内田百閒 『冥途・旅順入城式』 : 夢の文法
夢というものに、昔から興味をもっている。
なぜなのだろうと考えてみると、それはたぶん、夢の法則性がわからないためだ。
「なぜ、このパターンの夢ばかりをみるのか?」
「どうして、嫌な夢の方が多いのか?」
「なぜ、ごくまれに楽しい夢を見るのか? その前日にかぎって何か良いことがあったわけでも、特別な条件があったとも思えないのに…」
「なぜ、夢だと気づいた時に、夢を意識的にコントロール出来ないのか?」
こんなことをいろいろ考えてきた。
一一要は、できれば楽しい夢を見たいのに、なかなかそれを見ることがない。
夢というのは、現実にはあり得ないことや普通は会いたくても会えない人に会えるのだから、思いどおりの夢が見られたなら、こんなに楽しいことはない。
SF小説などでは、思いどおりの夢が見られるドリーム・マシーンのようなものが、よく登場する。
私の好きなSF作家、フィリップ・K・ディックの作品にも「夢(と現実)」をテーマにした作品が多くて、たいていは「楽しい夢」の中に、登場するはずのない「不穏な影」が侵入してきて、物語は動き出すことになる。つまり、楽しいばかりの夢というのは、なかなか見られず、悪夢めいたものの方がむしろ多い。たぶん、これは私ひとりの話ではないだろう。
夢というのを、あれこれ自分なりに考えてみたり、心理学の本を読んだりして、それなりに夢の構造は理解しているつもりなのだが、だからといって、夢がコントロールできるようになるわけではない。
気まぐれな夢の、気まぐれの理由が理解できたとしても、それで夢の性格を変えることはできないからであろう。
しかしながら、だからといって夢への興味を失うことはない。興味を持とうが持つまいが、夢は勝手に訪れて、私を放置しておいてはくれない。どうせ、避けられないものなら、やはり楽しくつきあいたいではないか。
夢というのは、ある意味では「気まぐれな美女」に似ていると言えるかもしれない。
女性の立場に立っていえば、「気まぐれな美男」ということに、なるのかどうかは、男の私にはよくわからないが、ただ、こちらの意のままにならないからこそ、魅力的だというようなことはありそうだ。
コレクターにとっては、どんなに素晴らしいものでも、安くていくらでも売ってるものでは、あまりありがた味がないというのと、同じことなのかもしれない。有り難くないから、ありがたくないのである。
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内田百閒の『冥途』と『旅順入城式』は、いずれも「夢文学」の作品集である。
『冥途』は百閒の第一著書であり、それから10年を隔てて刊行されたのか『旅順入城式』だ。『旅順入城式』の方には、いくつか「短編小説」も含まれているが、両書ともに(いわゆる「ショートショート」のど短くはないが)基本的には掌編集と考えてよい。
夢というのは、おおむね「掌編」的にシンプルな内容のものだからだろう。
本書、岩波文庫『冥途・旅順入城式』は、内田百閒の夢文学の主たる二著を合わせたものだが、他にも同趣向の短編または掌編を百閒は書いている。
だが、それは「夢文学」なのか、当たり前に「幻想小説」と呼ぶべきなのか、そのあたりの線引きは不可能だ。
だから、ひとまず本書を読めば、百閒の「夢文学」のめぼしいものは読んだ、とは言えるだろう。

なにしろ掌編集だから、収録作品数は多い。したがって、全部が傑作だとは言いがたく、当然のことながら、当たりはずれはある。
いかにも見事に夢の雰囲気を再現した傑作もあれば、「これは作りすぎだな」という作品もある。
だが、すべてではないにしろ、この一冊に、稀有な「夢文学」作品が含まれているのは事実なのだから、夢に興味のある人は、本書を読まないという手はない。
周知のごとく、内田百閒は、夏目漱石に師事した人である。百閒は、漱石のことをとても尊敬していた。
だから、百閒の夢文学は、夏目漱石の『夢十夜』直系の作品だと言われているし、事実その通りで、よく似た作品もある。
ただ、漱石の場合は『夢十夜』という夢文学の傑作を残しながら、それ以上は、そうした趣向の作品を残さなかった。
作家としての活動期間が意外に短かったということもあるだろう。だが、その短期間でどんどんと進化していった漱石文学の方向性とは、人生というものを凝視するところへと進むものだったから、長生きしたとしても『夢十夜』のような作品を再び書く機会は、あまり無かったのではないだろうか。
それに比べれば、百閒は長生きしたし、多くの著作を遺した。
その中で、夢文学や幻想文学が占める割合が多いとは言えないものの、それは総量が多いから、その比率が低いというだけで、作品数的には、結構たくさん書いてくれていると言えるだろう。
未確認ではあるけれども、内田百閒という人は、漱石とは違い、生涯、夢というものに、一定の興味を持ち続けたのではないかと思う。
というのも、内田百閒は、夏目漱石に憧れて、その弟子になったような人だったのだが、その人柄というか、性向というのは、だいぶ違っていたようなのだ。
漱石は真面目で憂鬱症的な人だったが、百閒の場合はその晩年まで、ある意味で子供のように呑気な人だったようである。だから、夢への興味も、細く長く持続したのではないだろうか。
漱石の場合は、夢にこだわっているような余裕は無かったように思われる。
ともあれ、他人がどのような夢を見ているのかは、とうて窺い知れない。
夢の「ストーリー」を知ることは出来ても、その「雰囲気」を知ることは出来ない。
だが、夢において肝心なのは「ストーリー」ではなく、「雰囲気」なのだ。
例えば、夢の中に、理想的な美女なり美男なりが登場したとしても、その夢が楽しいものになるとは限らない。
その美女なり美男なりが、私に好意を示してくれるようなものなら、滅多にない楽しい夢にもなるのだろうが、あいにくと多くの場合は、彼女らは、私に冷たかったり、振り向いてもくれなかったり、他の人に好意を示したりして、こちらを苦しめる。一一そういった展開の方が、明らかに多いのだ。
夢においては「ストーリーよりも雰囲気が大事」だという私の「夢」理論によれば、「夢」とは、その「中身(ストーリー)」によって、こちらの感情、楽しかったり辛かったりというのが喚起されるというのではなく、先に何らかの「気分=雰囲気」があり、それに合わせて、いろいろな要素が掻き集められてきて「ストーリー」らしきものを構成する、そんなものだと私は考えている。つまり、一言でいえば「まず、雰囲気ありき」なのである。
その証拠に「楽しい夢」であれ「嫌な夢」であれ、その具体的な「ストーリー」や「登場要素」は、客観的に考えれば、特別に「楽しいもの」でもなければ「嫌なもの」でもない場合が多いのだ。ただ、その他愛のないもの、あるいはストーリーを、楽しく感じたり、嫌に感じたりする私がいるだけなのだ。
つまり、これは「ストーリー」や「登場要素」の与える好悪以前に、すでに私は「好悪の感情」を持っており、それに合わせて、無意識の中から、さまざまな要素が、ほとんどイレギュラーに持ち出されてきて、「ストーリー」が構築されるというようなことなのではないだろうか。
一一私は、そのようなものとして、「夢」を理論化している。
したがって、他人の夢の「ストーリー」をいくら聞かされたところで、その夢の本質をつかむことは出来ない、ということになる。
実際、小説においても、こうした夢の「雰囲気」が出せるかどうかが勝負なのであって、見るからに怖い化け物を登場させれば、それで怖い小説になるかと言えば、そうはならない、というのと同じことであろう。
肝心なのは「登場要素」でも「ストーリー」でもなく、「場の雰囲気」を描き出すことなのだ。描写力とは「見えないものを描く力」なのである。
そして、そうした点において、内田百閒の「夢文学」はかなりの達成度を実現していると、私は高く評価している。
すべてがというわけではないけれども、「夢」というものを見事にとらえている作品が少なくない。
だが、だからこそ、その「とらえられた夢」の性格を説明するのは困難である。その説明もまた、夢を説明するようなものだからだ。
だから、以下では、百閒の代表作のひとつである「件(くだん)」を紹介したい。『冥途』所収の作品だ。
それを丸ごと紹介しても、大した分量ではないので、ヘタな説明をするより、よほど手っ取り早い。
で、これを読んで「面白い」と思った人は、本書を読めばよいと思う。
また、これが面白いと感じなければ、たぶん他の作品も、あまり面白くはないだろう。きっとその人は、世界に求めているものが、どこか違うのであろうし、見ている夢も、違った性質(雰囲気)のものなのではないかと思われる。
件(くだん)
黄色い大きな月が向うに懸かっている。色計(ばか)りで光がない。夜かと思うとそうでもないらしい。後の空には蒼白い光が流れている。日がくれたのか、夜が明けるのか解らない。黄色い月の面を、蜻蛉が一匹浮く様に飛んだ。黒い影が月の面から消えたら、蜻蛉はどこへ行ったのか見えなくなってしまった。私は見果てもない広い原の真中に立っている。軀(からだ)がびっしょりぬれて、尻尾の先からぽたぽたと雫が垂れている。件の話は子供の折に聞いた事はあるけれども、自分がその件になろうとは思いもよらなかった。からだが牛で顔丈(だけ)人間の浅間しい化物に生まれて、こんな所にぼんやり立っている。何の影もない広野の中で、どうしていいか解らない。何故こんなところに置かれたのだか、私を生んだ牛はどこへ行ったのだか、そんな事は丸でわからない。
そのうちに月が青くなって来た。後の空の光りが消えて、地平線にただ一筋の、帯程の光りが残った。その細い光りの筋も、次第次第に幅が残まって行って、到頭消えてなくなろうとする時、何だか黒い小さな点が、いくつもいくつもその光りの中に現われた。見る見る内に、その数がふえて、明かりの流れた地平線一帯にその点が並んだ時、光りの幅がなくなって、空が暗くなった。そうして月が光り出した。その時始めて私はこれから夜になるのだなと思った。今光りの消えた空が西だと云う事もわかった。からだが次第に乾いて来て、背中を風が渡る度に、短かい毛の戦(そよ)ぐのがわかる様になった。月が小さくなるにつれて、青い光りは遠くまで流れた。水の底の様な原の真中で、私は人間でいた折の事を色色と思い出して後悔した。けれども、その仕舞の方はぼんやりしていて、どこで私の人間の一生が切れるのだかわからない。考えて見ようとしても、丸で摑まえ所のない様な気がした。私は前足を折って寝て見た。すると、毛の生えていない顎に原の砂がついて、気持がわるいから又起きた。そうして、ただそこいらを無闇に歩き廻ったり、ぼんやり立ったりしている内に夜が更けた。月が西の空に傾いて、夜明けが近くなると、西の方から大浪の様な風が吹いて来た。私は風の運んで来る砂のにおいを嗅ぎながら、これから件に生まれて初めての日が来るのだなと思った。すると、今迄うっかりして思い出さなかった恐ろしい事を、ふと考えついた。件は生まれて三日にして死し、その間に人間の言葉で、未来の凶福を予言するものだと云う話を聞いている。こんなものに生まれて、何時迄生きていても仕方がないから、三日で死ぬのは構わないけれども、予言するのは困ると思った。第一何を予言するんだか見当もつかない。けれども、幸いこんな野原の真中にいて、辺りに誰も人間がいないから、まあ黙っていて、この儘死んで仕舞おうと思う途端に西風が吹いて、遠くの方に何だか騒騒しい人声が聞こえた。驚いてその方を見ようとすると、又風が吹いて、今度は「彼所(あすこ)だ、彼所だ」と云う人の声が聞こえた。しかもその声が聞き覚えのある何人(たれ)かの声に似ている。
それで昨日の日暮れに地平線に現われた黒いものは人間で、私の予言を聞きに夜通しこの広野を渡って来たのだと云う事がわかった。これは大変だと思った。今のうち捕まらない間に逃げるに限ると思って、私は東の方へ一生懸命に走り出した。すると間もなく東の空に蒼白い光が流れて、その光が見る見る内に白けて来た。そうして恐ろしい人の群が、黒雲の影の動く様に、此方へ近づいているのがありありと見えた。その時、風が東に変って、騒騒しい人声が風を伝って聞こえて来た。「彼所だ、彼所だ」と云うのが手に取る様に聞こえて、それが失っ張り誰かの声に似ている。私は驚いて、今度は北の方へ逃げようとすると、又北風が吹いて、大勢の人の群が「彼所だ、彼所だ」と叫びながら、風に乗って私の方へ近づいて来た。南の方へ逃げようとすると南風に変って、矢っ張り見果てもない程の人の群が私の方に迫っていた。もう逃げられない。あの大勢の人の群は、皆私の口から一言の予言を聞く為に、ああして私に近づいて来るのだ。もし私が件でありながら、何も予言しないと知ったら、彼等はどんなに怒り出すだろう。三日目に死ぬのは構わないけれども、その前にいじめられるのは困る、逃げ度い、逃げ度いと思って地団駄をふんだ。西の空に黄い月がぼんやり懸かって、ふくれている。昨夜の通りの景色だ。私はその月を眺めて、途方に暮れていた。
夜が明け離れた。
人人は広い野原の真中に、私を遠巻きに取り巻いた。恐ろしい人の群れで、何千人だか何万人だかわからない。其中の何十人かが、私の前に出て、忙しそうに働き出した。材木を担ぎ出して来て、私のまわりに広い柵をめぐらした。それから、その後に足代を組んで、桟敷をこしらえた。段段時間が経って、午頃になったらしい。私はどうする事も出来ないから、ただ人人のそんな事をするのを眺めていた。あんな仕構えをして、これから三日の間、じっと私の予言を待つのだろうと思った。なんにも云う事がないのに、みんなからこんなに取り巻かれて、途方に暮れた。どうかして今の内に逃げ出したいと思うけれども、そんな隙もない。人人は出来上がった桟敷の階段に上って行って、桟敷の上が、見る見るうちに黒くなった。上り切れない人人は、桟敷の下に立ったり、柵の傍に蹲跼(かが)んだりしている。暫らくすると、西の方の桟敷の下から、白い衣物を着た一人の男が、半挿(はんぞう)の様なものを両手で捧げて、私の前に静静と近づいて来た。辺りは森関と静まり返っている。その男は勿体らしく進んで来て、私の直ぐ傍に立ち止まり、その半挿を地面に置いて、そうして帰って行った。中には奇麗な水が一杯はいっている。飲めと云う事だろうと思うから、私はその方に近づいて行って、その水を飲んだ。
すると辺りが俄(にわか)に騒がしくなった。「そら、飲んだ飲んだ」と云う声が聞こえた。
「愈(いよいよ)飲んだ。これからだ」と云う声も聞こえた。
私はびっくりして、辺りを見廻した。水を飲んでから予言するものと、人人が思ったらしい。けれども、私は何も云う事がないのだから、後を向いて、そこいらをただ歩き廻った。もう日暮れが近くなっているらしい。早く夜になって仕舞えばいいと思う。
「おや、そっぽを向いた」とだれかが驚いた様に云った。
「事によると、今日ではないのかも知れない」
「この様子だと余程重大な予言をするんだ」
そんな事を云ってる声のどれにも、私はみんな何所となく聞き覚えのある様な気がした。そう思ってぐるりを見ていると、棚の下に蹲踞んで一生懸命に私の方を見ている男の顔に見覚えがあった。始めは、はっきりしなかったけれども、見ているうちに、段段解って来る様な気がした。それから、そこいらを見廻すと、私の友達や、親類や、昔学校で教わった先生や、又学校で教えた生徒などの顔が、ずらりと棚のまわりに並んでいる。それ等が、みんな他を押しのける様にして、一生懸命に私の方を見詰めているのを見て、私は厩な気持になった。
「おや」と云ったものがある。「この件は、どうも似てるじゃないか」
「そう、どうもはっきり判らんね」と答えた者がある。
「そら、どうも似ている様だが、思い出せない」
私はその話を聞いて、うろたえた。若し、私のこんな毛物になっている事が、友達に知れたら、恥ずかしくてこうしてはいられない。あんまり顔を見られない方がいいと思って、そんな声のする方に顔を向けない様にした。
いつの間にか日暮れになった。黄色い月がぼんやり懸かっている。それが段段青くなるに連れて、まわりの桟敷や棚などが、薄暗くぼんやりして来て、夜になった。
夜になると、人人は棚のまわりで織火をたいた。その焰が夜通し月明かりの空に流れた。人人は寝もしないで、私の一言を待ち受けている。月の面を赤黒い色に流れていた篝火の煙の色が次第に黒くなって来て、月の光は褪せ、夜明けの風が吹いて来た。そうして、また夜が明け離れた。夜のうちにまた何千人と云う人が、原を渡って来たらしい。柵のまわりが、昨日よりも騒騒しくなった。頻りに人が列の中を行ったり来たりしている。昨日よりは穏やかならぬ気配なので、私は漸(ようや)く不安になった。
間もなく、また白い衣物を着た男が、半挿を捧げて、私に近づいて来た。半挿の中には、矢張り水がはいっている。白い衣物の男は、うやうやしく私に水をすすめて帰って行った。私は欲しくもないし、又飲むと何か云うかと思われるから、見向きもしなかった。
「飲まない」と云う声がした。
「黙っていろ。こう云う時に口を利いてはわるい」と云ったものがある。
「大した予言をするに違いない。こんなに暇取るのは余程の事だ」と云ったのもある。
そうして後がまた騒騒しくなって、人が頻りに行ったり来たりした。それから白衣の男が、幾度も幾度も水を持って来た。水を持って来る間は、辺りが森閑と静かになるけれども、その半挿の水を私が飲まないのを見ると、周囲の騒ぎは段段にひどくなって来た。そして、益(ますます)頻繁に水を運んで来た。その水を段段私の鼻先につきつける様に近づけてきた。私はうるさくて、腹が立って来た。その時又一人の男が半挿を持って近づいて来た。私の傍まで来ると暫らく立ち止まって私の顔を見詰めていたが、それから又つかつかと歩いて来て、その半挿を無理矢理に私の顔に押しつけた。私はその男の顔にも見覚えがあった。だれだか解らないけれども、その顔を見ていると、何となく腹が立って来た。
その男は、私が半挿の水を飲みそうにもないのを見て、忌ま忌ましそうに舌打ちをした。
「飲まないか」とその男が云った。
「いらない」と私は怒って云った。
すると辺りに大変な騒ぎが起こった。驚いて見廻すと、桟敷にいたものは桟敷を飛び下り、棚の廻りにいた者は柵を乗り越えて、恐ろしい声をたてて罵り合いながら、私の方に走り寄って来た。
「口を利いた」
「到頭口を利いた」
「何と云ったんだろう」
「いやこれからだ」と云う声が入り交じって聞こえた。
気がついて見ると、又黄色い月が空にかかって、辺りが薄暗くなりかけている。いよいよ二日目の日が暮れるんだ。けれども私は何も予言することが出来ない。だが又格別死にそうな気もしない。事によると、予言するから死ぬので、予言をしなければ、三日で死ぬとも限らないのかも知れない、それではまあ死なない方がいい、と俄に命が惜しくなった。その時、駆け出して来た群衆の中の一番早いのは、私の傍迄近づいて来た。すると、その後から来たのが、前にいるのを押しのけた。その後から来たのが、又前にいる者を押しのけた。そうして騒ぎながらお互に「静かに、静かに」と制し合っていた。私はここで捕まったら、群衆の失望と立腹とで、どんな目に合うか知れないから、どうかして逃げ度いと思ったけれども、人垣に取り巻かれてどこにも逃げ出す隙がない。騒ぎは次第にひどくなって、彼方此方に悲鳴が聞こえた。そうして、段段に人垣が狭くなって、私に迫って来た。私は恐ろしさで立ってもいてもいられない。夢中でそこにある半挿の水をのんだ。その途端に、辺りの騒ぎが一時に静まって、森閑として来た。私は、気がついてはっと思ったけれども、もう取り返しがつかない、耳を澄ましているらしい人人の顔を見て、猶(なお)恐ろしくなった。全身に冷汗がにじみ出した。そうして何時迄も私が黙っているから、又少しずつ辺りが騒がしくなり始めた。
「どうしたんだろう、変だね」
「いやこれからだ、驚くべき予言をするに違いない」
そんな声が聞こえた。しかし辺りの騒ぎはそれ丈で余り激しくもならない。気がついて見ると、群衆の間に何となく不安な気配がある。私の心が少し落ちついて、前に人垣を作っている人人の顔を見たら、一番前に食(は)み出しているのは、どれも是も皆私の知った顔計りであった。そうしてそれ等の顔に皆不思議な不安と恐怖の影がさしている。それを見ているうちに、段段と自分の恐ろしさが薄らいで心が落ちついて来た。急に咽喉が乾いて来たので、私は又前にある半挿の水を一口のんだ。すると又辺りが急に水を打った様になった。今度は何も云う者がない。人人の間の不安の影が益濃くなって、皆が呼吸をつまらしているらしい。暫らくそうしているうちに、どこかで不意に、
「ああ、恐ろしい」と云った者がある。低い声だけれども、辺りに響き渡った。
気がついて見ると、何時の間にか、人垣が少し広くなっている。群衆が少しずつ後しさりをしているらしい。
「己(おれ)はもう予言を聞くのが恐ろしくなった。この様子では、件はどんな予言をするか知れない」と云った者がある。
「いいにつけ、悪いにつけ、予言は聴かない方がいい。何も云わないうちに、早くあの件を殺してしまえ」
その声を聞いて私はにした。殺されては堪らないと思うと同時に、その声はたしかに私の生み遺した倅(せがれ)の声に違いない。今迄聞いた声は、聞き覚えのある様な気がしても、何人(たれ)の声だとはっきりは判らなかったが、これ計りは思い出した。群の中にいる息子を一目見ようと思って、私は思わず伸び上がった。
「そら、件が前足を上げた」
「今予言するんだ」と云うあわてた声が聞こえた。その途端に、今迄隙間もなく取巻いていた人垣が俄に崩れて、群衆は無言のまま、恐ろしい勢いで、四方八方に逃げ散って行った。柵を越え、桟敷をくぐって、東西南北に一生懸命に逃げ走った。人の散ってしまった後に又夕暮れが近づき、月が黄色にぼんやり照らし始めた。私はほっとして、前足を伸ばした。そうして三つ四つ続け様に大きな欠伸(あくび)をした。何だか死にそうもない様な気がして来た。
(「件」全文・P 31〜40)
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なお、作品集『冥途』の中から、表題作「冥途」やこの「件」を含む、より抜きの傑作に、版画家・金井田英津子が絵をつけた『画本・冥途』が刊行されており、私は先にそっちのレビューを書いている。
上の「件」を読んで何かピンと来た人は、是非この『画本・冥途』の方も手に取って、実見してほしい。
金井田英津子が、いかに「夢」を絵にできる稀有な人かがわかっていただけると思う。
もっとも、それとて、同じ「雰囲気」の夢を見る人に限られるのかも知れないが、そんな人は、そもそも「件」も『冥途』も、面白いとは思わないはずである。

(2025年7月26日)
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