AI時代の新たな欲求。 デザイナーの日常(AI画像生成編)#2
こんにちは!九州でデザインの推し活とデザイナーのガリ勉朝活日々のコツ骨(コツ)活動をしております。フリーランスデザイナーのNenpa_(@nenpa_)と申します。🙌 🥳
2025年はAIでいろんなことが自動化され、個人の楽しみを追求する世の中になる。そんな予想をした年始のNoteから半年。2025年6月現在、AIが生活に入ってきはじめたような感覚。昨年からじんわりとAIを触り始めていたものの、個人的にはややアナログ派。そんな私が、AIを介さず衝動的にNoteを綴りました。人間的な「情熱」を重視!🔥🔥🔥🔥🔥🍖
このNoteは「AIライティング編」( ↓) の後編です
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前回はAIでのライティングや分析、ChatGPT活用についてでした。今回はクリエイティブな「絵作り」としての生成AI活用がテーマ。
やや職人目線なデザイナーが、現状の生成AIについて思うこと。今後のクリエイティブに対して抱えるモヤモヤを吐き出します!🙌🎉
共感ありの方は「イイね」していただけると小躍りします✨💃🕺🪩✨
このNoteはこんな方に良いかも
・デザイン✕AI の初期を振り返りたい人(未来用)
・AIをまだ使っていない人
・使いはじめたけどモヤモヤしてる人
・AI反対! アナログ一本槍のクリエイター
・そろそろかな? 使おうか迷っているクリエイター
Figmaにも画像生成が搭載され
現場に生成AIが到来しはじめた2025年6月
Figmaの大幅アップデートにより、一気に生成AIの画像を使う流れが始まったのを感じる6月上旬。そこそこ質のいい写真やイラストも生成してくれ、その技術進化に驚きを隠せない我々デザイナーたち。
SNSではデザイン自体を生成したバナーが量産され、いよいよもう「デザインしなくてもいいのだろうか」と不安を煽られる日々が続いています。しかし凝ったバナーはまだ自動化できていない気も。
なので、ここではデザイン制作に必要な「素材作りの生成AI」に焦点を合わせ、そのための画像作りに絞り、最近思うことを書いていきます。
このNoteの目的は、デザインの現場にAIが入ってきた初期のデザイナーの心の動きや戸惑いを、日記的に記録に残す意味で作成しています。
デザインの歴史を振り返る時、過去からの気づきを得られるように。

Midjourneyでの生成
K-pop的な美人が得意なツールですが
去年より出力の品質が悪くなり
設定が難しくなってきています
画像生成AI を使うと
写真やイラストに、「何を求めていたのか」に気づける
絵を描かなくていい、写真を撮らなくていい。デザインしなくていい。
巷にそんな言葉が溢れていますが私はそうは思いません。やってみると分かるのですがAIで画像生成を行っていくと出力のパターンのようなものが見えてきて、ブラッシュアップしてる間中漂ってくる、なんともAIっぽい空気感。
現段階での話ではありますが、イラストや写真などは生成を繰り返すほど表情やタッチにお決まりの型が見えてきてしまって、イマイチ新しい発見を感じられない。どうも自らの手で撮影したときや加筆修正していく時の「いける!!なんか降りてきた!✨😇✨」というあのヒラメキを感じにくいのです。
修正する際に画像を見つめづつけるほど、向こう側がスカスカし「どこまで行ってもAI」に見えてきてしまい、どうも途中でやる気が落ちてくるという現象が、制作過程で起こってしまってます。直接加工できないから自分のものにはならない感じがしてしまうんでしょうね。

現段階では「このまま男性に変更して」のように
タッチも雰囲気も固定したままの変更が苦手
いい絵が1枚できても、どうも綺麗すぎて製品めいてる気がし、「アナログっぽさを出す」「あえてよごす」そんな行為に走ってしまう…。
あれ? これってなんのためのブラッシュアップだったっけ? 画面よごすため?😳?💦?
修正や微調整を繰り返していて分かったのは、1枚の画像に細かい微調整を何度も加えて仕上げるタイプのツールではないということ。ワンクリックで何が出るかと、ガラッと変わってしまう事を想定しガチャ的な偶然性を楽しむ道具、というか。ブラッシュアップではなく「イチから再撮影」や「全て描き直す」「選択部分のみ再生成」のような作り替えの修正になります。
Midjourneyは去年まではどう指示しても出力結果がよく、生成待ちに楽しさがあったのですが、最近は利用者が増えたせいか単純な指示を出しても言うことを聞かず、プロンプトや設定の細かい研究は必須になってきている気がします。やや難しいタイプなのかも。

男性にして、と言う指示。
タッチが違うし、骨格もリアルすぎ、
デフォルメのされ方も異なる
結論、画像は変えずに世界観だけを作り込んでいきたい場合、手で修正を加えた方が繊細な調整がしやすく、Photoshopスキルや仕上がりに関する審美眼を磨く必要性のほうを感じてしまっている状況。
となるとやっぱり自分の目で見て、心で感じ、手を動かさないと良いものは生まれない気がし、もうそれでいいんじゃないかなと感じています。
ゲームやアニメのようにデジタルな良さがある世界観だったり、サッと選んだ画像をそのまま使いたい人にはいいかもしれませんが「さぁAIで作品を作るぞ!」と、細かい描写や自分なりの世界観を求めて濃淡や感情を乗せたり、作品に「グッとくるあの感じ」(わかります?👀?)を求めてしまう人には、やや不向きなツールなのかもしれません。もぅ、手で描きたいよ!😫💦 となってしまう。
しかしながら、生成を進めていくことで、自分が作品や絵作りに何を求めていたのかに気づけることは大きかったです。また、大枠の土台だけ作り、加工は自分の手で。という使い方に切り替えるのもありだなと感じました。(でも作風に合えば何を使っていても良いと思います)

「ショートの男性に変更」と伝えても
なかなか言う事を聞かない
細かい設定や調整が必要
(Midjourney)

結構な割合でこうなることも。
ブラッシュアップには時間と体力が必要
好きなことに対する熱量って大事
文章の作成に関して言えば、ChatGPTも「熱量高めにリライトして」と指定すればそのように返してくれるかもしれない。でも本当に伝えたい素直な気持ちや、自分が好きなことって、後先考えずつい口走ってしまったりする。そのような失態や恥ずかしさ、カッコ悪さで伝わる熱量ってあると思うんですよね。
整えられてない誤字脱字や、夜中に泣きながら書き殴った変な文章、とち狂ったような文体。結局あなたは何が言いたいの? いや、なんだか分からないけど「とにかくこれが好きなんだ!」だけの想いで締めくくられる最後の一行。文体が乱れる刹那。これって冷静にリライトや編集を繰り返すと無くなってしまう。
画像に関しても同じで、漫画でもなんでも、最初のラフが一番よかったりする。あまりに美しすぎるのって少し不自然に感じ、ブラッシュアップしようとずっと見てるとやはりAIっぽさが気になってきてしまう。イラストなんか特に。
油彩の粗いタッチにして!と指示しても、仕上がりをずっと見ていると、美しく丹念に塗り込んだように思えてくる。丁寧すぎる雰囲気がどうも「完璧すぎる」
あれ、私の求めていたものは、こんな丁寧に仕上げられたサラッとした1枚絵だったっけ? … ? ずっと集中して眺めていると、その先に人間を感じない。(すごい不思議…)

Adobe Fireflyでの生成は
Midjourneyにはない
「明るさ」と「クリーンさ」がある
しかし西洋風に仕上がりがち
伝えたい気持ちが飛んでくるものが見たい
完璧に出来ていなくても、下手でもいいんです。「あぁ、この人は本当にこれが好きなんだなぁ」という熱量が伝われば。それが全て削られてしまうと一気に製品化してしまうというか、物体としてのエネルギーが消え去る気がする。
クリエイティブはアートではないと思うかもしれませんが、昨今、製品めいたものは誰でも作れるようになってしまった。
私は、デザインが好きですが、「作るのも」「見るのも」両方好きなデザイナーです。人それぞれ、好きなものは違っていていいと思います。「仕事」「ビジネス」「デザイン」「人」「漫画」などなど、それぞれが「好き」な気持ちが溢れ出るものにこそパワーがあり、それを見たくて世の中を見ています。
ChatGPTや生成AIで制作した「何か」でもいいのですが、全く機械じみていては心に残らない。心に残りたければ「自動作成」と「生成」のさらに上を自分の「手」で「心」で「思考」で付け足さないと「魂を入れないと」一気に陳腐化すると思っています。

「20代男性」にして欲しいと指示
参考画像をつけたりなどしているが、なかなか出ない

ここまでくるのに数十枚は出力しています
それでもタッチは全く同じではない
結論1 :
AIを「作家活動」に使うのは不向き
用途によると思うのです。デザインに対してAIを活用するとき「仕事としての画像生成ツール」なのか「世界観や深みを盛り込むための画材」どちらを想定して使いたいのか。現段階でのことですが初手の「叩き台」や「クオリティー見本」としてならいいのですが、クリエイターや作家がAIを使って「独自の世界を」「メッセージを」などという用途にはあまり向かない。
相当な試行錯誤を経ないと、そこに魂が宿りにくいからです。
ブラッシュアップを重ねて行く時の「ここがもっとこうなら…」というこだわりを入れるには、プロンプトでいちいち命令を出して出力を待っても、マストが返ってきません。現段階では手で修正した方が随分と早い気がする。
結論2 :
とはいえ最終判断で変わってくる
ただ、AIを用いて素晴らしい作品を作られる方はいらっしゃるので使うことに全否定というわけではないです。気づかず「いいね」と言っているものも沢山あると思います。しかしそれは、たとえ偶然性で生まれても、それ以前の作家の長い経験から「これでよし」と判断されて、目の前に存在しているはずです。
写真だってその瞬間を切り取れたのは偶然でしかなく、現代アートでも既製品を「アート」として発表することもある。作者側の意図と判断で、作品として存在しています。たとえ生成AIで作り偶然に発生した画像であったとしても、作者自身が苦悩し思考を重ねた結果として最終判断で「作品」に選んだ1枚ならば、それはしっかりとパワーを持ったものになると思っています。
作品に何を求めて評価しているのかも、各々で違うと思います。

ほぼ同じ設定と指示でも
数字や設定の違いで
急に言うことを聞かなくなったりしている
(上段など)
結論3 :
AIは効率化のための
初期デモ・計画用として考える
↓
ブラッシュアップは
自分の目で心で感じ
じっくり手作業での微調整がベスト
クリエイティブをすべてAIに置き換えるということが今後もしあったとしても、「自分の心」が何も感じなくなっていたら、いいものは生まれないと思っています。現段階では微調整は手作業ですが、そのうちすべて指示通りに行えるようになるかもしれません。
ただ、当初感じていた違和感をメモすることで、振り返った時に「そういえばここの大切さを忘れてきているな」などのヒントになればいいと思い、未来の私自身のためにもNoteに綴らせていただきました。
きっと数ヶ月単位で技術が進み、状況がガラッと変化してしまうでしょう。
また、ビジネスとしてのAI生成の場合、そこまで品質を高めなくとも。という方もいらっしゃると思います。
状況により最適な品質や出力の程度はもちろん違うと思いますし、どこまでこだわるか、何を良しとするか、はそれぞれ異なると思います。私の意見が正解でない時ももちろんあると思い、柔軟に考えていただければ幸いです。
AIによるクリエイティブの未来とデザイナーの制作環境が、今よりもグンと安定して豊かになると信じています。
このNoteがデザイン制作の歴史を振り返る際、よい想い出の1頁になりますように。
最後は少し真面目に終わってしまいましたが、今後もデザインを「見る」「作る」「出す」ことを、存分に楽しんでいきたいと思います!!🙌
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Nenpa_(@nenpa_) は現在、東京の写真家さん、イラストレーターさん、Webエンジニアさん、クリエイターさんを探しています。気が合いそうだと思った方はXからDMをください。服が好き・音楽が好き・海外のカルチャーがお好きな方。年齢・性別・肩書き一切問わず。青さがある人が多いです。世界一周に興味があればきっと大丈夫。
