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夏目漱石 『二百十日・野分』 : 夏目漱石の初志

書評:夏目漱石二百十日野分』(新潮文庫)

じつに一年半ちかくをかけて読んだ。一一と言うか、読みはじてから読了までに一年半かかってしまった。

なんでそんなことになったのかというと、本書は「外出時のおとも」として、外出時用カバンのポケットに放り込んでいたからで、外出時の隙間時間にしか読まなかったからである。
例えば、映画を見に出かけた際の映画と次の映画の待ち時間、病院へ薬をもらいに行った際の待ち時間。そんな感じだ。

しかしながら、一年前は、新刊のチェックを兼ねて、月に一度ほどの頻度で映画を見に出かけもしたのだけれど、最近はそれも面倒になって、数ヶ月に一度という感じになっている。ましてや通院はおおよそ2ヶ月おきなので、本書を手に取るのは、せいぜい月に一度あるかないかであり、そうした際でも、実際に読んでいる時間は、せいぜい30分ほどだったのだ。
つまり、かなり間隔をあけながら、細切れに読んだのである。

もちろん、普通ならそんな読み方はしないのだが、どうしてそれができたのかというと、漱石のめぼしい作品はだいたい読んでいるから、そのような読み方をしても差し支えないという安心感があったからである。
1ヶ月おきであろうと、前に読んだところを思い出せるという自信があったのだ。

そしてその確信は、間違っていなかった。
読み終えた今となっては、普通に続けて読んだ時と大差のない、手応えを感じている。
これはたぶん、漱石の作品が、「ストーリー」自体はさほど重要ではない、純文学的な作りになっているからなのであろう。ある意味では、どこから読んでも「漱石の息吹」を感じることはできるのだ。拾い読みしたって楽しめる、ということである。

本書の前に読んだ漱石は、1年半ほど前にレビューを書いた『草枕』である。

このレビューにも書いたことだが、漱石のめぼしい作品を読んではいるものの、全部読んでいるというわけではない。その際たるものが、未完の絶筆『明暗』だろう。

漱石は若い頃に、あるていど集中的に読んだのだが、この時『明暗』を読まなかったのは、未完でありながら上下巻の長大な作品だったからだ。
また、漱石の場合、後のものほど、どんどん作風が暗くなっていったから、この『明暗』などはその最たるものだろうという予測もあったためである。

もともと私は、漱石の『こゝろ』を読んで、活字の世界に開眼したような人間だから、暗いのが嫌いだというわけではない。むしろ好きだと言っても良い。
だから、漱石の中でも、初期作品の『吾輩は猫である』とか『坊っちゃん』では物足りない。もともとコメディ的な要素の強いものは好かないのだ。

そんなわけで、絶筆『明暗』を残して、めぼしい長編作品は高校生の頃に読んでいたのだが、それでも読み残していたのが、(私が漱石を読んでいた新潮文庫で言うと)長編では『草枕』『坑夫』、非長編では本書『二百十日野分』、倫敦塔・幻影の盾』文鳥夢十夜で、『倫敦塔・幻影の盾』、『文鳥夢十夜』の2冊はその後に読み、『草枕』も前述のとおりで読んだから、残すは、本書『二百十日野分』、『坑夫』『明暗』ということになっていたのである。

○ ○ ○

本書二百十日野分には、書名に挙げられた2本の作品が収められている。
現行の新潮文庫版で言うと、「二百十日」は100ページほどの中編、「野分」は200ページほどの、長めの中編、または短めの長編である。

両者のおおまかな内容については、Amazonの本書紹介ページ「本の概要」の引用で代えておこう。

『草枕』と『虞美人草』の間に書かれた中編小説二編。
俗な世相を痛烈に批判し、非人情の世界から人情の世界への転機を示す「二百十日」、その思想をさらに深く発展させた「野分」を収録。


〝豆腐屋主義〟の圭さんと奔放な性格の碌さん。江戸っ子二人の軽妙な会話を通じて、金持が幅をきかす社会を痛烈に批判する『二百十日』。理想主義が高じて失職した元中学教師の文筆家・白井道也と二人の青年・高橋(※ 高柳)と中野。学問、金、恋、人生の葛藤を描く『野分』。漱石の思想や哲学をもっとも鮮やかに体現する二作品。
用語、時代背景などについての詳細な注解、解説を付す。

本書収録「野分」より
酔興を三たび重ねて、東京へ出て来た道也は、もう田舎へは行かぬと言い出した。教師ももうやらぬと妻君に打ち明けた。学校に愛想をつかした彼は、愛想をつかした社会状態を矯正するには筆の力によらねばならぬと悟ったのである。今まではいずこの果(はて)で、どんな職業をしようとも、己(おの)れさえ真直(まっすぐ)であれば曲がったものは苧殻(おがら)の様に向うで折れべきものと心得ていた。盛名はわが望む所ではない。威望もわが欲する所ではない。……(本書99ページ)』

まず「二百十日」だが、これは上の紹介文に『江戸っ子二人の軽妙な会話を通じて、金持が幅をきかす社会を痛烈に批判する『二百十日』』とあるように、ドタバタの入った、コミカルな「議論小説」だと言えるだろう。つまり『坊っちゃん』系の作品であり、坊っちゃんと山嵐の対話を抜き出して、俗世間批判をさせた作品だと言って良い。
だから、そうした意味では、いかにも夏目漱石らしい作品ではあるのだが、後期の作品に見られる「葛藤」が無く、その点では、いかにも物足りなくはあった。

次の「野分」は、「二百十日」に続いて翌年に発表された作品だが、明らかに後期の作品に通ずる「浮世のままならなさ」や「葛藤」などが前景化しており、ぐっと私の好みに近づいている。
つまり、主人公の一人である白井道也は、夏目漱石その人の「理想主義と実人生でのままならなさとの葛藤」をかなり率直に反映しており、「二百十日」までの滑稽味は、完全に影を潜めているのである。

言い換えれば、『』や『坊っちゃん』「二百十日」といった作品は、漱石の内面的な葛藤は表に出されることはなく、その「社会批評」性だけを前面に立てた作品だったと言えるだろう。

『坊っちゃん』と「二百十日」の間に位置する『草枕』は、そうした系統からは少しずれていて、語り手は一歩引いて「人間」を観察する人物(画家)に設定されていたが、その意味では、『草枕』は、漱石の後期への変化を予告する作品だったと言えるのかもしれない。

そうした意味では、「野分」は、漱石の「後期の始まり」を告げる作品だと言って良いだろう。
主人公の白井道也は、金銭的な不遇の中にも、その理想を貫こうとする理想主義的な人物として描かれており、その点では「初期」の「わかりやすさ」を残してはいる。
だが、その生活ぶりは、ひとつ転べは『こころ』の「先生」にもなってしまいかねない、危うさを持った人物であるのは明らかだ。

「野分」では、彼を慕う青年・高柳が、最後には白井の危機を救ってハッピーエンドとなるのだが、『こころ』では逆に、「先生」を慕う「私」が、「先生」を自殺させてしまうことになるのである。

だが、そこまで先走って論じることはないだろう。
本作「野分」では、漱石の初志たる、真っ直ぐな社会批判が、文字どおり「演説」のかたちで語られている。本作の白眉たる、白井道也の「演説シーン」である。

だからここでは、その演説シーンをそのまま引用して紹介したいと思う。

これを読めば、夏目漱石がどういう人で、世の中をどのように見て、どのような理想を抱きながら葛藤していたのかが、ハッキリとわかるはずだからだ。

『 ひょろながい道也先生は綿服(※ 着飾らずに平服)のまま壇上にあらわれた。かれはこの風の中を金釘の如く直立して来たのである。から風に吹き曝されたる彼は、からからの古瓢箪の如くに見える。聴衆は一度に手をたたく。手をたたくのは必ずしも喝采の意と解すべからざる場合がある。独り高柳君のみは粛然として襟を正した。
「自己は過去と未来の連鎖である」
 道也先生の冒頭は突如として来た。聴衆は一寸不意撃を食った。こんな演説の始め方は(※ 前例が)ない。
「過去を未来に送り込むものを旧派(※ 保守)と云い、未来を過去より救うものを新派(※ 革新)と云うのであります」
 聴衆は愈惑(いよいよ とまど)った。三百の聴衆のうちには、道也先生をひやかす目的を以て入場しているものがある。彼等に一寸の隙でも与えれば道也先生は壇上に嘲殺されねばならぬ。角力(すもう)は呼吸である。呼吸を計らんでひやかせば反(かえ)って自分が放り出されるばかりである。彼等は蛇の如く鎌首を持ち上げて待構えている。道也先生の眼中には道の一字がある。
「自己のうちに過去なしと云うものは、われに父母なしと云うが如く、自己のうちに未来なしと云うものは、われに子を生む能力なしというと一般である。わが立脚地はここに於て明瞭である。われは父母の為めに存在するか、われは子の為めに存在するか、或(あるい)はわれその物を樹立せんが為めに存在するか、吾人生存の意義はこの三者の一を離るる事が出来んのである」
 聴衆は依然として、だまっている。或は烟(けむ)に捲かれたのかも知れない。高柳君は成程と聴いている。
文芸復興(※ ルネサンス)は大なる意味に於て父母の為めに存在したる大時期である。十八世紀末のゴシック復活もまた大なる意味に於て父母の為めに存在したる小時期である。同時に(※ ウォルター・)スコット一派の浪漫派を生まんが為めに存在した時期である。即ち子孫の為めに存在したる時期である。自己樹立せんが為めに存在したる時期の好例はエリザベス朝の文学である。個人に就て云えばイブセン(※ ヘンリック・イプセン)である。メレヂス(※  ジョージ・メレディス)である。ニイチェ(※ ニーチェ)である。(※ ロバート・)ブラウニングである。耶蘇教徒は基督(キリスト)の為めに存在している。基督は古(いにし)えの人である。だから耶蘇教徒は父の為めに存在している。者は孔子の為めに生きている。孔子も昔(いにし)えの人である。だから儒者は父の為めに生きている。‥‥‥」
「もうわかった」と叫ぶものがある。
「中々わかりません」と道也先生が云う。聴衆はどっと笑った。
「袷(あわせ)は単衣(ひとえ)の為めに存在するですか、綿入の為めに存在するですか。又は自身の為めに存在するですか」と云って、一応聴衆を見廻した。笑うにはあまり、奇警である。慎しむにはあまり瓢(ひょう)きんである。聴衆は迷うた。
「むずかしい問題じゃ、わたしにもわからん」と済ました顔で云ってしまう。聴衆は又笑った。
「それはわからんでも差支(さしつかえ)ない。然し吾々は何の為めに存在しているか? これは知らなくてはならん。明治は四十年立った。四十年は短かくはない。明治の事業はこれで一段落を告げた‥‥‥」
「ノー、ノー」と云うものがある。
「どこかでノー、ノーと云う声がする。わたしはその人に賛成である。そう云う人があるだろうと思うて待っていたのである」
 聴衆は又笑った。
「いや本当に待っていたのである」
 聴衆は三たび関(とき)を揚げた。
「私は四十年の歳月を短かくはないと申した。成程住んでみれば長い。然し明治以外の人から見たらやはり長いだろうか。望遠鏡の眼鏡は一寸の直径である。然し愛宕山から見ると品川の沖がこの一寸のなかに這入ってしまう。明治の四十年を長いと云うものは明治のなかに齷齪(あくせく)しているものの云う事である。後世から見ればずっと縮まってしまう。ずっと遠くから見ると一弾指の間に過ぎん。一一 一弾指の間に何が出来る」と道也はテーブルの上をとんと敲いた。聴衆は一寸驚ろいた。
「政治家は一大事業をした積りでいる。学者も一大事業をした積でいる。実業家も軍人もみんな一大事業をした積でいる。した積でいるがそれは自分の積りである。明治四十年の天地に首を突き込んでいるから、した積りになるのである。一一 一弾指の間に何が出来る」
 今度は誰も笑わなかった。
「世の中の人は云うている。明治も四十年になる、まだ沙翁(※ シェイクスピア)が出ない、まだゲーテが出ない。四十年を長いと思えばこそ、そんな愚痴が出る。一弾指の間に何が出る」
「もうでるぞ」と叫んだものがある。
「もうでるかも知れん。然し今までに出ておらん事は確かである。一一 一言にして云えば」と句を切った。満場はしんとしている。
「明治四十年の日月は、明治開化の初期である。更に話を換えてこれを説明すれば今日の吾人(※ われわれ)は過去を有(も)たぬ開化のうちに生息している。従って吾人は過去を伝うべき為めに生れたのではない。一一時は昼夜を舎(す)てず流れる。過去のない時代はない。諸君誤解してはなりません。吾人は無論過去を有している。熱しその過去は耄碌(もうろく)した過去か、幼稚な過去である。則(のっ)とるに足るべき過去は何にもない。明治の四十年は先例のない四十年である」
 聴衆のうちにそうかなあと云う顔をしている者がある。
「先例のない社会に生れたもの程自由なものはない。余(※ わたし)は諸君がこの先例のない社会に生れたのを深く賀する(※  祝賀する)ものである」
「ひや、ひゃ」と云う声が所々に起る。
「そう早合点に賛成されては困る。先例のない社会に生れたものは、自から先例を作らねばならぬ。東縛のない自由を享けるものは、既に自由の為めに束縛されている。この自由を如何に使いこなすかは諸君の権利であると同時に大なる責任である。諸君。偉大なる理想を有せざる人の自由は堕落であります」
 言い切った道也先生は、両手を机の上に置いて満場を見廻した。雷が落ちた様な気
合(けはい)である。
「個人に就て論じてもわかる。過去を顧みる人は半白の老人である。少壮の人(※ 若者)に顧みるべき過去はない筈である。前途に大なる希望を抱くものは過去を顧みて恋々たる(※ 執着する)必要がないのである。一一吾人が今日生きている時代は少壮の時代である。過去を顧みる程に老い込んだ時代ではない。政治に伊藤侯(※ 伊藤博文侯爵)や山県候(※  山縣有朋侯爵)を顧みる時代ではない。実業に渋沢男(※ 渋沢栄一男爵)や岩崎男(※ 岩崎弥太郎男爵)を顧みる時代ではい。・・・・・・」
「大気焔」と評したのは高柳君の隣りに居た薩摩絣(※ を着た男)である。高柳君はむっとした。
「文学に紅葉氏(※ 尾崎紅葉)一葉氏(※ 樋口一葉)を顧みる時代ではない。これ等の人々は諸君の先例になるが為めに生きたのではない。諸君を生む為めに生きたのである。最前の言葉を用いればこれ等の人々は未来の為めに生きたのである。子の為めに存在したのである。しかして諸君は自己の為めに存在するのである。一一凡(およ)そ一時代にあって初期の人は子の為めに生きる覚悟をせねばならぬ。中期の人は自己の為めに生きる決心が出来ねばならぬ。後期の人は父の為めに生きるあきらめをつけなければならぬ。明治は四十年立った。まず初期と見て差支なかろう。すると現代の青年たる諸君は大(おおい)に自己を発展して中期をかたちづくらねばならぬ。後を顧みる必要なく、前を気遣う必要もなく、只自我を思(おもい)のままに発展し得る地位に立つ諸君は、人生の最大愉快を極むるものである」
 満場は何となくどよめき渡った。
「なぜ初期のものが先例にならん? 初期は最も不秩序の時代である。偶然の跋扈する時代である。僥倖の勢を得る(※ 幸運に恵まれる)時代である。初期の時代に於て名を揚げたるもの、家を起したるもの、財を積みたるもの、事業をなしたるものは必ずしも自己の力量に由って成功したとは云われぬ。自己の力量によらずして成功するは士(し)の尤(もっと)も耻辱とする所である。中期のものはこの点に於て遥かに初期の人々よりも幸福である。事を成すのが困難であるから幸福である。困難にも拘わらず僥倖が少ないから幸福である。困難にも拘わらず力量次第で思う所へ行ける程の余裕があり、発展の道があるから幸福である。後期に至るとかたまってしまう。只前代を祖述するより外に身動きがとれぬ。身動きがとれなくなって、人間が腐った時、又波瀾が起る。起らねば化石するより外に仕様がない。化石するのがいやだから、自から波瀾を起すのである。これを革命と云うのである。
「以上は明治の天下にあって諸君の地位を説明したのである。かかる愉快な地位に立つ諸君はこの愉快に相当する理想を養わねばならん」
 道也先生はここに於て一転語を下した。聴衆は別にひやかす気もなくなったとみえる。黙っている。
「理想は魂である。魂は形がないからわからない。只(ただ)人の魂の、行為に発現する所を見て髣髴(ほうふつ)するに過ぎん。惜しいかな現代の青年はこれを髣髴する事が出来ん。これを過去に求めてもない、これを現代に求めては猶更ない。諸君は家庭に在って父母を理想とする事が出来ますか」
 あるものは不平な顔をした。然しだまっている。
「学校に在って教師を理想とする事が出来ますか」
「ノー、ノー」
「社会に在って紳士を理想とする事が出来ますか」
「ノー、ノー」
「事実上諸君は理想を以ておらん。家に在っては父母を軽蔑し、学校に在っては教師を軽蔑し、社会に出でては紳士を軽蔑している。これ等を軽蔑し得るのは見識である。然しこれ等を軽蔑し得る為めには自己により大なる理想がなくてはならん。自己に何等の理想なくして他を軽蔑するのは堕落である。現代の青年は滔々として日に堕落しつつある」
 聴衆は少しく色めいた。「失敬な」とつぶやくものがある。道也先生は昂然として壇下を睥睨(へいげい)している。
「英国風を鼓吹して憚からぬものがある。気の毒な事である。己れに理想のないのを明かに暴露している。日本の青年は滔々として日に堕落するにも拘わらず、未だ此所までは堕落せんと思う。凡ての理想は自己の魂である。うちより出ねばならぬ。奴隷の頭脳に雄大な理想の宿りようがない。西洋の理想に圧倒せられて眼がくらむ日本人はある程度に於て皆奴隷である。奴隷を以て甘んずるのみならず、争って奴隷たらんとするものに何等の理想が脳裏に酸酵し得る道理があろう。
「諸君。理想は諸君の内部から湧き出なければならぬ。諸君の学問見識が諸君の血となり肉となり遂に諸君の魂となった時に諸君の理想は出来上るのである。付焼刃は何にもならない」
 道也先生はひやかされるなら、ひやかしてみろと云わぬばかりに片手の拳骨をテーブルの上に乗せて、立っている。汚ない黒木綿の羽織に、べんべらの襟ば最前程に目立たぬ。風の音がごうと鳴る。
「理想のあるものは歩く可(べ)き道を知っている。大なる理想のあるものは大なる道をあるく。迷子とは違う。どうあってもこの道をあるかねば巳(や)まぬ。迷いたくても迷えんのである。魂がこちらこちらと教えるからである。
「諸君のうちには、どこまで歩く積りだと聞くものがあるかも知れぬ。知れた事である。行ける所まで行くのが人生である。誰しも自分の寿命を知ってるものはない。自分に知れない寿命は他人には猶更わからない。医者を家業にする専門家でも人間の寿命を勘定する訳には行かね。自分が何歳まで生きるかは、生きたあとで始めて言う可き事である。八十歳まで生きたと云う事は八十歳まで生きた事実が証拠立ててくれねはならん。仮定(たとい)八十歳まで生きる自信があって、その自信通りになる事が明瞭であるにしても、現に生きたと云う事実がない以上は誰も信ずるものはない。従って言うべきものでない。理想の黙示を受けて行くべき道を行くのもその通りである。自己がどれ程に自己の理想を現実にし得るかは自己自身にさえ計られん。過去がこうであるから、未来もこうであろうぞと臆測するのは、今まで生きていたから、これからも生きるだろうと速断する様なものである。一種の山である。成功を目的にして人生の街頭に立つものは凡て山師である」
 高柳君の隣りに居た薩摩絣は妙な顔をした。
「社会は修羅場である。文明の社会は血を見ぬ修羅場である。四十年前の志士は生死の間に出入して維新の大業を成就した。諸君の冒すべき危険は彼等の危険より恐ろしいかも知れぬ。血を見ぬ修羅場は砲声劔光の修羅場よりも、より深刻に、より悲惨である。諸君は覚悟をせねばならぬ。勤王の志士以上の覚悟をせねばならぬ。斃(たお)るる覚悟をせねばならぬ。太平の天地だと安心して、拱手して成功を冀(こいねが)う輩は、行くべき道に躓いて非業に死したる失敗の児よりも、人間の価値は遥かに乏しいのである。
「諸君は道を行かんが為めに、道を遮ぎるものを追わねばならん。彼等と戦うときに始めて、わが生涯の内生命に、勤王の諸士が敢てしたる以上の頃悶と辛惨とを見出し得るのである。一一今日は風が吹く。昨日も風が吹いた。この頃の天候は不穏である。然し胸裏の不穏はこんなものではない」
 道也先生は、がたつく硝子窓を通して、往来の方を見た。折から一陣の風が、会釈なく往来の砂を捲き上げて、屋の棟に突き当って、虚空を高く逃れて行った。
「諸君。諸君のどれ程に剛健なるかは、わたしには分らん。諸君自身にも知れぬ。只天下後世が証拠だてるのみである。理想の大道を行き尽して、途上に斃るる刹那に、わが過去を一瞥(いちべつ)のうちに縮め得て始めて合点が行くのである。諸君は諸君の事業そのものに由(よ)って伝えられねばならぬ。単に諸君の名に由って伝えられんとするは軽薄である」
 高柳君は何となく局(きま)りがわるかった。道也の輝やく眼が自分の方に注いでいる様に思(おもわ)れる。
「理想は人によって違う。吾々は学問をする。学問をするものの理想は何であろう」
 聴衆は黙然として応ずるものがない。
「学問をするものの理想は何であろうとも一一金でない事だけは慥(たし)かである」
 五六カ所に笑声が起る。道也先生の裕福ならぬ事はその服装を見たものの心から取り除けられぬ事実である。道也先生は羽織のゆきを左右の手に引っ張りながら、まず徐(おもむろ)にわが右の袖を見た。光に眼を転じて又徐ろにわが左の袖を見た。黒木綿の織目のなかに砂が一杯たまっている。
「随分きたない」と落ち付き払って云った。
 笑声が満場に起る。これはひやかしの笑声ではない。道也先生はひやかしの笑声を好意の笑声で揉み潰したのである。
「先達(せんだっ)て学問を専門にする人が来て、私も妻をもろうて子が出来た。これから金を溜めねばならね。是非とも子供に立派な教育をさせるだけは今のうちに貯蓄して置かねばならん。然しどうしたら貯蓄が出来るでしょうかと聞いた。
「どうしたら学問で金がとれるだろうと云う質問程馬鹿気た事はない。学問は学者になる(※ ための)ものである。金になるものではない。学問をして金をとる工夫を考えるのは北極へ行って虎狩をする様なものである」
 満場は又一寸どよめいた。
「一般の世人は労力と金の関係に就て大なる誤認を有している。彼等は相応の学問をすれば相応の金がとれる見込のあるものだと思う。そんな条理は成立する訳がない。学問は金に遠ざかる器械である。金がほしければ金を目的にする実業家とか商買人になるがいい。学者と町人とはまるで別途の人間であって、学者が金を予期して学問をするのは、町人が学問を目的にして丁稚に住み込む様なものである」
「そうかなあ」と突飛な声を出す奴がいる。聴来はどっと笑った。道也先生は平然として笑(わらい)のしずまるのを待っている。
「だから学問のことは学者に聞かなければならん。金が欲しければ町人の所へ持って行くより外に致し方はない」
「金が欲しい」とまぜ返えす奴が出る。誰だかわからない。道也先生は「欲しいでしよう」と云ったぎり進行する。
「学問即ち物の理がわかると云う事と生活の自由即ち金があると云う事とは独立して関係のないのみならず、反(かえ)って反対のものである。学者であればこそ金がないのである。金を取る(※ 金儲けをしようと思う)から学者にはなれないのである。学者は金がない代りに物の理がわかるので、町人は理窟がわからないから、その代りに金を儲ける」
 何か云うだろうと思って道也先生は二十秒程絶句して待っている。誰も何も云わない。
「それを心得んで金のある所には理窟(※ 道理)もあると考えているのは愚の極である。しかも世間一般はそう誤認している。あの人は金持ちで世間が尊敬しているからして理窟もわかっているに違ない、カルチュアー(※ 教養)もあるに極(きま)っていると一一こう考える。ところがその実はカルチュアーを受ける暇がなければこそ金をもうける時間が出来たのである。自然は公平なもので一人の男に金ももうけさせる、同時にカルチュアーも授けると云う程贔屓にはせんのである。この見やすき道理も弁ぜずして、かの金持ち共は己惚れて‥‥‥」
「ひや、ひゃ」「焼くな」「しっ、しっ」大分賑やかになる。
「自分達は社会の上流に位して一般から尊敬されているからして、世の中に自分程理窟に通じたものはない。学者だろうが、何だろうが己(おれ)に頭をさげねばならんと思うのは憫然の次第で、彼等がこんな考(かんがえ)を起す事自身がカルチュアーのないと云う事実を証明している」
 高柳君の眼は輝やいた。血が双頬に上ってくる。
「訳のわからぬ彼等が己惚(うぬぼれ)は到底済度すべからざる(※ 救いようがない)事とするも、天下社会から、彼等の己惚を尤(もっと)もだと是認するに至っては愛想の尽きた不見識と云わねばならぬ。よく云う事だが、あの男もあの位な社会上の地位にあって相応の財産も所有している事だから万更そんな訳のわからない事もなかろう。豈計らんやある場合には、そんな社会上の地位を得て相当の財産を有しておればこそ訳がわからないのである」
 高柳君は(※ 結核による)胸の苦しみを忘れて、ひやひやと手を打った。隣の薩摩絣はえへんと嘲弄的な咳払(せきばらい)をする。
「社会上の地位は何できまると云えば一一色々ある。第一カルチュアーで極る場合もある。第二門閥で極まる場合もある。第三には芸能で極る場合もある。最後に金できまる場合もある。しかしてこれは尤も多い。かように色々の標準があるのを混同して、金で相場がきまった男を学問で相場がきまった男と相互に通用し得る様に考えている。ほとんど盲目同然である」
 エヘン、エヘンと云う声が散らばって五六カ所に起る。高柳君は口を結んで、鼻から呼吸をはずませている。
「金で相場の極まった男は金以外に融通は利かぬ筈である。金はある意味に於て貴重かも知れぬ。彼等はこの貴重なものを擁しているから世の尊敬を受ける。よろしい。そこまでは誰も異存はない。然し金以外の領分に於て彼等は幅を利かし得る人間ではない、金以外の標準を以て社会上の地位を得る人の仲間入は出来ない。もしそれが出来ると云えば学者も金持ちの領分へ乗り込んで金銭本位の区域内で威張っても好い訳になる。彼等はそうはさせね。然し自分だけは自分の領分内に大人しくしている事を忘れて他の領分までのさばり出ようとする。それが物のわからない、好い証拠である」
 高柳君は腰を半分浮かして拍手をした。人間は真似が好である。高柳君に誘い出されて、ぱちぱちの声が四方に起る。冷笑党は勢(いきおい)の不可なるを知って黙した。
「金は労力の報酬である。だから労力を余計にすれば金は余計にとれる。ここまでは世間も公平である。(否これすらも不公平な事がある。相場師などは労力なしに金を攫(つか)んでいる)然し一歩進めて考えてみるが好い。高等な労力に高等な報酬が伴うであろうか一一諸君どう思います一一返事がなければ説明しなければならん。報酬なるものは眼前の利害に尤も影響の多い事情だけで極められるのである。だから今の世でも教師の報酬は小商人の報酬よりも少ないのである。眼前以上の遠い所高い所に労力を費やすものは、いかに将来の為めになろうとも、国家の為めになろうとも、人類の為めになろうとも報酬は、愈(いよいよ)滅ずるのである。だによって労力の高下では報酬の多寡はきまらない。金銭の分配は支配されておらん。従って金のあるものが高尚な労力をしたとは限らない。換言すれば金があるから人間が高尚だとは云えない。金を目安にして人物の価値をきめる訳には行かない」
 滔々として述べて来た道也は一寸ここで切って、満場の形勢を観望した。活版に押した演説は生命がない。道也は相手次第で、どうとも変わる積(つもり)である。満場は思ったより静かである。
「それを金があるからと云うて無暗にえらがるのは間違っている。学者と喧嘩する資格があると思ってるのも間違っている。気品のある人々に頭を下げさせる積でいるのも間違っている。一一少しは考えてもみるがいい。いくら金があっても病気の時は医者に降参しなければなるまい。金貨を煎じて飲む訳には行かない‥‥‥」
 あまり熱心な滑稽なので、思わず噴き出したものが三四人ある。道也先生は気がついた。
「そうでしょう一一金貨を煎じたって下痢はとまらないでしょう。一一だから御医者に頭を下げる。その代り御医者は一一金に頭を下げる」
 道也先生はにやにやと笑った。聴衆も大人しく笑う。
「それで好いのです。金に頭を下げて結構です一一然し金持はいけない。医者に頭を下げる事を知ってながら、趣味とか、嗜好とか、気品とか人品とか云う事に関して、学問のある、高尚な理窟のわかった人に頭を下げることを知らん。のみならず却(かえ)って金の力で、それ等の頭をさげさせようとする。一一目蛇に怖じずとはよく云ったものですねえ」
と急に会話調になったのは曲折があった。
「学問のある人、訳のわかった人は金持が金の力で世間に利益を与うると同様の意味に於て、学問を以て、わけの分った所を以て社会に幸福を与えるのである。だからして立場こそ違え、彼等は到底冒し得べからざる地位に確たる尻を据えているのである。
「学者がもし金銭問題にかかれば、自己の本領を棄てて他の縄張内に這入るのだから、金持ちに頭を下げるが順当であろう。同時に金以上の趣味とか文学とか人生とか社会とか云う問題に関しては金持ちの方が学者に恐れ入って来なければならん。今、学者と金持の間に葛藤が起るとする。単に金銭問題ならば学者は初手から無能力である。然しそれが人生問題であり、道徳問題であり、社会問題である以上は彼等金持は最初から口を開く権能のないものと覚悟をして絶対的に学者の前に服従しなければならん。岩崎は別荘を立て連らねる事に於て天下の学者を圧倒しているかも知れんが、社会、人生の問題に関しては小児と一般(※ 同様)である。十万坪の別荘を市の東西南北に建てたから天下の学者を凹(へこ)ましたと思うのは凌雲閣を作ったから仙人が恐れ入ったろうと考える様なものだ‥‥‥」
 聴衆は道也の勢と最後の一句の奇警なのに気を奪われて黙っている。独り高柳君がたまらなかったと見えて大きな声を出して喝采した。
「商人が金を儲ける為めに金を使うのは専門上の事で誰も容喙が出来ぬ。然し商買上に使わないで人事上にその力を利用するときは、訳のわかった人に聞かねばならぬ。そうしなければ社会の悪を自ら醸造して平気でいる事がある。今の金持の金のある一部分は常にこの目的に向って使用されている。それと云うのも彼等自身が金の主であるだけで、他の徳、芸の主でないからである。学者を尊敬する事を知らんからである。いくら教えても人の云う事が理解出来んからである。災(わざわい)は必ず己れに帰る。彼等は是非とも学者文学者の云う事に耳を傾けねばならぬ時期がくる。耳を傾けねば社会上の地位が保てぬ時期がくる」
 聴界は一度にどっと鬨(とき)を揚げた。高柳君は肺病にも拘(かかわ)らずたも尤なる鬨を揚げた。生れてから始めてこんな痛快な感じを得た。襟巻に半分顔を包んでから風のなかをここまで来た甲斐はあると思う。
 道地先生は予言者の如く凛として壇上に立っている。吹きまくる木枯は屋を撼(うご)かして去る。』(P260〜278)

偉大なる理想を有せざる人の自由は堕落であります』(P264)

と、道也先生は断ずる。

『「どうしたら学問で金がとれるだろうと云う質問程馬鹿気た事はない。』(P271)一一から始まる議論において、道也先生は、「学者」が代表する「学問、カルチャー(教養)、倫理」等と、「金持ち」が代表する「金銭(財力)」とは、完全に別物であるとも断ずる。

だが、こうした当たり前の話が、「資本主義」の全面展開によって、今ほど失われた時代も、またとないだろう。

現代人は、金品に恵まれた生活を手にすることで、知性を失ったから、そんなことにすら気づかないのだ。

今は、後期の時代だから、物事は簡単には動かせないだろう。
だが私は、高柳君と同様に、道也先生と同じ道を、行けるところまで歩きたいと願っている。


(2025年7月31日)

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