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変容と揺り戻し。

風の時代と呼ばれるものが幕を開けてからというもの、これまでにないくらい速く大きな変化のなかにいる感じがしています。

そんな変容のときだからこそ、きっと大きな “揺り戻し” だったり “強制的により深く自分と向き合うことになる出来事” のようなものも起こってきやすいのでしょう。


わたしは無意識的に「自分が不幸であるように」という呪いを自分にかけていたような人間ですので、その癖というものがなかなか消えることなく根強く自分の奥底に残っているのかもしれません。

そのため、変化の過渡期である今は特に、先日の記事でも書きましたような『 “幸せになる罪悪感” を持っている自分』というものを置きざりにして突っ走らないように気をつけなければいけないなと、注意深く自分の心を見守っております。



自分の感じている “幸せになる罪悪感” ってなんなんだろうって考えたときに、その根っこにあるのは、

・親より幸せになってしまったら、親に申し訳ない。

・自分は親を越えてはいけない。

という思いだって思ったんです。


これってちょっと極端に解釈すると「自分が不幸でいることが親孝行」なのだと心の奥のほうで信じているってことだなと思いました。


わたしの心の奥のほうには、自分が楽しく人生を謳歌することを「親に申し訳ないこと」だという思いがある。

「親はしっかりと真面目に生きているのに、自分だけ楽しく生きようなんて許されない」という思いが、今でもわたしのなかに小さく残っている。


そして同時に、誰もがそうだとひと目でわかるような形での親孝行が出来ない自分を責めている自分もいる。


心の奥の奥でそういう葛藤が起こっているからこそ、自分が楽しいほうに進もうとしてアクセル全開にしかけたときに、

わたしの身にはいつも決まって、胸を刺すような罪悪感を感じるような出来事だったり、自分の辿り着きたい場所から意識をそらさせるような出来事が起こるのです。

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自分の中の創造主である『内なる自分』を再発見するためのnoteの玉手箱です。 自分を認め受容するために「足すべきもの」など、本来何もない…

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