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「ADHDのせい」にしたい大人たち―個人の課題をラベリングする社会から考える、組織と個人の新たな関係性

現代社会では、仕事や日常生活における様々な困難が「発達障害」という言葉で語られることが増えました。私自身、組織開発や個人の価値創造に携わる中で、このテーマに深い関心を寄せています。今回は、あるオンライン記事をきっかけに、個人が「診断」を求める背景と、それを取り巻く組織や社会のあり方について、自身の思考を整理していきたいと思います。


1. 冒頭

今回取り上げるのは、「『発達障害』の診断を欲しがる大人が増える深刻な背景」という記事です。「診断を欲しがる」という少し刺激的な言葉が、今の社会や私たちが働く組織の本質的な課題を映し出しているように感じ、目が止まりました。

仕事のミスやコミュニケーションの齟齬といった課題を、個人の「特性」や「障害」としてラベリングし、説明しようとする風潮。この動きは、一見すると個人を救う側面がある一方で、より根深い問題から目を逸らさせてしまう危険性をはらんでいるのではないでしょうか。この記事は、単なる個人の心の問題ではなく、個人と組織、そして社会との関係性を考える上で、非常に重要な示唆を与えてくれると感じています。

2. 記事の要点整理

まず、議論の出発点として、記事の要点を客観的に整理します。

この記事は、PRESIDENT Onlineに2025年9月30日付で掲載された、公認心理師・精神保健福祉士の植原亮太氏によるものです。

筆者のカウンセリングルームを訪れた森田さん(49歳・仮名)の事例が紹介されています。森田さんは、仕事で言われたことを忘れてしまったり、業務をうまくこなせなかったりする自身の状況を「発達障害に違いない」と考え、「そうじゃないと、納得できない」と語ります。

実際にクリニックで「注意欠如多動症(ADHD)」と診断されたものの、処方された薬の効果はあまり感じていないとのことです。

この記事の筆者である植原氏は、森田さんが相談に至るまでの経緯を時系列で淀みなく説明した点に注目し、本当にADHDなのだろうかという疑問を呈しています。その根拠として、筆者は「ADHD(を含む発達障害)の方は、個人差はあるようですが物事を時系列に説明する能力にも何らかの課題があると考えられています」というロンドン大学での語学研究に言及しています。

そして、臨床現場では以前から、正確な見立てを行う上で当事者の「語り」が重要な指標とされてきたと述べ、発達障害に見える背景に、他のこころの問題が隠れていないかを慎重にチェックする必要があると指摘しています。

3. 感想・所感

この記事を読み、私がまず感じたのは、森田さんの「そうじゃないと、納得できない」という言葉の重みです。これは、単に責任を回避したいという気持ちだけでなく、自分の力ではどうしようもない困難な状況に対して、納得できる「物語」を求めている切実な心の叫びのように聞こえました。

私たちNewValueCreationが支援する組織でも、パフォーマンスが上がらない社員に対し、周囲が「あの人は〇〇だから」と安易なラベリングをしてしまう場面に出会うことがあります。しかし、この記事は、本人自らがそのラベルを欲しているという、より複雑な側面を提示しています。

なぜ、人は「病名」に救いを求めてしまうのでしょうか。それは、失敗が個人の努力不足や能力不足として厳しく断罪されがちな社会や組織の空気と無関係ではないでしょう。「発達障害」という診断は、個人の責任を免除し、「仕方がないこと」として自己と他者を納得させるための、強力な防衛機制として機能しているのかもしれません。

4. 専門性・論点の掘り下げ

この記事が示す現象を、組織論の観点から掘り下げてみたいと思います。ここで重要になるのが、「原因帰属」と「心理的安全性」という2つのキーワードです。

  1. 原因帰属の罠 人は何か問題が起きた時、その原因を何かに求めようとします(原因帰属)。通常、他人の失敗は「その人の性格や能力(内的要因)」に、自分の失敗は「状況や環境(外的要因)」に帰属させやすいと言われます。しかし、この記事のケースでは、本人が自らの失敗を「発達障害」という固定的で変更困難な「内的要因」に求めようとしています。これは、失敗の原因を「自分のコントロール外」に置くことで、自尊心を守り、心理的な安定を得ようとする試みと解釈できます。しかし、この帰属は「自分は変われない」という自己認識を強化し、成長の機会を奪う危険性もはらんでいます。

  2. 心理的安全性の欠如 そもそも、なぜ個人がそこまでして「自分のせいではない理由」を探さなければならないのでしょうか。それは、失敗をオープンに語り、そこから学ぶ文化が組織に欠けていること、つまり心理的安全性が低い職場環境が一因ではないでしょうか。ミスをすれば厳しく叱責される、評価が下がる、といった環境では、誰もが失敗を恐れ、その原因を自分以外の何かに求めたくなります。「発達障害」というラベルは、その格好の拠り所となり得るのです。

5. 実践への応用・学びを活かす提案

この問題は、個人と組織の双方が取り組むべき課題です。

  • マネージャーやリーダーの方へ 部下のパフォーマンスに課題が見られた時、安易に「本人の特性だろうか」と考える前に、一度立ち止まってみてください。そして、「私たちの関わり方や環境に、彼のパフォーマンスを妨げている要因はないか?」と自問することから始めてほしいのです。 具体的には、

    • 1on1での対話: 「何に困っているか」「どんなサポートがあればやりやすいか」を具体的にヒアリングする。

    • 業務プロセスの見直し: 指示の出し方は明確か、業務量は適切か、必要な情報は共有されているかを確認する。

    • 失敗から学ぶ文化の醸成: ミスが起きた時に個人を責めるのではなく、チームで原因を分析し、再発防止策を考える場を設ける。

  • 課題を感じている個人の方へ 「自分はダメだ」と自分自身をラベリングしてしまう前に、「どのような状況で」「どのような時に」うまくいかないのかを客観的に記録してみてください。自分の課題を「特性」という静的なものではなく、「状況との相互作用」という動的なものとして捉え直すことで、具体的な対策のヒントが見つかるかもしれません。

6. まとめ・リフレクション:ラベルの先にある対話へ

この記事は、「発達障害の診断を欲しがる大人」という現象を通して、私たちに根源的な問いを投げかけています。

私たちは、個人の「生きづらさ」や「働きづらさ」を、安易なラベリングで片付け、本質的な対話から逃げてはいないでしょうか?

個人にラベルを貼って安心するのではなく、その人がなぜそうした状況に陥っているのか、その背景にある組織の文化やマネジメントのあり方にまで目を向ける。そして、個人と組織が共に学び、成長していくための対話を始めること。それこそが、新しい価値創造(NewValueCreation)の第一歩なのだと、改めて強く感じさせられました。

7. 参考文献・リンク

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