ボタ山と福智山
私は、夕焼けの空に灰色の煙を水蒸気のように吐き出している『べ』の文字のように二つ並んだボタ山を指差しながら、恍惚としている井田くんの肩を軽く促した。
「弘ちゃん、この方向に尖った山が二つ仲良く並んで見えるだろう。あの山は生きているんだよ。今は煙を吐いているが、夜になると真っ赤な炎を点々とつけるんだ。その光景はとても不気味なんだよ。初めてそれを見たときは、『きれいな山だな』と、思ったんだ。でもきっと何年か先には、あのボタ山もなくなって、淋しく思う時代が来るんだろうね。」
私は両方の戸外に見える閉山したボタ山を”美しい”と思い、石炭界の活気を反映する生きたボタ山を”不気味”だと感じていたのである。
雲間に稲妻が走り、その閃光に照らし出された藍色の雲を
”きれいだ”と感じて、次の稲妻を待ち続けた。
あの気紛れの美意識に一種の哀愁さえ覚えたのであった。
「この景色を絵に書いて残したいね。」
「そう言えば、良ちゃんは絵が上手だったね。小学校四年生のときだったかな、スケッチ大会のとき、僕等は、同じ山を描いたよね。みんなは町の方へ行ったのに、僕等は遠賀川の堤防のほうへ行ったんだよね。そこに大きな土管が置いてあって、その中に入ると、君は突然大きな声で『土管の中から見える福智山がきれいだ!』と、言ったから、僕等らは、ワクワクしながら土管の中でせっせと福智山を描き、先生に出したよね。僕等の絵を見た先生の表情を今でも思い出すよ。先生は少し呆れたような顔をして、『どうして山なんか描いたの?』って訊ねたんだ。僕は、言葉に詰まったけれど、君は、何のためらいもなく、こう言ったよね。『先生は美しいと思うものを描くようにと言われました。僕等は、土管の中から見た福智山が、とても美しいと思ったのです。』ってね。先生に、お前もか?と聞かれたから、『はい。』と、答えたけれど、あのときのことを思い出すと、今でも冷や汗がでるよ。」と、僕は、苦笑いしながら言った。
先生は、土管の中で遊んでいたんじゃないのか?と言いたそうな眼で僕等を見ながら、僕等の絵をしげしげと見た。
再び、僕等のほうを見たかと思ったら、先生はにっこり笑ってくれた。
その様子に、僕等は、内心ホッとしながら顔を見合わせて
笑ったけれど、もしも、下手な絵を描いていたら、おそらく先生に怒られていただろうね。」
