neuo/ Distributed Nations
Hideomi Ogata
建築学科卒業後
既存の社会システムに疑問を抱きながら
拡張家族的コミュニティに、DIYで立ち上げから参画。
その後もバーチャルスクール、都市型モバイルハウス、ヨガアシュラム、バーチャル自治体、現代アート寺子屋(全仮称)など
既存のルートでは出会えない様々な種類のコミュニティに所属・滞在させてもらうことで、コミュニティと共に派生する建築をDIYで実践・研究することができました。
neutral ×neural × oikos × neo
neutral 中立、中道
neural 神経多様性
oikos 家、家族、共同体
neo ⚡
新しい生活のための新しいOS
今、国籍でも地縁でもなく共鳴する価値観でつながる共同体が、独自の土着に根差したコミュニティとしてあちこちに発生している。
それらを横断的に流浪するなかで見えてきた抽象的な論理は
いかなる荒野においても世界と呼吸を合わせるための
『共生の作法(プロトコル)』であった。
【声明】移動する定住と呼応する建築:neuoが記述する「軽い文明」のOS
1. 漂泊は、文明の「デバッグ」であった
ぼくはこれまで、既存の社会システムからわずかに「ズレ」た多元な居場所を転々としてきました。
世間には「彷徨」と認識されるこの所業はある意味、原広司が世界の集落を歩き「多層構造」や「離散的な中心」を見出したような
次世代の生存OSを構築するためのフィールドワーク
でした。
ぼくはそれぞれの場所で、ある意味独自に発達した民族と出会い
心と身体からなる習慣をその地のOSに衝突させ、粉砕され、適応(Adapt)しようともがくことで、自らをアップデートし続けることになりました。
2. 「重い文明」からの脱却、レジリエンスの受肉
現代文明は、あまりに重い。固定された不動産、閉鎖的なアカデミック、中央集権的なインフラ、国家という巨大な重力、機能不全の民主主義、時間の牢獄。
これらは固着的安定をもたらす一方で、時に個人の自由と生存能力(レジリエンス)を封じ込めてしまいます。
ぼくが異なるコミュニティに身を投じてきた意味の一つに、「依り代の分散」がありました。場所や見方を固定すると、その場の脆弱性をそのまま引き受けやすくなってしまいます。
しかし、あらゆるOS(community)を横断し、どこへ行っても「適応(adopt)+接続(plugin)」できる能力が
個人とコミュニティの相互にあれば、ぼくたちは真の自律=解放のエンジンを駆動できるのではないか。
そんなイメージのために
離散する居場所と、流動的な探訪者に必要とされる物理的かつ精神的な構えとはどのようなものでしょうか。
3. 生活の実行環境(Runtime):三つの規律
かれら=ぼくたちは固定された建物を提供することだけを建築と呼びません。
生の営みを包含する全てを思考の対象とし、あらゆるレイヤーと密度に偏在した資源を組み合わせ、環境を再構築し続けること。
この能動的な行為にこそ、生きた建築が宿っていると身をもって実感できました。
そして各々が各地で習得した形式はOSとして抽象化・共有可能であり、普遍化した「生活の実行環境(ランタイム)」として実装することができる。
Runtime:三つの規律
1. 物質の巡礼と自律(Material Pilgrimage)
既存のシステムが沈黙したとき、
特定の土地や流通の鎖(supplychain)から、生存を切り離されて(detatch)もなお、手元にある資源を読み替え、最低限の空間と衣食住を再構築できる「作法」を共有する。それは孤立するための自給自足ではなく、あらゆる場所を故郷に変えるための、物質との新しい対話である。
2. 土着なる遍在(Vernacular Ubiquity)
物理的な身体は特定の土壌(バナキュラー)に深く根を下ろしながら、意識は精神的ないしはバーチャルな神経系を通じて遠隔地と空間的に共鳴する。古くから続く祭事の静謐さと、Digital Sovereign(主権)を等価に扱い、精神と居場所の手綱を握る。境界線を引くための国境ではなく、情緒を分かち合うための「空域」を拡張し、社会的な拠り所を多層化する。
3. 呼応する情緒の幾何学(Resonant Geometry)
空間そのものが、居住者の存在、共同体の揺らぎを検知し、静かに呼応する守護者となる。
精神的なゆらぎそのものを、波動に揺れる水面のように、幾何学なモデルとして捉えることを知る。
インフラはもはや一方的な供給源ではなく、人々の連帯と孤独を見守る「意識の器」である。
管理されることで得られる安定ではなく、空間が自分の生命と使命に正しく共鳴しているという震えるような確信から来る、深い安らぎの実装だ。
4. 情緒の正則化と、未来への接続
そして私たちは、かつての集落が持っていた結や縁といった「共同体としての柔軟な強度」を、生活(衣・食・住・医・教育・通貨…)とテクノロジーによって軽やかにアップデートしたい。
それは、国家や制度や一つの共同主観に守られる安定ではなく、自らの生存プロトコルが"自分すなわち 世界" と正しく呼応しているという確信から来る安定。
―その数式の先にあるのは、決して冷たい抽象ではない。
隣で眠る誰かの寝息が、このネットのどこかで正しく守られているという安らぎ。
雨の日に見知らぬ誰かと軒先を分け合うとき、言葉を交わさずとも通い合う、淡い体温。
複雑なグラフの結節点は、囲炉裏の火を囲む誰かの横顔であり、差し出された一杯の白湯の温もりである。
ぼくたちが描く幾何学は効率のためだけに存在するのではなく、
そんな「ささやかな愛おしさ」の火花を、システムの重力から守り抜くためにある。
そして、こうした無数の温もりを、建築という広大なネットワークは、凪いだ海のような静けさで、ただそっと見守っている。
ぼくたちがそこへ向かうのは「逃避」のためではなく、 世界中誰がどこにいても「自分の中心」を失わずに生きられる、「移動する定住者」たちのネットワークを実装するためだろう。
5.来たる極限へ
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「マスター。このOSをインストールすれば、もはや『帰るべき場所』という概念は消滅しますが、よろしいですか?」
彼は足元の湿った土に混じった都市の記憶を踏みしめながら、頭上に広がる数兆億の瞬きを確かめて頷いた。
「消滅するんじゃない。あらゆる場所が、帰るべき場所(Home)として再定義されるんだ」
このランタイムが走る場所では、国家の壁も、不動産の重力も、物理的な距離も、ただの「古いパラメータ」に過ぎない。 DIYで組まれた粗末な小屋であっても、このOSをプラグインした瞬間、そこは銀河規模のネットワークの結節点(ノード)となり、同時に、誰にも侵されない聖域となる。
「精神をハックし、意識を遍在させ、空間と呼応する。…行こうか。次の座標へ」
僕は、八角形の棲家のドアを開けた。
そこには、2030年の故郷の風が広がっているようで、100年後の未踏の惑星の夜明けが待っているようでもあった。
「私たちは文明を圧縮し、最小の聖域を展開する。自由という名の、新しい重力を生み出すために。」

"Be neutral in nature"
