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連作短編小説「次元潜水士」第12話 ゼロ次元化ピリオド計画

★こちらの作品は一話完結型の連作短編小説「次元潜水士」の12話目となっております。

【次元潜水士シリーズのあらすじ】
「五次元世界まで、ちょっと潜ってみない?」
夢がないことに悩んでいるフリーターの境井さかいさんは、バイトの帰り道で高校時代の同級生の西君と再会する。次元潜水という新技術を開発し、独りで異次元を研究しているという西君に誘われて、五次元へ潜水した境井さん。そこでは別の時間軸の自分が路上ライブをしていて……。
大学受験失敗で落ち込んでいた加納ちゃんや海士あまの藤野君も仲間に加わり、五次元の不思議な地図描き師の姉妹やパラレルワールドの自分自身たちとも出会い、境井さんと西君の二人から始まった次元潜水物語はどんどん広がっていく。次元を超えて宇宙にまで飛び出していく異次元探索ストーリー。

黒猫と藤野君の潜水

久々に足を踏み入れた大都会は、いつも相手にしている大自然の海のように威圧的だった。待ち合わせ場所で超高層ビルに圧倒されていると、遠くから見知った3人が走り寄ってきた。

異次元研究の博士である西さんは、力いっぱいに腕を振っている。助手の境井さかいさんは転びそうな西さんを心配そうに見ていて。少し遅れて来るのは2人目の助手の加納さんだろう。以前会った時より髪が長くて、ずっと大人っぽく見える。目の前に来た西さんが、俺の両肩をがしっと掴んできた。

「やぁ藤野君!また会えて僕は嬉しいよ!元気してたかい?」

「西さん、お久しぶりです。夏は海士あまとして素潜り漁、頑張ってたんですけどね。海に出れない冬は暇で。体力を持て余し気味だったので、今回調査に呼んでもらえて助かりました。えっと確か、調査の現場は猫カフェ…で間違いないんですよね?」

恐る恐る尋ねると、境井さんが西さんを押しのけて数枚の書類を差し出してきた。

「藤野さん、お久しぶりです。今回も説明は私が。どうやら最近できた猫カフェで次元的な異常がありそうでして。とある黒猫が時々ピンポン玉くらいの黒い球体になってしまうらしいのです。西君が言うには、これは無次元、ゼロ次元化現象ではないかと…」

渡された書類には複雑そうな数式が描かれている。しかし隅のほうには大量に猫のイラストが並んでいて。前回の調査の時も思ったが、本気なのか冗談なのか分からない。

「あっ!藤野君!また僕らが本気か疑っているね?ゼロ次元は立体でも平面でもない、点だけの世界だ。ゼロ次元化現象が深刻になれば、この世の全てが一点に集約されて消えてしまうかもしれない。一刻を争う事態なんだ。次元潜水士の僕らは本気で人助けのために、いや、猫助けのために出動するんだよ。だよね加納ちゃん!」

急に振られた加納さんは焦った様子で首を縦に振った。

「そ、そうなんです!今まさに藤野さんの次元を生身で超えられる力が必要なんです!」

加納さんのキラキラした瞳と目が合って、なんだか顔が急に熱くなった。

「ん?藤野君どうしたの?風邪?」
「いえ、なんでも。了解です。猫カフェ、行きましょう」

ごまかすように顔を叩いて気合を入れた。


新しい木材の香りがする猫カフェは、昼寝したくなるような居心地のいい空間だ。もふもふの塊に触れたい気持ちを押しとどめ、目当ての黒猫を探す。見つけた。キャットタワーの上段でくつろいでいる。

「長毛種で胸元に白いワンポイント…西さん、この子じゃないですか?」
「おおっ!ナイス藤野君!」
「西君、しーっ!驚かしちゃうでしょうが」
「ごめんごめん境井さん」

4人で静かに黒猫に近寄り、この後の段取りを確認し合う。しかし後ろからやってきた店員さんが黒猫を抱き上げてしまった。

「皆さん黒猫がお好きなんですか?この子は特に甘えん坊で可愛いですよ。どうぞ、抱っこしてあげてください」

猫を渡されたのは加納さんだった。真っ青な顔に引きつった笑顔を浮かべた加納さんの腕から、急いで猫を取り上げる。店員さんが不思議そうに俺を見た。

「は、ははは、彼女ちょっと猫が苦手でして。猫好きの俺の付き添いで来てくれたんです。可愛いなぁ黒猫。ははは」
「そうなのですか。すみませんでした。猫カフェでデートなんて素敵ですね」

デート、という言葉に固まっていると、店員さんは他のお客さんに呼ばれて奥に行ってしまった。にゃーという鳴き声で現実に戻り、下を見るが猫がいない。腕には小さな黒い球体だけがあった。

「おお!やっぱりゼロ次元化だよ!」
「ええっ!お、俺はどうしたら…」
「そのまま動かないで!加納ちゃん!境井さん!」

何かのハンドサインを送り合った3人は頷きあうと、西さんは豪快に服を脱ぎ始めた。思わずぎょっとする。

「こんな時もあろうかと。次元潜水スーツを下に着ててよかった。よし!ゼロ次元に潜水しよう。人が多いここでは次元ワープ装置が使えないから、藤野君に先導してもらいたい」
「先導って、どうすれば」
「まず息を整えて。そして黒猫の球体に向かって意識を集中させるんだ。点に向かって落ちていくように…そう…潜るイメージで…」

指示通りに意識を猫の球に集中させると、西さんの声が遠くなっていく。意識が一瞬途切れたと思った直後、景色は一変していた。静かな暗闇がすべての感覚を奪っている。まるで真夜中の海だ。背筋が寒くなった。

「…西さん!西さん!返事してください!」
「あれぇ?何にも見えないねぇ。あるいは何も無いのかな。さすがゼロ次元。わっはっは」

能天気な西さんの笑い声に心底ほっとした。どうやら近くにいるようだ。

「…ここには誰もいないんだ。もちろん僕らだって不在なのさ。無次元、点の世界だもの。美しいピリオドの世界。すべての終点」

「西さん?怖いこと言わないでくださいよ。俺たちはゼロ次元化をどうにかして絶対に帰らないと。待たせている人と諦めきれないこと、あるでしょ」

「…そうだね。すべてを少しずつ吸い込んで終わらせるつもりだったけど、どうやら君だけは吸い込み切れないみたいだ。君はすごいね。身一つで次元を超えていけるなんて」

心拍が急に早くなる。今、話している相手は誰だ?きっと西さんではない。口調を似せているだけだ。

「仕方ない。終わりは先延ばしだ。結末は箱を開けてからのお楽しみ。さよなら。遠い未来でまた会おう。あ、黒猫に悪かったと伝えて。お詫びに美味しいおやつを」


再び意識が途切れて目を開けば、加納さんの顔が間近にあって心臓が飛び跳ねた。

「あっ!藤野さんも目が覚めました!」
「うわぁぁ!よかった~!」

飛びついてきた西さんに抱きしめられながら、痛む頭を押さえて起き上がる。どうやら戻れたらしい。あの黒猫を抱いた境井さんが心配そうに近づいてきた。

「黒猫の球体に2人が吸い込まれた瞬間から、この場にいる全員が気を失っていたみたいです。10分ほどですが。私たちも目覚めたら倒れていて。大丈夫ですか?何があったんです?」
「俺は平気です。なんか変な声が聞こえて…あ、皆さんはもう大丈夫なんですか?」
「ええ。この通り、猫も元気ですよ」

安心のため息をついていると、西さんは僕から離れて姿勢を正した。

「僕は身動きできないまま、君があの声の主と話しているのを聞いていたんだ。あれはシュレディンガーの…まぁ後から調べよう。戻ってから黒猫を調べたけど、特に異常なし。ゼロ次元化はもう起きないだろう。今回は藤野君のお手柄だ。ありがとう」
「ふふ、またよく分かりませんが、どういたしまして」

境井さんの腕から飛び出した黒猫が俺の腹部に乗ってきた。温かい。昔、一緒に暮らした三毛猫を思い出す。

「藤野さん、無事でよかったです。あの、おやつ上げてみません?」

加納さんの手から小さなクッキーのようなものを受け取った。黒猫の口元に近づけると、一瞬で飲み込んでしまった。

「わっ、そんなに急いで食べるとお腹壊すぞ」
「あはは、藤野さんから貰えて嬉しかったんでしょうね」

俺の目がおかしいのだろうか。加納さんの笑顔が輝いて見える。目を擦っていると、黒猫のひげが頬に当たった。くすぐったい。



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水原月(元水月suigetu) お気に入りいただけましたら、よろしくお願いいたします。作品で還元できるように精進いたします。

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