TaiTan×三宅香帆の対談を見て、寝込んだ夜──“何者にもなれない自分”の敗北宣言
新書とは本筋がそれます
でも今回は、配信を見て寝込んだという話をさせてください
見たのは、今をときめくクリエイティブディレクターTaiTanさんと、書評家としてメディアに引っ張りだこの三宅香帆さんの対談
見終わって数時間後、なぜか天井を見つめながら「うおー……ダメだー……」と呻いていました
本当に寝込みました。嘘じゃない
配信の35分あたり
ふたりが2010年代の学生時代を振り返る場面がありました
TaiTanさん:「NewsPicksブームで、日吉キャンパスにNewsPicksブックス持って歩いてる奴がいた」
「早稲田に潜って、演劇概論受けてた」
三宅香帆さん:「それTaiTanさんの“花束みたいな恋をした”や!」(大ウケ)
……ここで、急に現実が揺れたんです。
劣等感が背後からドカンと殴ってきた。
TaiTanさんは攻玉社→慶応義塾大学経済学部
三宅香帆さんは京都大学大学院卒
そして私は、2009年に日本大学経済学部に入学
Facebookが出てきて、Twitterが普及して、
学生起業家とかノマドワーカーとか、そんな言葉が飛び交ってた時代
トークライブにも行ったことがあります
「学生起業家」と名乗る若者が、マイク片手に夢を語る
でも壇上にいたのはいつも早稲田、慶応義塾大学、東京大学
私はその場の隅っこで「どうせ俺なんて」と思ってるだけの存在
他大学に“潜る”ような意識の高さもなければ
単位はギリギリ、サークルも空回り、将来像も空白
あの頃の焦燥感。
「何者かになりたい」
でも「何者にもなれない」
あのむき出しの不安が、また襲ってきたんです
しかも、10年以上経った今になって
しかも今、TaiTanさんも三宅香帆さんも、名前で人を集めて、生きてる
彼らは名前が名刺になっている
それに比べて自分は何だ?何にもなれてないじゃないか。
悔しいとか、羨ましいとか、もうそういうレベルじゃなくて、
ただただ、自分の「空っぽさ」に打ちのめされた夜でした
静かな敗北
何かを頑張ってきたつもりの自分が、
“何者にもなってない”ことを証明されてしまった夜
最後に
こうしてnoteに書いている今も、正直まだ気分が戻っていません。
だけど一つだけ分かったのは、
この悔しさを無かったことにはしたくない、ということです
「自分の場所」を探すために、また書き続ける
何者でもないままでも、新書白書は前に進みます
