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韓松 『無限病院』 : 異形の「三部作」大作

書評:韓松無限病院』(早川書房)

ちょっと騙された感があるけれども、たしかに「異様に濃厚な作品」である。

『平凡なビジネスマン・楊偉(ヤン・ウェイ)は、ある日、仕事の出張先であるC市のホテルでミネラルウォーターを飲んだところ、腹痛で倒れてしまう。ホテルの従業員の女性たちに巨大な病院へ連れ込まれるが、外来には大量の患者が詰めかけており、なかなか検査の順番が回ってこない。楊偉は痛みに苦しみながら待つが、やがて病院内ではおそろしいほどに混沌とした状況が広がっていることがわかる。院内で商売をしはじめる者あり、遊ぶ者あり、苦しむ者あり、診断を求めて窓口に殺到している者あり……。楊偉はさまざまな検査を受けるが、なぜか治療はしてもらえない。逃げ出そうとするも、エントランスの外には病院に入ろうとする膨大な人の海が広がっていた。いまや《医療の時代》、すべての人が病んでいる社会だったのだ!
中国SF四天王の一角、韓松が放つ、ダークで不条理なSFエンタテインメント〈医院〉三部作、開幕篇。』

Amazon『無限病院』紹介ページより)

ここには、最後に『開幕篇』という言葉がついているけれど、本書の帯には

『衝撃的不条理が襲いかかる〈医院〉三部作、早川書房より順次刊行!』

とあるだけで、一見したところ、〈医院〉をテーマにした、それぞれ独立完結した作品のように見えるのだが、正確に言えば、これは完全に「全3巻」と呼ぶべき「一連の長編小説」に他ならない。
そしてその意味で、「騙された」と感じた人が少なくないだろうというのは、ただでさえ少ないAmazonカスタマーレビュー(現時点で2本)で、同じようなことを書いている人がいることからも分かる。

まあ、この『無限病院』だけでも400ページほどあって決して薄くはない上に、表紙や内容紹介からして、中身的にもいかにも「暗くて重い」感じなのだから、最初から「全3巻」と打ったのでは余計に売れないと考えたのだろうと、そう理解できないでもない。税込3,410円と決して安くはないけれど、それでも悪くない作品なのだから、売れて欲しいと願う編集者の気持ちもわからないのではないのだが、やっぱり騙された感は拭いきれない。Amazonの紹介文に「開幕篇」と付けるのなら、帯文の方にも付けとけよと言いたくなる気持ちは否めないのだ。

まあ恨み言はこのくらいにして、ここからは本巻を読み終えた段階での感想を書いておこう。

とにかく見かけどおりに「濃厚」な作品である。決して読みやすい作品ではないのだが、その「終わりの見えない、どこまでも続く悪夢のような世界」が嫌いではない、というタイプの人にはオススメである。
描かれている内容もさることながら、その「文体」がなかなかの粘着質に濃厚で、どうということのない部分でも、感触として「悪夢」なのだ。「悪夢」というのは、ビジュアル的にはどうということのない内容でも、雰囲気が「悪夢」的であれば「悪夢」だという、あの「悪夢」感満載なのである。

著者の韓松は、フィリップ・K・ディックカフカに喩えられることがあるみたいだが、それは「悪夢」的な内容面において似ている部分があるということであって、その文体から受ける印象は、かなり違う。
韓松に比べれば、ディックはカラッとしているし、カフカは「白い」のだ。

言い換えれば、韓松の文体は「粘着質」であり「暗い」。描いている対象そのものもさることながら、その形容が「粘着質に暗い」し、そもそもその世界感覚の独特な暗さが「文体」に反映しているのだろうというのが、よくわかる(窺える)のである。だからこれは、仮にお話自体がどうということはなかったとしても、その文体だけで「悪夢的な異空間」を現出させてしまう、稀有な文体を持つ、稀有な作家だと言えるだろう。
立原透耶の「解説」によると、短編は意外にも普通に読みやすいというし、韓松自身も自作の「作風」について、

『短編は普段の夢のようなもの。長編は重病になって入院し、高熱を出したときに見るような夢である。とはいえ実は私はどちらも好きではない。しかしこれは自分の意思ではなく、まるで脅迫症であるかの如く書いてしまうのである』

と、そんなふうに、好きでもないものを書いてしまうあたりが、いかにも病的であり、その意味で「本物」だと言えるだろう。また、そんな強迫神経症の悪夢」のごとき長編の代表作が、この「医院三部作」なのだ。

だから、今の段階では、決して満足しているわけではないのだが、この先を読まないことには、どうにも落ち着かない。
「どうせ大したことないだろう」などとは思えず「もしかすると、これはとんでもない作品かもしれないぞ」と、そう思わせるだけの内容が、この『無限病院』にはあるのだ。

ダンテ神曲地獄篇』の、ギュスターヴ・ドレによる挿絵)

上に引用した内容紹介文によると、本作『無限病院』は、カフカの『城』『審判』に類比的な「堂々めぐり的な悪夢世界」を描いた作品なのではないかと、そう推察するかも知らない。だが、そう単純ではない。それだけでは終わらないのだ。

上で紹介されているのは、本作『無限病院』の最初の100ページほどの内容である(プロローグは除く)。そのあとは、雰囲気がガラッと変わって、つい「普通っぽくなったな」なんて思ってしまうのだが、そうではない。これがまたやっぱり、徐々に「新たなステージ」での「堂々めぐり」的な雰囲気を放ち始め、「またこれなのか?」と思っていると、再び急展開が待っており「新たなステージ」が開けるのだが、その先がまったく見えず、まるで「ゴールがスタートと円環をなしてつながっている、無限すごろく」をやらされているような、イヤーな感じなのである。

たしかに「どこかへ連れて行ってくれる」のは間違いない。単に「堂々めぐり」で終わらせないというのは明らかなのだが、行き着いた先が、決して明かるい場所ではないというのは今にして明らかであり、言うなればこれは「底の見えない地獄への道行き」なのだ。

だから、その道中も嫌な世界なんだけれど、きっと結末としての到達地は、もっと嫌なものなのであろう。だが、だからこそ、その「イヤの極み」を見ないことには、ここで中途半端に引き返すことはできないと思ってしまい、もはや私は、韓松中毒状態である。

そんなわけで、当たり前の娯楽小説や、当たり前のSFを求めている人にはオススメしない。きっと、この巻だけでも、途中で投げ出してしまうだろう。
だが、暗くて、じわーっとイヤな世界が好きな人にはオススメである。こんな作品は滅多にあるものではないという、イヤなのに望ましい予感がする、本作はそんな作品なのだ。


(2025年1月13日)


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