櫻田智也 『失われた貌』 : あるはずの光
本書については、どこかのネット記事で興味を持ったのだが、それがどこの記事だったか、どんなかたちで推薦されていたのか、いまや定かではない。
ただし、その記事にも掲載されていた本書の書影に見えた、帯の推薦文がなにしろ強烈だった。
『華麗な探偵ピート&マック』のオープニングナレーションでのマック・プライドのセリフではないが、まさに「見ればわかる」だ。

本物の
「伏線回収」と
「どんでん返し」をお見せしましょう!
伊坂幸太郎 うっとり
ミステリーが好きで良かったなあ、本当に良かったなあ、と思わずにはいられない。
主人公の日野は非情な私立探偵のようだ。
彼の葛藤を勝手に想像し、しばらくそのことばかり考えていた。
恩田陸 舌を巻く
捜査と謎解きのハイブリッド。
すべてのピースが
ひとつに収まるのが
驚異的。
米澤穂信 ガッツポーズ
成熟した小説が大胆な真相に至る一一
こういうミステリを待っていた。
ついに、来てくれた。
この帯文を読むと、本作が、古典的な「本格ミステリ(の傑作)」だという印象を受けて、その印象どおりの「パズルミステリ」を期待した読者が、本作を手に取ることになるはずだ。
私自身もそうだったし、じっさい本作は、よく練られた「本格ミステリ」だったのだが、しかし、本作の「小説」としての魅力の主眼がそこにあるのかというと、それはちょっと違う。
ミステリとして「よく出来ていること」というのは、本格ミステリとして当然の前提だと考えられた上で、作者が描きたかったこととは、少々くたびれた大人が、それでも持たなければ生きてはいけない、「あるはずの希望」ということであり、最終章の章題「あるはずの光」とは、そういう意味なのである。
そして、そうした思いを総括する言葉が、主人公である刑事の、次のような、最後のモノローグなのだ。
『 被害者や、加害者や、その家族や、家族になろうとした者が抱える悲しみや苦しみを、刑事が背負うことはできない。その人々のかわりに傷つくこともない。できるのは事実を調べ、突きつけ、事件に関わった人たちを、そこに向き合わせることだけだった。そうして向き合った先にこそ小さな光があるのだと、信じることだけだった。』(P297)
そんなわけで、本書の帯文に怒りをぶちまけている読者は少なくない。
決して悪い作品ではないのに、帯文による「ミスリード」のおかげで、誤った期待を持たされたことによる、期待はずれ感が生じてしまったからだ。
ごしゃがえる 「帯が良くない」(5つ星のうち4.0)
2025年9月2日
帯の文を全く見ずに読むことをおすすめします
ほんのむし 「帯がこの本の良さを潰してしまっている」(5つ星のうち4.0)
2025年8月25日
王道の警察小説としてとても面白い。地道な捜査によって少しずつ真相が明るみになる過程を楽しみたい人にはおすすめ。
しかし、帯に書かれている「どんでん返し」は予想できてしまったし、全体的に特に真新しさもない。堅実な警察小説の域を出ない。
「どんでん返し」はこの作品の推しポイントではないように思う。帯がこの作品の良さを上手く伝えられていない印象。
内容は面白いのに、この帯の錚々たるメンバーのコメントでハードルを上げられすぎているのと、どんでん返しを期待されると「思っていたのと違う」と言われてしまいそうでむしろ気の毒ですらある。
かるび 「装丁と帯があまりに残念」(5つ星のうち5.0)
2025年8月30日
多くの方がおっしゃっていることですが……。
読み終えた後、(大変失礼ながら、)魅力に乏しい装丁と、的はずれな帯の惹句にため息が出ました。(以下略)
はるぼう 「軽薄でアホみたいな帯は必要悪と思える超一級品」(5つ星のうち5.0)
2025年8月20日
ミステリマニアにも初心者にも強く薦めたい一級品だが、いかにも地味な内容で世間の耳目は集め辛い
きっかけはともかく、読んでもらわないと始まらないからね
で、有名作家と評論家のコメントを総動員した軽薄でアホみたいな帯も許してしまおう
言い方は良くないが、横山秀夫+本格ミステリ、つまり可燃物スタイルの最上品なので、このミス・文春とも1位を獲ってほしい
tigk 「よかったです」(5つ星のうち4.0 )
2025年8月25日
他の方もレビューに書かれてますが、恐らく帯を見て読み出すと肩透かしを食らうというのは、わかる気がします。
自分は前情報全くなしにふらっと手に取り読み出しました。良い時間の使い方ができたなと思いましたし、読み終わった後の余韻も良かったです。
推理小説として十分楽しめましたが、「読者が全く予想がつかない!」というようなタイプのものではなく、どちらかと言うと人間がよく描かれているタイプの作品だと思います。
つまり本作は、帯文から予想されるような、子供でも楽しめる単なる「パズル小説」ではなく、「大人」向けの小説なのだ。
パズルオンリーの小説ではない。

しかし、こうした「ちょっとくたびれた大人」の小説を、ろくに人生経験のない「子供」に理解しろと言うのは、どだい無理な話だ。
子供は子供なりに、そのささやかな人生経験がすべてであり、それを総動員することで、対象の良否を判断するのだから、「ちょっとくたびれた大人」の魅力やその重みなど、理解できるわけがない。
もとより大した能力も無ければ、甘いお菓子ばかり食べては歯まで虫歯だらけなのに、それでも自分には「咀嚼(理解)力がある」と思い込んでおり、紋切り型で薄っぺらい己の凡庸な感想を、それでも「本質を突いた批評」だなどと自己過信して公にできるのも、結局のところそれは、無知による「怖いもの知らず」でしかない。
だがそれも、「子供」ゆえならば、仕方のないことなのだ。
そう言えば最近、私が「note」でフォローさせていただいている方が、いつものボヤキを、また書いてらした。
「世間は絶望的に幼稚化しており、学者までもがそんな輩ばかりになってしまっている」と。
「武蔵大学の教授」でフェミニスト・北村紗衣の新刊で、タイトルからしていかにも安っぽくて間抜けな『学校では教えてくれないシェイクスピア』という、子供騙しの本についての記事である。
しかしながら「子供」は、無根拠な自信を持っているからこそ生きていけるのだし、そうした自信を少しずつ打ち砕かれながら、自分というものの本当の姿を、徐々に知っていくことになる。
それで、そんな「期待したほどではなかった自分」と折り合いをつけた者が「少々くたびれた大人」になるわけだし、経験によって明らかにされた自分の「本当の姿」に直面する勇気を持たなかった者が、上の「note」記事で書かれているような、いつのまにか薄汚れた、「偽の子供」であり続けるのであろう。
本作には、少々くたびれた大人の、それでも子供たちへの希望が、抑制された言葉で語られている。
大声で訴えることも、涙を流すこともしなくなった、くたびれた大人が、それでも「子供たちよ、傷つきながらでも、君たちは強く生きていってくれ」と、そう祈るような気持ちが、本作には込められている。
この著者を読むのは、これが初めてだったのだが、「Wikipedia」を確認してみると、著者は「1977年」生まれで、
『北海道長万部町で生まれ、小学5年から中学までは函館市、高校時代は北斗市で過ごした。江別市在住。埼玉大学理学部卒業。同大学院修士課程修了。
デイリーポータルZの元ライター。2008年1月より2011年3月(東日本大震災直前)まで掲載。当時は、当時居住していた岩手県の環境や土地柄を生かし、身体を張った奇抜なアイデア・行動を織り交ぜた記事をよく執筆していた。本人によれば、もう一本記事を最後に掲載する予定であったが、震災後に気力が戻らず、そのまま終了となった、とTwitterで語っている。』
(Wikipedia「櫻田智也」)
この経歴を見れば、本作主人公である中年刑事の、少々くたびれた感じと子供たちへの期待は、そのまま著者のものだと考えても、そう大きくは外していないと思う。
この絶望的な地上において、それでも「希望はあるはずだ」とまで、力強く語る自信はないけれど、「あるはずの希望」を捨てないことだけは、やっぱり必要なんじゃないかと、そう、低い声で語らずにはいられなかったのが、本作なのだ。
こんな小説、子供に理解できるわけがないし、理解されても困るのだ。
(2025年9月30日)
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