私は泣きたい子どもでした。
玄関の扉を開けて外に出ると、びゅうっと強めの風が吹いた。ぬくぬくだったお部屋の温度を逃してなるものかと、コートのジッパーをぎゅんと上まであげる。今日はまた格段に冷える。
トボトボと駅まで歩きながら、じわぁと涙が滲んでくる。あー、まただ。
溢れた涙の粒が、ツツーとほっぺを通り過ぎ、ポタポタポタとあごに流れる。風が当たって冷んやりするけど、面倒くさいから抗わない。ポッケに突っ込んだ手のひらの暖を守る方が今は大事だ。
寒暖差が厳しくなるこの時期、私はよくこうやってボロボロと泣いている。アレルギーの一種だと思うのだけど、いつも不思議に思う。心がピクリとも動いていないのに、次から次から流れるこの涙は、いったいどこから来るのかしら。
今すれ違った人、絶対気づいたよね。朝からハラハラ泣きながら歩いてるこの女に、どんなバックステーリーを想像しただろうか。だいじょぶですよー、私悲しくないですよ。
勘違いされるのも無理はない。心がブルッと震えた時に、本来涙は出るものだ。涙は心が動いた証拠。謎のアレルギー現象をさておいても、人間の不思議な仕組みだなあと思う。
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私は泣きたい子どもだった。
特段泣き虫だったわけではない。自分の意思で泣こう!と頑張る子どもだったのだ。思い出せる一番古いメモリの中に、いくつかの「泣きたい」記憶がある。
たとえば幼稚園の卒園式。6歳年長さんの私は、なんとかして泣こう、泣きたいと一生懸命だった。6歳ながらの感動的な思い出をアレコレ召喚しては、ゔぅぅと腹に力を入れて涙を捻り出そうとしてた。
…あれは何がしたかったんだろう。周りのお友だちに「〇〇ちゃん、泣いてるの?」と見つかった時には、スンスンと鼻をすすりながら、「つい…、ね」みたいな感じで悦に入っていた。大人のように。
人前だけのカッコつけかというとそうでもない。たとえば絵本を読んでた時。薄暗くなりつつある部屋のすみ、ポツンと本棚の前にうずくまり、『かわいそうなぞう』の中の、もっとも悲しいページだけをジィッと見つめる私がいる。
「花子はなんてかわいそうなんだ、花子はなんて、花子、花子花子花子…」と、まるで花子をかわいそうなぞうにしたいかのように思いを巡らせ、泣こう泣こうと頑張った。そんな読まれ方をするとは、絵本も花子も驚いただろう。
泣きのトイレもよくした。死んだおじいちゃんの写真を手にトイレに立て篭もり、おじいちゃんは…私を…どれだけ…可愛がってくれたか…と例の如く腹に力をいれて涙を待つ。
写真の中には、金太郎みたいな赤ちゃんの私とおじいちゃん。私はおじいちゃんを覚えていない。可愛がってもらった記憶がない。それでも、写真の中で笑うおじいちゃんの優しそうな目を頼りに、ゔぅ…おじいちゃん…と泣いた。泣けた。
涙の気配を感じては、頑張って、頑張って、
どうにか泣きたい子どもだった、私。
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あの時私は、ほんとに何がしたかったんだろうか。
泣いたらスッキリしたのかなあ…感動したがりだったのかなぁ…なんて考えながら、頑張らなくても泣いている今の私。
大人の私は、この涙が心と連動しないただの生理現象とわかってる。けど、あの時の私は。もしかしたら涙を流すことで、心が動いていることを証明したかったんじゃなかろうか。
卒園するさみしさを、花子の運命への悲しみを、おじいちゃんへの愛を、ちゃんと私は感じられていると。流れる涙によって確かめたかったんじゃなかろうか。
大人になると涙もろくなるのは、自分の人生経験に重なるものごと、流れる感情を汲み取れてしまうものごとが増えたからだと思う。まだ何も知らない幼い私は、初めての感情の連続にとまどい、やみくもに涙に変換しようとしたのかもしれない。それが美しいものだと信じて。
泣くことは、人生の豊かさに似ている。時に苦しいこともあるけど、それもひっくるめて心の震えだ。
私は、その豊かさに憧れていたのかもしれない。それとも、そんな豊かな大人になりたかったのか。
今の私はどうだろなあ。
などと考えながら歩いていたら
いつのまにか駅に着いていて。
私の涙はもうすっかりと、乾いていた。
