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Decart:「AIで世界をリアルタイム生成」する技術で業界をざわつかせている理由

2024年10月、ひとつの動画がSNSで爆発的に拡散した。マインクラフトに似た3Dゲームを、プレイヤーがリアルタイムで操作している映像だ。ところが、画面の奥でゲームエンジンは動いていない。地形も、物理法則も、グラフィックスも——すべてがAIによってその瞬間に「生成」されていた。

この技術を作ったのが、イスラエル発のAIスタートアップDecart AIだ。デモ公開から数日で数百万人がプレイし、AI業界のトップエンジニアたちがSNSで「これは本物だ」と騒ぎ立てた。創業からわずか1年余りで評価額は31億ドル(約4,600億円)を超え、直近の2026年5月には追加で3億ドル(約440億円)の資金調達を完了した。軽々とユニコーンの敷居を越えていった感がある。

なぜそこまで注目されるのか。 理由は明快だ。Decartが解決しようとしている問題は「AIの生成速度が遅すぎる」こと——動画や画像を生成するAIは多数あるが、ほとんどは「入力して数秒〜数分待つ」もので、人間が操作するリアルタイムの体験には使えない。Decartはその壁を突き破り、30ミリ秒以内(まばたきの約10分の1)という超低遅延で映像世界を生成・変換できる技術を実用化した。これは技術的な革新であると同時に、エンタメ・広告・ロボットという巨大産業を根底から変えうるビジョンだ。


Decart AIとはどんな会社か

Decart AIはイスラエル・テルアビブを拠点に創業されたAI研究開発企業だ。設立当初から「リアルタイム世界モデル(Real-Time World Model)」の研究に特化し、他のAI企業が取り組まない超低遅延のインタラクティブ生成AIに集中してきた。

資金調達のペースは業界でも異例の速さだ。

調達額と評価額

投資家にはSequoia Capital(シリコンバレー最大のVCのひとつ)やBenchmark(Uber・Snapchatの初期投資家)など著名なVCが名を連ねる。そして最も注目すべき数字がある——4億5,000万ドル以上を調達しながら、実際に使った資金は1,000万ドル以下だ。つまり、企業向けソフトウェア販売だけで会社を維持しながら成長していることを意味する。


具体的に誰が、何のために使うのか

Decartは3つのプロダクトを展開している。それぞれのユーザー像と使い方を具体的に見ていこう。

プロダクト①:DOS(GPU最適化エンジン)——企業のAIコスト担当者が使う

DOS(Decart Optimization Stack)は、AI処理に使うGPU(画像処理チップ)の効率を大幅に改善するソフトウェアだ。

AIを企業で使うと、GPU代が月数千万〜数億円規模になることも珍しくない。DOSを導入すると同じ処理をより少ないGPU台数・時間でこなせるようになり、コストが下がる。すでに複数の企業が導入しており、Decartの現在の主な収益源となっている。

使うのはどんな人?:AI活用を進める企業の技術部門・インフラ担当者。ユーザーが直接操作するというより、企業のシステムに組み込まれて動くバックエンド製品だ。

プロダクト②:Lucy(ライブ映像変換モデル)——EC・広告・配信プラットフォームが使う

Lucy(ルーシー)は「リアルタイムで映像を変換する」AIだ。カメラや動画の映像を受け取り、30ミリ秒以内に別の映像として出力する。

具体的な使い方:

  • バーチャル試着:ショッピングサイトやアプリで、スマートフォンのカメラに映った自分の体に服や化粧品をリアルタイムで「試着」させる。「サイズ感がわからなくて買えない」問題をAIが解決する。ECサイト運営者にとっては返品率低減にもつながる。

  • ライブ広告の差し替え:スポーツ中継やライブ配信を見ているとき、コート脇の看板広告が視聴者ごとにリアルタイムで変わる——そんな未来がLucyで実現する。広告主は同じ放送枠を使いながら、ターゲットに合わせた広告を動的に表示できる。

  • 配信者・VTuberのエフェクト:ライブ配信中にキャラクターの外見をリアルタイム変換したり、背景を差し替えたりする。既存の配信ソフトより圧倒的に低遅延で高品質な変換が可能だ。

  • ロボット訓練データの生成:実際の映像をAIが変換し、ロボットが学習するための「多様なシチュエーションの映像データ」を大量に自動生成する。人手で集めるより安く速く揃えられる。

使うのはどんな人?:ECプラットフォームの開発チーム、ライブ配信プラットフォーム、広告テクノロジー企業、ロボット開発会社など。Lucy自体はAPIとして提供されており、既存のサービスに組み込む形で使う。

プロダクト③:Oasis(インタラクティブAIゲームモデル)——ゲームファンと開発者が使う

**Oasis(オアシス)**は、Decartを世界に知らしめたプロダクトだ。ゲームエンジンを使わず、AIだけでオープンワールドゲームをリアルタイム生成する。プレイヤーがキーボードやマウスを操作すると、AIがその入力を受け取り、次の瞬間の「ゲーム世界」を生成して返す——これを1秒間に20〜30回繰り返すことで、まるでゲームエンジンで動いているように見せる。

公開直後に「数百万人」がプレイしたとDecartは発表している。技術デモとして公開されたものだが、「ゲームの未来はこれだ」という反響がSNSで溢れた。将来的には、ロボットや自動運転車がシミュレーション学習をする環境としても活用が見込まれている。

使うのはどんな人?:現在はゲームファンが試遊できる形で公開されている。将来的にはゲームスタジオ・ロボット企業・自動運転企業がターゲットになる。


日本市場での可能性

Decartの技術は、日本の産業構造と非常に相性がいい。

広告業界

海外サッカーや海外スポーツ中継を見ていると、コート脇の看板にはほぼ必ず、日本では耳にしない海外企業の広告が並んでいる。視聴者として「海外の雰囲気があっていい」と感じる面もあるが、広告主の側から見れば別の話だ——日本の視聴者に届いているにもかかわらず、その広告は日本では購入できない商品や、日本人に馴染みのないサービスのものだ。広告が視聴者に何の行動も促せない以上、その枠は事実上「空き枠」に近い。

Lucyが変えるのは、まさにこの構造だ。放送された映像をリアルタイムで変換し、コート脇の看板に映る広告をそのまま別の企業のものに差し替える。海外リーグの公式映像はそのまま流れ、コート脇の看板だけが日本のユーザー向けに書き換わる。たとえば、プレミアリーグの試合映像で、海外ブランドの看板がトヨタや楽天、あるいは地元のスーパーの広告に入れ替わる——視聴者はいつも通り試合を楽しみ、広告主は確実に日本の消費者へリーチできる。

ビジネスとしてのポテンシャルは大きい。日本のスポーツ放送権市場はDAZNやAmazon Prime Videoの参入もあり急拡大しており、プレミアリーグやCLといった海外コンテンツの視聴者数は数百万人規模に上る。従来なら「外国向け広告枠」として収益化できなかったスペースが、Lucyによってすべて日本企業向けのプレミアム広告枠に生まれ変わる。放送局・配信プラットフォーム・広告代理店の三者にとって、新たな収益源となりうる。

競合という観点では、リアルタイム世界モデルの分野で同等の製品を持つ競合はほぼ存在しない。OpenAI・Googleの動画生成AIは「数秒待って生成する」もので、リアルタイムインタラクティブという点ではDecartの独壇場に近い状況だ。

その他にも日本企業と相性の高い業界は多い。

ゲーム産業:日本は世界第3位のゲーム市場だ。任天堂・ソニー・スクウェア・エニックスを擁する日本のゲーム業界にとって、「AIがゲームをリアルタイム生成する」技術は開発コストの革命になりうる。特にインディーゲームやモバイルゲームの開発者にとっては、少人数・少予算でも没入感の高いゲームを作れる可能性を秘めている。

ファッションEC:ZOZOTOWNや楽天ファッション、D2Cブランドのオンラインショップでは「サイズ感がわからない」という購買障壁が長年の課題だ。Lucyのバーチャル試着機能は、この問題をスマートフォン1台で解決できる。スマホのカメラに映った自分の体に服がリアルタイムで試着される体験は、ユーザー体験を大きく変える可能性がある。

ライブコマース:TikTok・Instagram・YouTubeのライブ配信を通じたショッピングは日本でも急成長している。Lucyのリアルタイム広告差し替え機能は、この市場と非常に相性がいい。

ロボット・製造業:ファナック・安川電機・ホンダなど、日本は世界屈指のロボット大国だ。Oasisが持つ「物理シミュレーション環境をAI生成する」能力は、ロボットの訓練データ生成や動作シミュレーションのコストを大幅に削減しうる。



まとめ——「AIが世界を生成する」時代の幕開け

Decart AIのすごさは、技術の新しさだけではない。GPU最適化ソフトで着実に稼ぎながら、誰も作ったことのない「リアルタイム世界モデル」を実用化し、エンタメ・EC・ロボットという異なる巨大産業を同時に狙うという戦略の大胆さにある。

「ゲームエンジンが消える」「広告の常識が変わる」「ロボット開発のコストが10分の1になる」——どれも大げさに聞こえるかもしれないが、Lucyがすでに商用展開され、Oasisが数百万人に体験されている事実は、それがもはや未来の話ではないことを示している。

日本企業・スタートアップにとって、Decartとの協業や技術活用を考えるタイミングは、今がまさにその黎明期だ。「AIが世界をリアルタイムで生成する」——その波は、静かに、しかし確実に押し寄せている。

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