85年前と同じ構造で円が溶けていく理由

日本円は過去15年で購買力が半分になった。そしてその「溶け方」の構造が、80年前に円を90分の1に暴落させた時代と重なり始めている。

> 財政拡大と国債引き受けを組み合わせると、通貨は必ず溶ける。

この記事のポイント

・円の価値は15年で1万円=130ドルから62ドルに急落

・財政拡大と日銀の国債買い入れが歴史的暴落を招く構造

・現在も同じ金融政策の組み合わせが動いている

何が起きたか

東洋経済オンラインが報じた分析によると、約80年前の日本円はわずか8年間で対ドル価値が90分の1に暴落した。現在の為替レートに換算すると、1万円の購買力は約15年前の「1万円=130ドル」から「1万円=62ドル」にまで縮んだ。

これに連動する形で、2026年3月末時点の日銀の国債保有残高は 485兆4280億円 に達し、国債全体の47.9%を日銀が抱えている状態が続いている。

なぜ今また同じ構造が動き出しているのか

日銀が国債を引き受け続けた過去の失敗は、意思決定者の「悪意」ではなく構造的な合理性から生まれた。財政が拡張局面に入ると、国債を誰かが買わなければ金利が跳ね上がる。その「誰か」として日銀が機能し続けた結果、通貨の価値を裏打ちする信認が静かに削られていく。80年前も今も、そのロジックは変わっていない。

1972年の田中角栄内閣が「日本列島改造論」を掲げ、当初予算を前年比25%増という空前の規模で組んだ時も、財政と金融の拡張は同時に走った。翌年の第一次石油ショックで卸売物価が前年比30%上昇するまで、誰も本気でブレーキを踏まなかった。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストが指摘するように、今は「高インフレ・高金利」の時代に構造転換が起きているにもかかわらず、財政拡張の慣性が止まっていない。

実際に影響を受けているのは、住宅ローンを抱えるサラリーマンや、輸入コストが上がり続ける中小製造業だ。日銀の内田真一副総裁は2026年の金融政策決定会合後の会見で「為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている」と認めた。円安が起点となって企業間取引の価格転嫁が加速し、消費者段階への波及が「これまでに比べてメカニズムとして強くなっている」という表現は、現在の状況が構造的な転換点にあることを示唆していると考えられる。

監督当局の視点で見ると、骨太の方針をめぐる2026年のゴタゴタが象徴的だった。政府の原案に「適切な金融政策運営が非常に重要」との記述が入り、市場では日銀の利上げをけん制するシグナルと受け取られた。城内実経済財政相は閣議決定後に「金融政策の具体的な手法は日銀に委ねられる」と火消しに走ったが、修正前の原案が出回った事実は消えない。財政と金融の境界線が政治的に揺らぐ局面が、また来ていた。

銀行業界は今、正反対のベクトルで動いている。りそなホールディングスの南昌宏社長は今後3年間で日本国債を3兆円積み増す方針をブルームバーグに明言した。現在の約5兆5000億円から1.5倍強の水準だ。ゆうちょ銀行も将来的に国債残高を現行の2倍にあたる80兆円程度にする可能性に言及している。日銀が国債買い入れを縮小していく中で、銀行・海外投資家・個人が受け皿になるシナリオが動き始めた。金利上昇局面での国債積み増しは「年代」が変わった証拠でもあるが、それは同時に金利上昇リスクを民間が引き受けることでもある。

通貨が溶けていく構造を、自分のお金に読み替えると

私がコンサル時代に感じたのは、「緩やかな変化は意思決定者に見えない」という事実だった。クライアントのP&Lを四半期単位でしか追っていない経営者は、じわじわ進むコスト上昇を「誤差」として処理する。年度末に積み上がった損益を見て初めて「なぜこうなった」と聞く。円の購買力の喪失も、まったく同じ構造で進んでいる。

私自身は、金融資産のうち円建て預金だけで持つ比率を意識的に下げることにした。「1万円=62ドル」という現実は、10年前の自分が130ドル相当の価値だと思って働いて貯めたお金が、今や62ドルの価値しか持っていないということだ。給料が変わらなくても、円建ての資産だけを持ち続けることがリスクになった年代に、私たちは入っている。

日銀の国債買い入れ縮小は2027年3月まで続くと決まっているが、その後も財政拡張の構造が変わらなければ、国債の受け皿問題は繰り返す。現在の長期金利は10年国債で一時2.9%をつけ、約30年ぶりの高水準まで上がった。金利が上がるということは、過去に発行した低金利国債の価値が下がるということで、大量に国債を抱えた金融機関のバランスシートに何が起きるかは、歴史が教えてくれている。

私は今この状況を「急に来るわけではないが、ある閾値を超えると加速する類のリスク」と見ている。80年前も、円が90分の1になったのは「ある日突然」ではなく、財政と金融政策の組み合わせが8年間積み上がった結果だった。現在も同じ組み合わせが走っているという事実は、少なくとも頭の片隅に置いておく価値がある。

日銀の39年間の内側を知りたければ、元日本銀行総裁・白川方明が金融政策の現場を語った『中央銀行 セントラルバンカーの経験した39年』が、この構造を理解する上でリアルな補助線になる。


過去の失敗を「昔の話」と笑える時代は、もう終わった。

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