若い男性が口を開いた。
「……あの、私たち馬淵さんのお友達というか、仕事仲間というか、そんな感じの者なのですが、今朝倒れられたと聞きまして、お見舞いにきた次第でありまして。ええと、あなたは馬淵さんのご家族ですか?」
親戚や家族はいないと聞いている。馬淵さんが今朝倒れたことを、この見慣れない若者がなぜ知っているのだろう。直感が怪しいと警報を鳴らした。
「私は隣に住んでる馬場です。馬淵さんは救急車で運ばれて入院することになったので、しばらくはお帰りにならないと思いますよ。私が部屋の管理を任されたので、ここにいるのです。あなたたちは、本当に馬淵さんの知り合いなんですか?もし変な営業や勧誘なら、帰ってください」
「え、いえ、あの、私たちは、その」
かなり動揺している。これは100%怪しい。問答無用でドアを閉めようとした時、若者の額から角が生えてきた。驚いている間に、若者の左右に立っている女性やお爺さんの頭からもウサギの耳やニワトリの鶏冠が生えてきて、思わず尻もちをついた。
「ああ、動揺するとやっぱり出てきちゃうね。これは要調整だな。後で神様に報告しよう。ああ、馬場さん、驚かせて申し訳ありません。私たち、十二支それぞれの担当者です。馬淵さんも我々の仲間で、『午』を担当されていまして。今年の干支ですから、引継ぎ式の時に張り切っておられたのです。しかし、急病で入院されたとのこと。心苦しいですが、すぐに後任者を決めなくてはいけません。今年の干支の担当者は、神様から賜った掛け軸を部屋に飾り、世のため人のために毎日祈りを捧げます。その大切な掛け軸を、回収させていただけないでしょうか?馬淵さんには、私たちから後で説明いたしますので」
ゆっくりと丁寧に話す若者は、私に手を差し伸べてきた。迷いながらその手を掴むと、軽々と引き上げられた。
「ありがとう、ございます。十二支って、あの十二支、ですか?」
「はい。あの十二支です。大昔から、神様に選ばれた12人の天人が人間界に派遣されるシステムになっていまして。ごくまれに人間界の人間が担当者に選ばれることもありますが、大体は天界に住む天人から選ばれます。人間界に派遣された天人は、人間として生き、寿命を迎えることになります。その覚悟を持つ者だけが、十二支担当者に選ばれるのです。馬淵さんは長い間、立派に務められた。神様は後任者を決めるのに苦労することでしょう」
寂しそうな顔をした11人から、しんみりとした空気が漂ってくる。直観に従って私は部屋に戻り、掛け軸を下ろした。丁寧に巻いて風呂敷に包み、若者に手渡す。ついでに尋ねてみた。
「この掛け軸の動物って、何なんですか?」
「十二支の動物の特徴を合わせ持つ、めでたい霊獣の寿ですよ」
「そうなんですか。見たことない動物だなぁって不思議に思って」
「ふふふ、人間界には姿を現さないですからねぇ。ん?あれ?馬場さん、頭に何か……」
頭を凝視され、反射的に頭に手をやる。手触りの良い布きれのようなものが、頭に付いていた。引っ張ってみるが、取れない。焦っている間に、11人に囲まれた。
「「午年担当就任、おめでとうございます!」」
「へ?」
ウサギ耳の女性に渡された鏡を覗くと、頭に馬の耳を生やした自分が映っていた。
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