意識についての個人的な感覚
科学的な用語を使っているだけにすぎない詩的な倒錯に耽溺しているだけでは真理に辿り着けない
意識は私にとってワーキングメモリ内で扱える量の情報に過ぎず、それに対して自分のものor自己そのものといった感情は湧き起こらない
主観的な好悪について
生まれた時から青色が好きな人間はいないだろう
好き嫌いはあくまで経験則的なラベルにすぎない可能性が高い
赤ん坊が母親の乳首を探すように生来的に組み込まれたものも存在するだろうが全てがそこからくるものでもない
主観ですら情報処理の結果にすぎないからといってその輝きが失われることはないので虚しくもないし臆病になって詩的な物語上に定義づける必要もない
