人として、アラブ人富豪として
理由は忘れたが、Instagramのプロフィール画像をアラブ人富豪に変えたら友人たちから多くの反応があった。
「びっくりするからやめて」
「スパムからDMが来たのかと思った」
しかしその違和感しかないアイコンにも時間が経てば慣れるようで、そのうちアラブ人に文句を言う者はいなくなった。
ちなみにプロフィールに「田中(仮名)です。スパムではありません」と書いているため、知人へのフォローリクエストは案外普通に通る。
30〜40代の女性がSNSのプロフィールに使う画像には何が多いのだろうか。
家族やペットの写真。自分の後ろ姿。旅先の風景。ビール。ペッパー君。
アイコンのためにわざわざ写真を撮ってもらったり、吟味を重ねて画像を選ぶ人は少数派で、大抵はカメラロールにある画像から良さそうなものを選んでいるのではなかろうか。
しかしそれがかえって端的にその人の性格や嗜好を表している気がする。
アイコンで性格診断とかできそうだ。
そうなると「ポメラニアンを抱いたアラブ人富豪」はどう診断されるのだろうか。
犯罪者のSNSアカウントが特定されて、そこに残っている顔写真などがTVで公開されているのをたまに見る。
私が犯罪に手を染めた場合どうなるか。
マスコミは目ざとく私のアカウントを特定するだろう。
一見スパムアカウントにしか見えなくても、「田中です。スパムではありません」と堂々名乗っている以上、逃げ場がない。
「横領の罪で逮捕された田中容疑者、アラブ人富豪に自身を投影させたのでしょうか」などと勝手なコメントをされるのはごめんだ。
犯罪に手を染めるとしても金絡み以外にしておかなければならない。
それはさておき、SNSのアイコンを多く目にしているのは本人よりも案外フォローしている側だよなと思う。
見慣れてくると、その画像=友達という紐付けが無意識にされてくる。まさに「アイコン(偶像)」だ。
アプリを開いて仲のいい友人のアイコンが目に入ると「おっ♪」と思う。特定の画像を見て嬉しい気持ちになるのは、考えてみれば不思議なことだ。
今では不満を口にする者もいないし、設定したこともほとんど忘れてアラブ人のアイコンのまま一年半経っていた。
思えばこの一年半、友人たちの間では「アラブ人=田中」という紐付けがなされていたのか。
「アラブ人(=田中)のストーリーズ更新されてる。見てみよ」とタップされていたのか。
そろそろ気分が変えたくなって、先日アイコンをリニューアルした。

友人たちからは概ね好評で、いくつかのいいねと「前より可愛くなってる!」といったコメントをもらった。
この一年半でアラブ人が完全に受け入れられたことがどこか感慨深い。
そもそも以前は何のプロフィール画像だったのか自分で思い出せず、友人に「アラブ人の前って何だった?」と尋ねたが、はっきりと思い出せる者はいなかった。自我がアラブ人にほとんど乗っ取られている。
