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千と千尋のモデルとも言われる積善館。不便なのに過去一クラスの旅館だった話

トイレなし、布団セルフ、2人で26,000円。なのに過去一の旅館だった


部屋に入った瞬間、「え、これ?」と思った。
東横インの一人部屋より少し広いくらい。トイレなし。洗面台なし。布団は自分で敷く。これで1人13,000円か、と。

お世辞にも「部屋は広いし便利」とは言えない

嫁と2人で群馬の四万温泉にある「積善館」という旅館に泊まった。
結論から言うと、過去一クラスの宿だったと思う。結構不便だったのに。
その「なぜか?」を、ちょっと考えてみた。


1600年代から続く旅館


積善館は、1600年代から約300年の歴史がある旅館だ。3棟で構成されていて、一番手前が江戸 ~ 大正期、真ん中が昭和、一番奥がモダン棟。これがすごい。棟を移動するだけで、時代が変わる。

千と千尋のモデルになっていると言われる場所は多数あるが、
さすがに積善館は参考にしているだろう。


大正期のお風呂は1930年築。タイルの色、天井の高さ、昔の銭湯に迷い込んだような空気がある。そこから廊下を歩くと昭和の棟に入って、さらに奥に進むと現代的なモダン棟にたどり着く。

江戸時代から現代まで、タイムスリップするような感覚に陥る。

建物の構造がめちゃくちゃ複雑だ。増築・改築を繰り返しているから、階段の形が途中で変わったり、無理やり繋いだ箇所が至るところにある。普通なら「設計が悪い」と思うところだけど、ここでは全部が歴史の痕跡に見える。

迷路のような不思議な階段の形をしている

昔は馬で客が来ていたらしい。その馬を止める場所の名残がある。昔の人が泊まっていた和室も一般公開されていて、300年前にここで人が寝て、風呂に入って、滝の音を聞いていたんだと思うと、なんとも言えない気持ちになった。

風呂は3つ入った。貸切風呂、一番奥の風呂、夕食後にもう一つ。
夜はライトアップを見て、部屋で滝の音を聞きながら寝た。
翌日も朝から風呂に入って、チェックアウト後に日帰り温泉にまで入った。
2日間で温泉に何回入ったかもう覚えてない。

扉を開けると脱衣所はなく、いきなり風呂である

コピーできない価値

積善館の何がそんなに良かったのか。しばらく考えて、一つ言語化できたことがある。

ここにある価値は、コピーできない。

江戸時代に書かれた「開業届」のようである

歴史の重み。建物の空気感。時代をまたいだ増改築の痕跡。江戸、大正、昭和、現代が一つの建物の中に混在している構造。これは新しい旅館がどれだけ金をかけても再現できない。時間が作ったものだから。

世界遺産のコロッセオとか、パルテノン神殿とか、ピラミッドとか。ああいう「もう作れないもの」に近い感覚がある。スケールは違うけど、構造は同じだ。時間の蓄積が生み出した価値は、後から追いつけない。

歴史を解説しているパネルや展示も多数ある

今の時代、大抵のものはコピーできる。デザインも、サービスも、ビジネスモデルも。でも、300年分の歴史と、その間に刻まれた増改築の痕跡は、どう頑張ってもコピーできない。

積善館はそういう「作れない価値」の上に立っている。だから2人で26,000円でも、体験としてはバグっている。本来値段をつけられないものが、たまたまその金額で体験できてしまっているだけだ。


人間が安らぐ本質は200年前から変わってない


風呂に浸かって、滝の音を聞いて、畳の匂いに包まれて、木造建築の中で眠る。300年前の人も、この同じ場所で、同じことをしていた。
同じように体を温めて、同じように滝の音に安らいで、同じように畳の上で眠っていた。

何だろう、初めてきたのに実感に帰ってきたこの安心感は
水車や滝の音って何でこんなにリラックスするのか


やっぱりそう考えると、人間がリラックスする感覚って、昔から全然変わってないんだなと思う。

AIが普及しようが、テクノロジーがどれだけ進もうが、人間の体は温泉で温まるし、自然の音で落ち着くし、木の匂いで安心する。ここは動かない。

200年前も、今も、多分200年後も。

積善館が300年続いているのは、この「動かないもの」の上に建っているからだと思う。流行りのサービスやトレンドに乗っているんじゃない。

人間の本質に根を張っている。だから時代が変わっても価値が劣化しない。

逆に言えば、流行りの上に建っているものは、流行りが変わったら終わる。でも本質の上に建っているものは、本質が変わらない限り残り続ける。積善館は後者だ。


残るものは変化に適応している

ただ、本質を押さえているだけでは300年は残れない。

積善館は何度も天災に見舞われている。不況も経験している。戦争も経験している。そのたびに壊れて、直されて、また壊れて、また直されてきた。

トンネルやエレベーターで増築されたエリアにタイムスリップできる

で、面白いのは、ちゃんと時代に合わせて変わっていることだ。

支払いはPayPayに対応している。人手不足に対しては外国人スタッフを採用している。運営の仕組みも変えている。300年前の旅館を300年前のやり方で回しているわけじゃない。

つまり、「変わらないもの」と「変えるもの」を明確に分けている。

風呂、空間、歴史の重み。ここは変えない。
運営、決済、人材。ここは時代に合わせて変える。

モダンな新築エリア。利便性ニーズにもしっかり対応している。

「変わらない」から残っているんじゃない。「変わらないものと変えるものを分けている」から残っている。

本質を守りながら、枝葉は柔軟に変える。言葉にすると当たり前に聞こえるけど、それを300年やり続けるのは全然当たり前じゃない。

天災で壊れても直す。不況で苦しくても運営を変える。戦争を挟んでも続ける。

その積み重ねが、今の積善館を作っている。


不便さと満足度は別の軸にある


最初に戻る。

部屋は狭い。トイレなし。洗面台なし。布団は自分で敷く。普通の旅館の評価軸なら、減点だらけだ。

でも、積善館はそもそもその軸で戦っていない。

便利さや豪華さで勝負するんじゃなくて、本質だけ残して枝を切り落としている。風呂と、空間と、歴史の重み。それだけで勝負している。

そして、それで十分だった。むしろ、それだけの方が良かった。

不便なのに何度も訪れたい宿になった

余計なものがないから、本質に意識が集中する。部屋でダラダラする選択肢がないから、風呂に入り、館内を歩き、建物の歴史に目が行く。不便さが、結果的に体験の密度を上げている。

フルサービスの高級旅館が足し算だとしたら、積善館は引き算だ。引き算で残ったものが、300年分の本質だった。

不便だったのに、過去一クラスの旅館だった。
その理由が、ようやく言語化できた気がする。

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