直野祥子 『毛糸のズボン 直野祥子トラウマ少女漫画全集』 : 不安なカナリアは囀り続ける
書評:直野祥子『毛糸のズボン 直野祥子トラウマ少女漫画全集』(ちくま文庫)
表紙や帯の惹句から「ホラー漫画」だと思う人も少なくないだろう。だが、厳密に言うならば、そうではない。
「恐怖」というものを描いているのだから、広義で言えば「ホラー」の一種ではあるのだけれど、この作家の特徴は、「読者を怖がらせる」ところにはなく、「自分の中に潜む不安というものを描いている」という点にあるのだ。
いや、「描いている」というよりも、その「捉えどころのない感情」に「形を与えている」と、そう言った方がより正確であろう。

今どき、たいがいの宣伝文句など信用できないし、信用すべきでもないのだが、本書の場合は例外的に、そのサブタイトルも、帯の惹句や紹介文も、まったくもって正しい。正しくこの作家の個性を伝えるものになっている。
例えば、「直野祥子トラウマ少女漫画全集」というサブタイトルの「トラウマ」という言葉だが、普通この言葉がホラー映画や漫画作品などへの形容として使われる場合は、「(見た者の)トラウマになるような(衝撃的な)作品」というほどの意味で使われることが多い。それほど「強烈な作品だ」と訴えるために、「トラウマ」という言葉が伝われるのだ。
「トラウマ」とは、日本語だと「心的外傷」となって、要は「心の傷」のことである。
例えば戦場体験など、ある心理的にきつい経験(外傷的経験)をすることによって心に傷がつき、その傷が当たり前のようには回復せず、似たような状況に接した場合、あるいは事あるごとに、その「記憶」が甦ってきてその人を苦しめる、という心的現象を指す言葉だ。
つまり、「トラウマ」というのは、本来であれば「過去の苦痛感情が、今に甦ってきて苦しい」というような現象を指す言葉なのだけれど、ホラー映画などの惹句(宣伝文句)に使われる場合は、しごく安易に「心に傷がつくほどの、ショッキングな作品」というほどの意味で使われる場合が多いのである。
ところが、本書の著者・直野祥子の作品は、そうした通俗的な意味で「トラウマ」的なのではない。
そうではなく、誰の中にもすでにある「トラウマ」の存在を思い起こさせるような作品。「読者に心的外傷を与える作品」なのではなく、「読者の中に潜んでいる心的外傷を、思い起こさせるような作品」なのである。
その恐怖は、「漫画作品」というかたちで「外から読者を襲う」のではなく、作者のトラウマを物語化した作品を読者が読むことによって、読者の中にある「トラウマ的な記憶の傷を疼かせる」というようなものになっている。
直野祥子の漫画というカナリアが囀ることで、読者個々の中に潜んでいた、ほとんど忘れられていた「トラウマ的な体験」というカナリアが目を覚まし、その外からの声に呼応して囀り始める。一一直野祥子の「トラウマ漫画」というのは、そういう性格のものなのだ。
無論、本作品集に収められている作品すべてが、わかりやすく「そのパターン」だというわけではないけれど、直野祥子という作家の本質的な部分には、そういう特異性がある。
例えば、本書収録作品14本のうち、私が最も気に入ったし、最も直野祥子の本質的なものが表れていると評価するのは、本書冒頭に収められた短編「マリはだれの子」である。

子供のいない私は、子供の年齢というものに今ひとつ見当がつかないのだが、本作の主人公である「マリ」は、たぶん3、4歳の女の子である。
そのマリに、弟「さとし」ができたのだが、弟の誕生以来、両親がそちらにかかりっきりで、以前のようにマリにかまってくれない。「もう、あなたもお姉ちゃんなんだから、しっかりしなくちゃね」という感じなのだ。
しかし、あるときマリは、近所のおばさんから、マリが両親に少しも似ていないと言われ、それ以降「私はパパとママの、本当の子ではないんじゃないか?」という疑いを抱くようになる。「だから、さとしが生まれると、私を可愛がってくれなくなったのではないか?」と疑うのである。
そして、母に対して日に何度も「ママ、私は本当にママの子なの?」と尋ねるようになる。
すると、母親の方は「何を馬鹿なことを言っているのか」と思いつつ、最初のうちは「もちろんそうよ。そうに決まっているじゃないの」というように答えるのだが、マリの不安は「ママの言葉」だけでは拭いきれない。それでやはり、何度も何度も同じ質問をして、その「不安」を追い払おうとするのだ。
ところが、母親にすれば、そんな質問を日に何度もされれば、だんだん苛立たしくなってくる。
そうでなくても、下の子が生まれたばかりで忙しいというのに「何を馬鹿なことを言っているのだろう」と徐々に苛立ちを募らせてゆき、物言いが邪険になってしまう。
そして、マリの方は、そんな母の物言いに「やっぱり、私はママの子供じゃないんだ」という思いを深めていくのである。
そしてそんなある日、親類に子供ができたというので、両親がそちらに挨拶に行くため、半日ほど家を空けなければならなくなって、マリは両親から留守番を頼まれる。
そして両親が弟も連れて行くというので、マリは「私が面倒を見る」と申し出ると、両親はマリの申し出を成長の証だと考えて、まだ赤ちゃんであるさとしを、マリに預けることにした。
この当時は、まだ親しい近所づきあいも生きていたから、いざとなれば、マリがご近所に助けを求めに行くことも、十分に可能だったのだ。だから両親も、マリにさとしを託すことができたのである。

ところが、出かけていく両親に「いってらっしゃい」の挨拶をしながらも、マリはまた母に「マリは、本当にパパとママの子ども?」と質問してしまい、これにカチンときた母が、つい、
「マリ、いいかげんにしなさい。そんなことばかりきく子は、パパとママの子どもじゃありませんよ!」
と、きつく言ってしまい、マリはこの言葉に大きなショックを受けるのである。
この後の展開は、おおよそのところは想像がつくだろう。
両親が、親類宅への挨拶を終えて帰宅してみると、さとしの姿が見えない。
それでマリに尋ねてみると「おとなり」に預けているのだと、慌てた様子で言う。それで母が「じゃあ、迎えに行こう」と言うと、マリはそれを止めて、自分が迎えにいくと言って、家を飛び出していってしまう。
マリの向かった先は、近所の川だった。
マリは橋の上から、必死の形相で川面を見下ろすが、そこに見えたのは、橋桁に引っかかっている赤ちゃんの「おくるみ」だけだった。
一一そんな、痛ましいお話である。

この物語は、1971年に雑誌掲載されたもので、すでに半世紀以上も昔のもののため、今の若い人にはわかりにくいところが多々あるだろう。
例えば、マリが母親に、自分は本当に「パパやママの子なの?」などと尋ねるのは、なぜか?
それはその時代、戦後も20 年以上経っていても、まだ先の戦争の影は残っており、「捨て子」「拾い子」などの物語が、しばしば漫画やアニメなどに登場していたからだ。
また、親が聞き分けのない子供を叱る場合に「そんな聞き分けのない子は、うちの子ではない」と言ったり、時には、もっとむきつけに「おまえは、橋の下から拾ってきたんだ」なんてことまで言ったのである。
今なら、そんな「子供の心を傷つける残酷な言葉」は、それこそ「パワハラ」認定されるし、心情的に言っても、とうてい許されるものではないだろう。
だが昔は、よかれ悪しかれ、もっと「大雑把」でもあれば「おおらか」でもあったのだ。
先の「橋の下から拾ってきた」などというのも、言うなれば「定番の叱り文句」だった。
「このくらいきつい言い方をしておけば、そのショックで、子供も(親の)言うことを聞くようになるだろう」くらいの「しつけの言葉」として、当たり前のように口にされていた。当時は、「子供の心が傷つく」かも知れないなどという「繊細な配慮」など、普通は無かったのだ。
また、そういう社会だったからこそ、昔の親や教師は、子供に手をあげることも、当たり前にできたのである。
したがって、近所のおばさんが、マリに「親に似ていない。誰に似たんだろうね」なんて心無いことを言うのも、それは、その言葉が「子供の心を傷つける」などとは、つゆほども思っていなかったからだ。なんら悪意など無かったのだ。ただ、興味本位に思ったことをそのまま口にしているだけで、それを言われた子供の気持ちなどは、まったく意に介してはいない(忖度などしない)。
では、なぜ気にもしないのかと言えば、それは「子供の心」も傷つくものだなどとは思いもしなかったし、そもそも子供というものは、「動物」みたい(に単純)なもので、大人のような複雑な心など持っていないのだから、言葉で傷つくなんてことも、あり得ないと、そう考えられていたからである。
当時の大人たちにとっては、子供は「動物みたいなもの」だったから、「良い子にしていれば可愛がり、聞き分けのない子だと厳しく躾ける」というのが、いわば当たり前のことだったのだ。
そして実際に、昔の子はそのようにして育てられたし、またそれで大過は無かったのである。

このようにして育てられた人は、よく言えば「傷つくこと」に「耐性」ができていた。いまどきの人とは違い、少々キツイことを言われても、いちいち気にしないでいられる「図太さ」を、ある程度は身にもつけたのである。
それは、子供の頃から、さんざ親や世間に「叩かれる」ことで鍛えられ、面の皮だけではなく、心を覆う皮まで厚くなり、傷つきにくくなったのだとも言えるだろう。
しかし、そうした「図太さ」を身につけるまでに、人は何度も繰りかえし傷つき、多少なりとも血を流す経験をしている。だからこそ、そんな心の古傷から「自分を守るために」、そうした経験をほとんど無意識のうちに抑圧してしまってもいるのだ。
「記憶の蓋」である、図太くなった神経の下に、そうした「つらい記憶」を隠蔽しており、しばしば自分でも、そのことを忘れてしまっているのである。
ところが、自分かかつて経験した「特別に辛い経験」というものは、抑圧されながらも、心の奥深いところに、その痕跡である「傷あと」として残されており、それはその人の「自覚されない弱点」にもなっている。
だからもしも、その「抑圧された心の傷」と同型の歌をうたうカナリアが、思いがけなく外で囀り始めると、自分でも忘れていた「心の傷あと」が、思いもかけず、あっけなく血を吹き出してしまうことだってあるのだ。
当人でさえ「なぜ、この程度のことに、これほど心が揺さぶられるのだろう?」と、理性ではそう思えるのだが、心の方は、その傷の痛みを、決して忘れてはいなかったのである。
そんなわけで、短編「マリはだれの子?」もまた、そんな「トラウマに触れてくる物語」なのだ。
無論、大抵の人は、嫉妬から大切な人を殺した経験など、持ってはいないだろう。だが、この物語で肝心なのは、一一「取り返しのつかないことをしてしまった」という想い(恐怖)なのである。
殺す殺さないという「行動レベル」の話ではなく、その時「どう感じたか」という問題なのだ。
例えば、絶対にしなければならなかった「宿題を忘れていた」とか、「親から買い物を言いつけられて渡されたお金で、勝手にお菓子を買い、ぜんぶ遣いきってしまった」とか、それに類した経験は、誰にでもあることだろう。
たしかにそれは、マリのやってしまったことと比べれば、あまりにも「些細なこと」でしかない。
しかし、そうした「些細に失敗」に気づいた幼い貴方は、その時、そのことを「些細なこと」だと感じていただろうか?
そうではないはずだ。
人生経験の乏しい子供にとっては、そんな「些細な失敗」だって、世の中が終わってしまうほどの重大事と感じられて、絶望感にとらわれ、目の前が真っ暗になるような思いにとらわれたのではないだろうか?
大人になってから考えれば「なんと大袈裟な」とか「つまらないことに悩んだものだ」とか「可愛いものだな」などと軽く考えてしまいがちなのだが、しかし、まだ、体も心も幼く小さく、そのぶん、その「世界」も小さかった子供にとっては、その「小さな失敗」は、大人が経験する「失業」や「破産」や「離婚」といったこと以上に重いものなのである。
しかしまた人は、子供の頃にそうした失敗経験を重ねることで、その回避法を学ぶとともに、少々のことでは傷つかない「強さ」を、身につけてもいくのだ。
だがまたそれでも、「傷つきながら強くなっていく」というのは「傷つかない」ということではない。そうではなく、それだけ多くの傷を負ってきたということでもあるのだ。
だから、今はその傷の上に分厚い皮が張っていようと、しかし、その傷跡は今も残っており、時に「外なるカナリアの声」に誘われて、その傷口を小さく開いて、血を流すことだってあるのだ。一一直野祥子の作品は、そうした「外なるカナリア」としての力を持った作品なのである。
巻末の「自作解説」を読んでみると、私よりも年長(70歳前後?)で、遠に漫画家を引退しているのであろう直野祥子の語りは、いかにも飄々とした印象を与えるもので、「ホラー作家」だとか「トラウマ作家」だなどという怖ろしげな呼称には、およそ似つかわしくはない人柄の人だとわかる。
そして、直野自身、自分がどうしてこんな作品を書いたのか、よくわからないふうでもある。
しかし、心の深いところに残る傷というものは、そういうものなのだ。
深い傷だからこそ、分厚い皮によって覆われ、その痕跡が自分ですら見つけられないほどになっているのだが、しかし、それは「傷が無い」ということなのではない。
記憶という森の中に隠れひそむ「内なるカナリア」が、気づけぬほどに低くではあれ、たぶん一生涯、囀りつづけるからこそ、このような作品を描いてしまったり、このような作品に心が揺さぶられてしまったりするのではないだろうか。

貴方も、思い出してほしい。
「ああ、取り返しのつかないことをしてしまった!」と、そんな絶望に囚われた、かつての自分のことを。
それを思い出せれば、「子供の傷つきやすい心を思いやるべきだ」といったような「世間並の良識」からではなく、自らのこととして、子供に対し「心から」優しくしないではいられないはずなのだ。
(2025年4月25日)
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