【女子枠⑧】番外編:男女共同参画局の議事録を読んでみよう!
みんな。東工大が女子枠を設けて、ネットは大炎上だ!性別と受験というセンシティブな話題が組み合わさり、怨嗟の砲弾が飛び交うネットを見て、先生は敗戦国の末路って、こんなときに使う言葉なのかなぁって思いました。
もし先生が、青春の全てを受験勉強に捧げた男子校生だったとしたら、「んー、多様性の時代だから、女子は共通テストと面接だけでオッケーだよ!」とか抜かす大学があったら、爆破の一つもしたくなりますよ。とか言っていてたら、本当に爆破予告が届いちゃったね☆。
じゃあ、今日の授業は女子枠について、と言う前に、既に議論が始まっているみたいだ。
ゆうくん「能力が劣るのに、女だから優遇されるのはおかしいだろ!それ以上に何か理由って必要なのか」
かなちゃん「これはポジティブ・アクションと言ってね、歴史的に存在した不平等を是正するために必要な措置なんだよ。分かってないね」
ゆうくん「じゃあ、自分の子どもが、東工大の入試に0.1点差で落ちて、中央大学理工学部に行くことになったとしても、同じことを言えるのかか?てか、先人たちが行った不平等のせいで、なんで令和の男子高校生が被害を被るんですか?」
2人ともヒートアップして、今にも掴みかからんとする形相です。大変だ。。このままでは議論にならない。困ったぞ。
1.能力主義とポジティブ・アクションは矛盾しない
このまま議論すると、感情的になっちゃうので、その前に、内閣府男女共同参画局の「基本問題・影響調査専門調査会女性の活躍促進ワーキンググループ」の議論を読み合わせてみよう。
【Disclamer】
※名称が長いので、出所ではWGと略します。
※太字部分と改行は筆者が加えました。
※主に雇用や行政参画が想定されていますが、ポジティブ・アクション全般について議論しているため、女子枠でも通ずる議論ができると考えています。もし女子枠限定で議論した有益なペーパーがあれば、ご教示ください
ゆうくん「ワーキンググループでも、能力主義とポジティブ・アクションの矛盾は触れられているじゃないか!特に、大学入試の筆記試験では、女性も男性も同じ基準で評価できるだろ。「女子だから」優遇するなんて、あっちゃいけないよ」
企業、大学などにおける採用・登用は、いわゆる「能力主義」の下で行われるのが一般的であるとされており、しばしばポジティブ・アクションと矛盾するといった意見もある(中略)
一方、意見として、一般的に能力主義の下で採用・登用が行われる分野においては、女性も男性と同一の基準で評価されるので、女性に不利に働くことはなく、ポジティブ・アクションは不要というものもある。
かなちゃん「男子、ちょっと待ってって。ちゃんと最後まで読もうよ。」
しかし、実際には、能力の評価基準が必ずしも客観的であるとは限らない。
また、①固定的性別役割分担意識が根強く残っていることなどによって能力以外の要素も考慮されることや、
②能力の評価基準は客観的であっても、固定的性別役割分担意識が根強く残っていることなどから評価基準が女性と男性とで同じように適用されない場合がある。
また、長時間労働を前提とした評価基準では時間制約のある人は評価されないため、時間単位の生産性で評価すべきといった指摘もあった。
※①、②は読みやすさのため、筆者が加えた。
かなちゃん「あ、男子は、読んだところで理解できないかな。私が噛み砕いて解説してあげるね。
①固定的性別役割分担意識が根強く残っていることなどによって能力以外の要素も考慮されること
「女子は高校までで十分」「女子は家事手伝いをしろ」みたいな、固定観念から不利益を被っているので、多少能力が劣っていたとしても女性を優遇することは、社会的利益を実現する可能性も考慮するということだね。
例えば、活躍する女性のロールモデルが生まれることで、将来的に能力ある女性の活躍機会を増進することが想定できるね。
②能力の評価基準は客観的であっても、固定的性別役割分担意識が根強く残っていることなどから評価基準が女性と男性とで同じように適用されない
仮にペーパー試験のような客観的な評価基準で選抜を行ったとしても、やはり固定観念(性別役割分業)から不利な立場に置かれているので、同じ基準では判断できないとの意見だね。」
まとめると、女性優遇がより大きな社会的な利益を生む、ないし固定観念から女性は能力を十分に発揮できてないのだから男性とは別の基準で評価すべきという反論ですね。
反論に反論したいお友達も多いでしょうけど、今日は読み合わせが目的なので、一旦先に進みますね。
2.ポジティブ・アクションの目的
ゆうくん「機会の平等は良いんだよ。女性限定のセミナーをしたり、パンフレットに先輩女性のコメントを載せたりとかは認めるよ。だけど、枠を設けるのはやり過ぎだって」
かなちゃん「だけどね、女子高生に「理系に行こう!」と言ったところで、リケジョ(笑)が増えるはずなんだよ。そんなときに、実質的な機会の平等(結果の平等)を与えることで是正を促す手段がポジティブ・アクションなんだ」
採用・登用を決めるプロセスの中で固定的性別役割分担意識を解消する取組を進めるとともに、女性に対する実質的な機会の平等が確保されるよう評価方法の見直しの取組を進めることが必要である。
また、こうした取組は、直ちに効果を発揮し、又は直ちに実施することができるものばかりではないことから、その他にも女性に対する機会の平等を実質的に担保するポジティブ・アクションを検討することも有効である。
制度の概要を理解したところで、続くWG第二回に移りましょう。ポジティブ・アクションについて、辻川座長補佐から2つの重要なポイントが挙げられたんだ。
*ちなみに、辻川座長補佐は、女子学生が10/800名の時代に一橋大学に進学し、「女に憲法は向かない」と言われながらも、東北大学で国公立大学法学部初の女性憲法学教授にまで上り詰めた、筋金入りの苦労人です。言葉の重みが違うねぇ
第一に、ポジティブ・アクションの意義は「将来に向かっての多様性の確保と社会的効用の増大であるということ」だ。
まず第1は、ポジティブ・アクションの意味、意義なのですけれども、これは過去の救済ではなくて、将来に向かっての多様性の確保と社会的効用の増大であるということです
ゆうくん「女性は過去に虐げられてきたから、その償いとして優遇する、という考えは違うということですね。
多様な属性の人がいる環境は好ましく、また潜在的に能力を有しているのに発揮できていない女性が能力を発揮することは、社会的な利益を実現するとの主張ですか。少しは理解します」
第二に、期限が決められていることが挙げられているね。
目的と手段との関係を考え、手段が適切かどうか、憲法違反かどうかを議 論するときには、第2に、暫定性というポイントを重視する必要があると思います。
日本でも、例えば女性研究者支援事業のような措置が導入されてきましたが、これに対しては憲法違反だ、男性に対する逆差別だという議論はあるかもしれません。
しかしこれは一時的なもので、例えば3年間に限ってこういう補助金を付けますのであとは自助努力してくださいという措置です。
要するに一時的なカンフル剤で、一定期間だけ、 刺激するために使いますということが明確になっていて、未来永劫に女性だけを支援するというのではなければ、一時的な措置として認められるのではないか、という判断材料が出てきます。したがって、こういった暫定性という要素も重視しなければならないと考えます。
女性割合を高めるには、機会の平等を担保するだけでは不十分だから、カンフル剤的な措置が必要かもしれないと言ってるね。具体例を挙げて考えてみるとどうだろう。
ゆうくん「例えば、看護師になりたい男性がいるとします。また、看護師は力仕事が必要な場面も多いので、男性看護師の需要もあるとします。しかし、看護師は女性中心の社会です。男性には、肩身の狭い場面も多いでしょう。ロールモデルも少ないです。「男が看護師になるの、、、?」みたいな世間の声もあります。
つまり、機会の平等ではなく、結果の平等(男性看護師が少ないこと)が原因で、看護師を志す男性が少なくなってしまっている。だから、「カンフル剤」が必要なのです。
「一時的に」「男子枠を設けて」男性看護師の比率を高めてしまうことで、「男性が少ないから男性が少ない」という構造が是正され、「実質的な機会の平等」が実現されるのです。
ただし、これは機会の平等では足りない場合の時限的な措置であるので、〇〇%に達したら/〇年後になったら止めるという期限が必要です。」
そうだね。まとめると、ポジティブ・アクションは、多様性を確保することを通じて社会的な利益を実現するものであり、また暫定性を確保するという条件で構造的な不平等を是正する効果的な施策だと読み取れるね。
だから、ポジティブ・アクション自体は、頭から否定されるべき主張ではないんだ。問題は、どのように適切な配慮を行うべきかだ。
3.どのような配慮をすべきか
まずは機会の平等を通じて女子率の向上にアプローチするべきですが、これは既に各大学が熱心に行っている。
それで成果が出ないからこその結果の平等なのですが、一足飛びに枠を割り当てるべきかまでは極めて慎重にならねばなりません。辻川座長補佐も「厳しい手段ほど憲法違反や法律違反の可能性が出てくる」と指摘しています。
ポジティブ・アクションには、最も厳しい手段から軽い手段までいろいろあり、厳しい手段ほど憲法違反や法律違反の危険性が出てくるわけですから、軽い手段で目的が達せられればそれにこしたことはないわけです。
ところが、それではなかなか埒が明かないということから、だんだん厳しい制度を導 入する必要がでてくるわけです。
例えば、「ボーダー上に男女が並んだのであれば女性を優先する」や「総合型選抜枠においては、多様性への配慮から女性に微小加点を行う」など、
もう少し男子学生への影響度が低い措置も考えられたわけです。
また、「女性のみを対象とする」ことも疑問だね。
全て女性のみを対象にするというのは、 男女共同参画あるいは機会均等の原理に反するものということになる可能性があります。
ポジティブ・アクションを何のために実施しているのかという点で、これは機会均等を進めるためと考えれば、例外的には限定的に女性のみの片面的な支援が必要な場合があるとしても、なるべくは両性を対象とした方がいいわけです。(中略)
ですから、はじめから女性のみを対象とすることを前提にするのではなく、なるべく両性を対象にした上で、プラス・ファクター 方式の面接等をして、女性のほうが好ましいという判断になればそれで女性を採用する等の措置をとる方が、逆差別等の問題が少なくなるでしょう。
別の所でふれましたが、自動的に女性だからという性別のみに基づいた判断をすると いうことに対しては、欧州司法裁判所の判例などでEU指令違反だということが明らかに されています。
女性に限らず、男性にも苦しんでいる人はいるのだから、支援の対象は両性としたうえで個別の事情を斟酌するべきだね。
例えば、首都圏の名門中高一貫校に通う裕福な女性が入試で優遇されるべきなのかな?
要するに、女性だったら全て良いのか、男性だったら全てだめなのかという問題です。何のためにポジティブ・アクションを行うのかというと、例えば政治の場面でもそうですが、単に女性議員を増やすことが目的ではないはずです。
女性なら誰でもいいのかというとそうではなくて、女性議員の中にも超保守的で男女共同参画などやめてしまえと言っている女性議員もいるわけですから、女なら誰でもいいという発想で全員がそういう議員さんになったら、これは目的に反するわけです。
それだったらまだ男女共同参画に理解のある男性のほうがいいではないかということにもなりますか ら、なるべく性別だけで判断をしないほうがいいわけです。
ゆうくん「辻川座長補佐、良いこと言うなぁ。女性なら、首都圏の名門私立中学に通っていて優遇されるんかい。それなら、地方の男子学生の方で勉強熱心な子の方が、格差是正に寄与するという目的に叶うのでは?という話ですよね」
そうだね。大事なのは、目的に照らして施策を考えることです。じゃあ、本当に、施策は適切に考えられているのかな。
文部科学省の大学入試選抜実施要綱の、多様な背景を持った者を対象とする選抜を見てみよう。「家庭環境、居住地域、国籍、性別等の要因により進学機会の確保に困難があると認められる者その他各大学において入学者の多様性を確保する観点から対象となると考える者(例えば、理工系分野における女子等)」と述べられているね。

ゆうくん「辻川座長補佐が指摘したこと、そのままじゃないですか。多様性に配慮するのならば、女子枠ではなく女子学生に代表されるような多様な背景を持った者を選抜する枠とするべきでしょう。
女子学生の中に、性別で不利益を被っている者や、本来は理系の研究者としての才能があるのに才能が発揮できない者の数が多いとするのは妥当な推測です。それは女性という、日本で半分を占める属性であるからです。
しかし、地方でも貧困家庭でも、才能が埋もれている者はいます。「女性より数が少ないであろう」「不利益の程度が低いであろう」という推測からなのか分かりませんが、個別の事情に依るとしか言いようがありません。例えば、首都圏の有名中高一貫校に通う女性を、地方の貧困家庭に生まれた男性よりも優遇することを正当化するのは難しいでしょう」
そうだね。女性であることは、シグナリングの一つとはなりますが、大事なのは「多様な人が能力を発揮する機会を確保する」という目的です。
つまり、女性という「属性」は、不利益を被っている、または潜在能力を有する人はの数は多いであろうが、それは「他の人を不利益を被っている人」を押しのけて「女性だけ」を優遇する理由とはならないのです。
多様性や実質的な機会の平等を実現するという本来の入試選抜の目的に照らすのであれば、性別にこだわらず、多様性に配慮した枠とすべきだろうね。
4.女子枠賛成/反対論がかみ合わない理由
そろそろ、まとめよう。ここまで内容から、女子枠賛成/反対それぞれの陣営の主張が嚙み合わない理由が考察できるね。
女子枠反対論者は「女子枠は不正義だ!」とか「能力が低いのに、女子が受かるのはおかしい!」という主張は、現在の「正義」や「能力での選抜」に目を向けている。
一方、女子枠賛成論者は、一時的な結果の平等(ロールモデルを増やして活躍できる女性を増やすこと)を通じた、将来的な公益や秘めた能力に注目しているね。
女子枠の是非について、ネット上で白熱する議論は、この時間軸の相違に気づかぬまま、すれ違った議論に終始しているのです。
女子枠により涙を吞む受験生が存在する以上、諸手を挙げて女子枠に賛同することはできません。ただし、女性が潜在能力を発揮して社会で活躍することの公益や、結果の平等を通じたカンフル剤的な是正効果も一定の説得力を有しており、感情のみで退けて良いものでもありません。
女子枠は「正しい」という価値判断はできませんが、過渡期における苦渋の決断としてやむを得ない「かもしれない」とまでは言えると考えます。
ただし、多様性は女性のみを対象とするものではありません。他にも苦しい環境に置かれている人は多々存在します。
もし、それをせずに、「女性」という属性のみで、一括で基準を定めるのは多様性と言えるのか疑問です。入学試験程度の人数であれば、全員面接をして個別事情に斟酌して判断することも可能なはずです。というか、女子枠の個別試験も、そういうものなのでね。
「実質的な機会の平等」は女性という特定の性別に限ったものではなく、様々な事情を抱えた人々により広く認められるべきだろうね。
今回の件で、東工大の教員にブチギレている人を散見します。
私の想像ですが、東工大の先生たちは、本当に女子を増やしたいと思っているのかなと、、、ガチの研究オタクの集まりなので、女子率とか興味ないと想像します。
文部科学省に財布のひもを握られていて、反発は覚悟の決断なのではないでしょうか。
女子学生の占める割合の少ない分野の大学入学者選抜における女子学生枠の確保等に積極的に取り組む大学等に対して、運営費交付金や私学助成による支援を強化する。
(女性版骨太の方針2022)(抄)
国立大学は火の車で、特に理系単科大学は設備に費用がかさんで仕方ないはずです。女子率を引き上げて、交付金を貰わないと、運営に支障が出るのではないでしょうか。
クレームを入れるべきは、東工大ではなく、総務省かもしれませんね。
