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ファンタジー+食道アカラシア闘病記?|別名義で小説書いてみた

私は現在、neo というペンネームで、8冊の本を出版している。
代表作は「うちにはアザラシがいます」で、アザラシロボ・パロとの暮らしを綴った、ユルい親バカ本だ。

「うちアザ」シリーズは、可愛いロボとロボオーナーの日常を描いた画像多めのエッセイなのだが、9冊目は既刊と全く異なる作品になった。

タイトルは、

「アザラン、ごはんが命がけだった話を聞いて?」 
 ~食道アカラシアの私とアザラシ時計の夜話~

本作はユーモアをキープしつつ、それでも「生きづらさ」や「どうにもならない過去」を散りばめたストーリーになっている。
これは私にとって「物語」という形を借りた静かな告白であり、ひとつの挑戦かもしれない。


「だるま出版」さんについて

今回の新刊は、だるま出版さんの元で執筆させていただいた。
デジタル出版社・だるま出版さんのコンセプトは「七転び八起き」で、人生のストーリーを書籍にすることに全力を注がれている。

このコンセプトに惹かれた私は、自分が今まで向き合うのを避けてきたこと・作り笑いで包んできたことに、敢えて向き合うことにした。

‥それが、ここまで大変な作業だったとは。

何しろ、その「七転び八起き」の物語を執筆する過程で「七転び」することになってしまったのだ。

コロンと転ぶたび、だるまさんに起こしてもらい、時には見守ってもらいながらようやく書き上げた次第である。

そんな本の表紙とプロモーション動画は、だるま出版のデザイナー・TACKさんが、それはそれは素敵なものを作ってくださっている。

プロモーション動画より

毎日少しずつ、少しずつ書いた文章が出版される運びになった今、この本に興味を持ってくださった方々に、こっそりメッセージを書いてみた。

neoの本をご存知の方へ

皆さん、こんにちは。
いつも本当にありがとうございます。
「うちにはアザラシがいます」シリーズを始め、neo 名義の本を読んでくださった方に、新刊についてのお知らせがあります。

私は「うちアザ」シリーズで、パロとの日々を通して「ロボがいる暮らしの豊かさ」や「小さな幸せ」を、ユルく、時にはマジメに書いてきました。

けれど今回の小説は、今までの路線と趣が異なります。
「入江 零(いりえ れい)」という別名義で刊行するのはそのためです。

笑いを交えながらも、私自身の実体験に基づくシビアなエピソードが多く含まれた作品になりました。
それは、食にまつわる困難・病気との長い付き合い・そしてリセットできない過去・心身の衰えや不安などなど。
なので軽やかな物語ではなく、リアルな闘病記としての側面も持っています。

きっと「うちアザ」シリーズとはかなり異なる読後感になるでしょう。
それでも根底には、既刊との共通点も?…という気がしています。

neo 名義の本を読んでくださった方が本作に触れて「同じ人が書いたからこその奥行き」を感じていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。

「初めまして」の方へ

初めまして。
入江 零(いりえ れい)と申します。
このたび、初めて書いた小説を出版いたしました。

物語の主人公は、もう若くない女性・奈津(なつ)。
彼女は、ある事情で生まれてくることが叶わなかった弟「アザラン」のタマシイと、7日間にわたってプライベートな対話を重ねます。

奈津は長年、食にまつわる問題を抱え続けていました。
過去の悲しみや怒り・理不尽さも忘れられないまま、今も心身の不安と向き合っています。
けれど奈津は、アザランとのやりとりを通じて過去と現在を少しずつ客観視するうち「この先も、なんとかなるのではないか」と思えるようになっていきます。

生きていると、どうにもならないことに直面する。
…これ、誰にでもありますよね?
この物語は、そんな現実を軽んじることなく真正面から扱いながら、それでもなお「きっと、なんとかなる」という希望を探していく小説です。

‥そんなワケで。

「うちアザ」シリーズの読者さんは、本作を意外に感じるだろうし、逆に、入江 零の小説から読み始めた人が neo 名義の本を読むと、テイストの違いに気付かれると思う。

だが、私の本はどれも「自分の中に停滞した見えない感情・いずれは跡形もなくなってしまう記憶」を、どうにか形に残そうとした結果である。

ほっこりエッセイとは違う色合いの物語。
拙い作品なりに、読んでくださった人の心に小さな灯りを残すことができたら‥と、密かに願っているのだ。

プロモーション画像、自分でも作ってみた

まずはこちら。
‥え〜っと、本編予告っぽいカンジで。

この画像に「ピン」ときたら‥。

お次は、こちら。
私自身、たまに小説を読んでいる途中で、登場人物の関係や特異な設定がわからなくなることがあるザンネンな民なので作ってみた。

下の画像だけ見ても「‥どゆこと?」だと思うが、もし物語を読み進めるうち、後半あたりで迷子になったなら。

「タマシイが入ったデバイス」の図。

ところで、この物語に登場する「食道アカラシア」は、10万人に1人というレア疾患なため、多くの人が縁遠く感じるだろう。

だからこそ「共感」よりもむしろ「想像の外にある世界を垣間見る体験」として読んでいただけるのではないかと想像している。
主人公・奈津が直面してきたシビアな現実や、その時々の心の揺れは、誰にでも当てはまるものではない。
単に彼女自身に起こった出来事の記録である。

また、様々な困難を切り抜けた方法も、多くは画期的な工夫や特効薬があったワケではない。
「その時はそうするしかなかった」「時間が解決してくれた」という、地道で普遍的なものがメインだ。

伝えたいのは「答えがない状況をどう生きたか」という、ひとりの人間のあり方。

…よかったら、お手に取っていただけると幸いです。


ユーモアと痛み。
そのどちらも抱えて、毎日ごはんを食べながら生きていくあなたへ。

2025年夏の終わりに 入江 零

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